家族に送られた名女優

一条真也です。
女優の樹木希林さんが、9月15日に75歳で逝去されました。
言うまでもなく日本映画を代表する役者さんであり、その独特の演技や人生観には多くの人々が魅了されました。わたしもその1人です。全身をがんに冒された樹木さんは、常に「死ぬ覚悟」を持って生き抜かれた方でした。その生き様は、超高齢社会、多死社会を生きる日本人の1つの模範になるのではないでしょうか。

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「デイリースポーツ」より 

 

今年5月にはブログ「万引き家族」で紹介した日本映画でカンヌ映画祭に参加されていました。この作品は同映画祭の最高賞である「パルムドール」を受賞しましたが、わたしは失望しました。というのも、樹木さん扮する老婆の初枝が亡くなったとき、彼女の家に居候をしている疑似家族たちはきちんと葬儀をあげるどころか、彼らは初枝の遺体を遺棄し、最初からいないことにしてしまったからです。このシーンを観て、わたしは巨大な心の闇を感じました。 

 

1人の人間が亡くなったのに弔わず、「最初からいないことにする」ことは実存主義的不安にも通じる、本当に怖ろしいことです。初枝亡き後、信代(安藤サクラ)が年金を不正受給して嬉々としてするシーンにも恐怖を感じました。
葬儀の意義と重要性を見事に表現したのがブログ「おくりびと」で紹介した日本映画です。アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」は、ブログ「おみおくりの作法」ブログ「サウルの息子」で紹介した映画とともに、世界三大「葬儀映画」と呼んでもいいのではないかと思います。 

 

ある意味で、「おくりびと」と「万引き家族」は対極に位置する作品ではないでしょうか。「おくりびと」で主役の納棺師を演じたのが本木雅弘さんです。樹木さんの娘婿ですが、取材などで樹木さんはいつも「わが家には『おくりびと』がいますから、死んでも安心ですよ」などと冗談を言われていました。でも、「おくる」心を知っておられる本木さんは、実際に心を込めて義母を見送られました。樹木さんは、本木さんの奥様である長女の内田也哉子さんに看取られ、30日に東京・南麻布の光林寺で本葬儀が営まれるそうです。

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「スポーツ報知」より

 

 

17日、樹木さんのご遺体は東京都内の自宅から出棺されました。午後1時32分に霊柩車が到着。家族らが見送った後、本木さんが集まった報道陣に一礼されました。わたしは、「万引き家族」の初枝さんは疑似家族から送ってもらえなかったけれど、樹木さんは本物の家族から送ってもらえて良かったと思いました。人は誰でも「おくりびと」、そして、いつかは「おくられびと」です。1人でも多くの「おくりびと」を得ることが、その人の人生の豊かさにつながると確信します。

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「デイリースポーツ」より 

 

ブログ「死を考える広告」で紹介したように、2016年1月に宝島社が新聞に掲載した企業広告に樹木さんが登場しました。キャッチコピーは「死ぬときぐらい好きにさせてよ。」という衝撃的なもので、その横には、樹木さんが仰向けになって水面に浮かんでいます。何かといえば、ジョン・エヴァレット・ミレイの名作「オフィーリア」をモチーフにしているのでした。

2016年度の宝島社の企業広告

 

ミレーの「オフィーリア」は、シェークスピアの悲劇「ハムレット」に構想を得たことで知られています。恋人ハムレットに父を殺されて、気がふれたオフィーリアが、川に落ち沈んでいく場面を描いたとされています。くだんの広告では、「死ぬときぐらい好きにさせてよ」というキャッチコピーの下には「人は死ねば宇宙の塵芥(ちりあくた)。せめて美しく輝く“塵”になりたい」という文面が続きます。これは拙著『唯葬論』(サンガ文庫)の第一章である「宇宙論」のメッセージとまったく同じなのでちょっと驚きました。

 

唯葬論 なぜ人間は死者を想うのか (サンガ文庫)

唯葬論 なぜ人間は死者を想うのか (サンガ文庫)

 

 

はるか昔のビッグバンからはじまるこの宇宙で、数え切れないほどの星々が誕生と死を繰り返してきました。その星々の小さな破片が地球に到達し、空気や水や食べ物を通じてわたしたちの肉体に入り込み、わたしたちは「いのち」を営んでいます。わたしたちの肉体とは星々のかけらの仮の宿であり、入ってきた物質は役目を終えていずれ外に出てゆく、いや、宇宙に還っていきます。宇宙から来て宇宙に還るわたしたちは、「宇宙の子」であると言えます。人間も動植物も、すべて星のかけらからできているのです。宝島社の企業広告について、樹木さん自身は「『生きるのも日常、死んでいくのも日常』 死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。そういったことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました」とコメントしていました。

 

 さて、女優は死しても映画を遺します。
10月13日公開予定の「日日是好日」という茶道教室を舞台にした映画で、樹木さんは「タダモノじゃない」と噂のお茶の先生を演じます。2人の教え子には、黒木華さんと多部未華子さんが扮します。原作はエッセイストの森下典子さんが茶道教室に通う20年間の日々をつづった『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』ですが、わたしはかなり前から観るのを楽しみにしています。これはわたしの口癖ですが、映画とは故人と会えるメディアです。スクリーンの中で、樹木さんに再会できることが楽しみです。名女優・樹木希林さんの御冥福を心よりお祈りいたします。

 

2018年9月17日 一条真也