天皇としての旅

一条真也です。
23日、天皇陛下は85歳の誕生日を迎えられました。
平成最後の天皇誕生日です。心よりお祝いを申し上げます。新元号になっても、陛下にはいつまでもお元気であられることを願っております。

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記者会見での天皇陛下(代表撮影) 

 

誕生日に先立ち、天皇陛下は皇居・宮殿で記者会見に臨まれ、来年4月30日の譲位を前に「天皇としての旅を終えようとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝する」と謝意を伝えられた。また、象徴天皇として「譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたい」と決意を示されました。その「天皇としての旅」というお言葉を聞いたとき、わたしは非常に感動しました。陛下の「人生の旅」に加わられ、60年という長い年月をともに過ごされた皇后さまへの感謝のお言葉を聞いたとき、落涙しました。わたしは、これほど心のこもった感謝の言葉を他に知りません。

 

今後、天皇陛下が記者会見を行う予定はありません。
今回が最後の機会でしたが、陛下は先の大戦以降の日本の復興の歩みをご回想されました。そして、苦難の道をたどった沖縄県の歴史を踏まえながら、今後も「耐え続けた犠牲に心を寄せていく」ことを誓われました。また、ご自身が即位されたた平成元年当時、国際社会が平和へ向かう希望を持っていたと述べられましたが、その後は「必ずしも望んだ方向には進みませんでした」との認識を示されました。こうした中、日本の平和と繁栄について「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」との心情を明かされました。このお言葉にも大変感動し、涙が止まりませんでした。


 

 

天皇陛下は2019年4月30日に退位されます。平成は来年の4月末で終わります。翌5月1日から改元となります。じつに200年ぶりの天皇生前退位となります。2016年7月13日、NHKは、天皇陛下が生前にその位を皇太子殿下に譲る「生前退位」の意向があることを宮内庁の関係者に示し、数年以内の退位を希望しているということを伝えました。それ以来、わたしは「生前退位」に伴う儀式について調べてきました。


 

 

今上天皇の即位は1989年1月でした。前年秋から続いた昭和天皇の病状悪化による自粛ムードが社会に停滞感を漂わせていました。昭和天皇崩御を経て、皇室の服喪期間があり、官房長官を委員長とした「即位の礼準備委員会」が発足したのは89年9月。90年11月12日〜15日、今上天皇が即位を宣言したのです。その後、国内外の代表らが祝福する「即位礼正殿の儀」、祝宴を開く「饗宴の儀」などの即位に関連する儀式が行われました。
儀式論』(弘文堂)

 

拙著『儀式論』(弘文堂)にも書きましたが、「わたしたちは、いつから人間になったのか。そして、いつまで人間でいられるのか」という根源的な問いの答えは、すべて儀式という営みの中にあります。わたしは、人間は神話と儀式を必要としていると考えています。社会と人生が合理性のみになったら、人間の心は悲鳴を上げてしまうでしょう。そして、天皇陛下ほど「神話」と「儀式」をその存在で体現されている方はおられません。

 

天皇陛下は神話的存在です。なんといっても日本人のアイデンティティの根拠は、神話と歴史がつながっていることです。神話により日本人は、現在の天皇家の祖先が天照大神につながることを知っています。『日本書紀』の一書によれば、天照大神は天を支配し、月読尊は海を支配し、須佐之男命は地を支配したとされています。天照大神はいまも伊勢神宮に祀られており、その子孫が皇室です。

 

また、天皇陛下は儀式的存在です。代々の天皇陛下は、自ら稲を栽培され、収穫が終わると新嘗祭神嘗祭で、今年の収穫のご報告をされます。新嘗は、新しくできた米を嘗(な)めるお祭。神嘗は、神々が新穀を嘗(な)めるお祭りです。天皇陛下が即位後初めて行う新嘗祭だけは、「大嘗祭(だいじょうさい)」と呼び、その儀式は遠く神代の昔から毎年続いています。ちなみに、伊勢神宮の20年に1度の式年遷宮は、20年に1度の周期で行う大神嘗(かんなめ)祭でもあるのです。

 

改めて考えてみれば、天皇陛下ほど儀式と切っても切れない深い関係にある方もおられないでしょう。天皇陛下の行事の中には「祭祀」がありますが、これは「皇室祭祀」とも呼ばれるものです。これには新嘗祭など重要な「大祭」と、それよりも重要度が落ちる「小祭」があり、大祭の場合には、天皇陛下が神主の役割を果たされます。また、日本国憲法では、天皇の国事行事として「儀式を行ふこと」が定められています。1952年の閣議決定によれば、それに相当する唯一の儀式が「新年祝賀の儀」です。 

 

儀式には、宗教的なものと世俗的なものがありますが、政教分離の原則がある以上、国事行為として天皇陛下が行われる儀式は後者に限られます。天皇陛下が実際に行われる儀式としては、首相や最高裁長官の「親任式」、大綬章や文化勲章の「親授式」、「信任状捧呈式」などがあります。 信任状捧呈式とは、着任した海外の大使(特命全権大使)や公使(特命全権公使)が、派遣元の元首からの信任状を提出する儀式で、これだけでも1年間に30回から40回くらいあるといいます。まさに、天皇陛下は世界最強の儀式的存在、まさに「儀式王」であると言えるでしょう。

 

生前退位されたら、天皇陛下はこれからどうされるのでしょうか? おそらくは、慰霊の旅を続けられるのではないかと推測されます。これまで、陛下は各地を慰霊のために訪れられました。戦後50年の95年には「慰霊の旅」として、沖縄、長崎、広島、大空襲で多数の犠牲者が出た東京の下町を巡り、平和を祈念されました。戦後60年の05年には多くの民間人が犠牲になったサイパン島、戦後70年の15年はパラオの激戦地ペリリュー島で海外の戦没者を慰霊されました。また、今年1月には国交正常化60周年の公式行事で、太平洋戦争の激戦地だったフィリピンを訪問。日比両国の戦没者を慰霊されています。天皇陛下がご自身の行動で示された平和への願いは、多くの国民の胸に刻み込まれています。

 

小学校の教科書には天皇の主な仕事として「国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命する」「国会を召集する」「衆議院を解散する」「外国の要人と会う」などと書かれていますが、天皇陛下の最も大切な仕事が書かれていません。それは、「国の平和と国民の安寧を願って祈られる」という仕事です。天皇陛下とは、日本で最も日本人の幸福を祈る方なのです。
2011年に東日本大震災が起きたときも、昭和天皇の「終戦詔書」以来となる復興の詔勅としての「平成の玉音放送」を行われました。また、世界史にも他に例がないほどの回数の被災地訪問をなされました。そして、心から被災者の方々を励まされたのです。日本人にとって天皇陛下は、2600年にわたってこの国を、そして日本人を形作るのに欠かせない「扇の要」でした。天皇陛下は、無私になられて日々国民の安寧と世界の平和を祈ってこられました。国民を第一に、そしてご自分は二の次と考えられ、国民のことをお気にかけられてこられました。

 

ブログ「祈る人」にも書きましたが、偉大なブッダ、イエスといった「人類の教師」とされた聖人にはじまって、ガンディー、マザー・テレサダライ・ラマなど、人々の幸福を祈り続けた人はたくさんいます。
しかし、日本という国が生まれて以来、ずっと日本人の幸福を祈り続けている「祈る人」の一族があることを忘れてはなりません。最後に、天皇陛下の85回目の誕生日に心からの祝意をこめて、次の道歌を披露したいと思います。

 

聖人は仏陀孔子ソクラテス 

  イエス・キリスト天皇陛下(庸軒)

 

2018年12月23日 一条真也