水前寺公園

一条真也です。
サンレー本社の社員旅行の2日目です。ブログ「熊本城よ!」で紹介したように、「見せる復興」で修復中の熊本城を城外から見学した後、「水前寺公園」に向かいました。ここは、30年前に訪れて以来の訪問です。
当時は、熊本にサンレーの事業部があり、現在は事業開発課の有田課長や経営管理課の溝下課長などが在籍していました。なつかしいですね。

f:id:shins2m:20180914102040j:plain
水前寺公園に向かう参道で

f:id:shins2m:20180914102323j:plain
水前寺公園の入口で

f:id:shins2m:20180914102410j:plain
水前寺公園の景観

f:id:shins2m:20180914102413j:plain
水前寺公園の景観

f:id:shins2m:20180914102434j:plain
30年ぶりに訪れました

 

水前寺公園」というのは通称で、正式には「水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)」といいます。熊本県熊本市中央区にある大名庭園で、面積約7万3000平方メートルです。豊富な阿蘇伏流水が湧出して作った池を中心にした桃山式回遊庭園で、築山や浮石、芝生、松などの植木で東海道五十三次の景勝を模したといわれます。

f:id:shins2m:20180914102658j:plain
池には亀のような石が・・・・・・

f:id:shins2m:20180914102728j:plain
大名庭園をたのしむ

 

Wikipedia「水前寺成趣園」の「概要」には以下のように書かれています。
熊本藩細川氏の初代藩主・細川忠利が1636年(寛永13年)頃から築いた『水前寺御茶屋』が始まり。細川綱利のときに泉水・築山などが作られ、現在見るような形となった。陶淵明の詩『帰去来辞』の一節『園日渉以成趣』からとって『成趣園』と名付けられた。1776年(安永5年)には東側に馬場が設けられた。
明治に至り官有となったが、中心となる御茶屋『酔月亭』は1877年(明治10年)の西南戦争で焼失し、泉水・築山なども荒廃した。これを憂慮した有志が払い下げを要望し、1878年(明治11年)に肥後細川家の歴代藩主を祀る出水神社が園内に創建され、庭園は出水神社の社地として払い下げられた」

f:id:shins2m:20180914102919j:plain
園内には出水神社があります

f:id:shins2m:20180914103455j:plain
出水神社を参拝しました

Wikipedia「水前寺成趣園」の「概要」には、こうも書かれています。
「近世細川家の祖で忠利の祖父・細川藤孝(幽斎)が後陽成天皇の弟・八条宮智仁親王に『古今和歌集』の奥義を伝授したといわれる古今伝授の間がある。当初八条宮の本邸にあったが長岡天満宮に移され、桂宮家から1871年(明治4年)に細川家に贈られ、解体し保管されていたものを、1912年(大正元年)、酔月亭の跡地に移築したものである。 杉戸の雲龍狩野永徳の筆、襖絵は海北友松の画と伝えられている。1929年(昭和4年)12月17日に『水前寺成趣園』として、国の名勝および国の史跡に指定された」

f:id:shins2m:20180914104039j:plain
「古今伝授の間」を訪れました

f:id:shins2m:20180914104205j:plain
「古今伝授の間」の前で

 

水前寺公園には「古今伝授の間」という茅葺き屋根の歴史ある建物(熊本県指定重要文化財)があります。です。ここは和歌の古今伝授が行なわれた空間として現存する「日本で唯一の建物」として知られます。もともと、約400年前に京都御苑の八条宮家(のちの桂宮家)の中に建てられ、幼少の八条宮智仁親王桂宮)の御学問所として使用されていたそうです。独特の形が目を引く「火燈窓」の前が親王の学習机となっていたようです。慶長5年(1600年)に、細川家初代・幽斎公(細川藤孝公)が八条宮智仁親王へ、当時の日本の学問の最高峰である『古今和歌集』の解釈の奥義を伝授されたことが「古今伝授之間」と呼ばれる由縁だとか。

f:id:shins2m:20180914103140j:plain
夏目漱石の句碑

f:id:shins2m:20180914102224j:plain
漱石の句碑を説明する松山千春似の森本さん

f:id:shins2m:20180914103853j:plain
九州最初の電話ボックス

 

公園内には、熊本ゆかりの夏目漱石の句碑、九州最初の電話ボックスなどもありました。「水前寺千春」こと森本誠喜さんがガイドをしてくれました。ときどき、水前寺清子松山千春のナンバーを熱唱しましたが、素晴らしい歌声でした。
Wikipedia「水前寺成趣園」の「概要」には、こう書かれています。
「市のメインストリートである県道沿いにあり、市電の水前寺公園停留場、JRでは水前寺駅が最寄り。最盛期には年間約180万人もの観光客が訪れていたが、近年は減少を続け40万人弱になっている。 当初周囲は畑であったため阿蘇山、飯田山、立田山、健軍神社などを借景にしていた。しかし、今日では利便と環境の良さのため周囲にマンションが建ち並び、景観を損ねているともいわれている」
この日も、森本さんから復興の現状をお聞きしました。
一日も早い復興を祈っています! 

 

2018年9月14日 一条真也