面倒を見た相手には、いつまでも責任がある(サン=テグジュペリ)


一条真也です。
晦日になりました。2017年も今日で終わり。わたしは会社を経営しています。毎年のことながら、社員のみなさんとともに、無事に年を越すことができて感謝と安堵の念を抱いています。今年の最後に、サン=テグジュぺリの名言を紹介いたします。彼が書いた『星の王子さま』には、バラのエピソードが登場します。王子さまの星には、1本の美しいバラがありました。王子さまはそのバラを、この世界で1本しかない珍しい花だと信じていました。しかし、訪れた地球で同じバラの花が5000本も咲いているのを見て、ショックを受けます。王子さまが珍しいと思っていたバラは、地球ではありふれた花だったのです。


王子さまは、最初は自分の星のバラをつまらない花と思います。そして、そんなつまらないものを大切にしていた自分に自己嫌悪さえ抱きます。
でも、その考えが間違っていたことにやがて気づきます。
王子さまのバラは、やはりたった1本のかけがえのない花だったのです。なぜなら、それは王子さまが面倒を見たバラだったからです。唯一、王子さまだけが面倒を見て、心を寄せた花だったからです。そして、そのバラの存在によって、王子さまもこの世で「唯一の存在」であり「かけがえのない存在」になれるのです。王子さまも、バラも、両者の絆によって互いに、このうえなく価値を帯びてくるのです。重要なのは数の多さではありません。5000本のバラより、王子さまにとって大切なのは絆のある1本のバラなのです。


星の王子さま』(岩波書店)より



会社の経営者も同じです。たとえ数万人単位で従業員の数が増えたとしても、その1人ひとりとは絆がなければならない。そして、できれば、その1人ひとりの名前、顔、人格を心に刻んでいなければならない。青臭い意見だといわれることを承知で、わたしはそう思います。
もちろん人数にもよるでしょうが、できうるかぎり経営者は自分の従業員、上司は自分の部下の名前と顔を覚えているべきだと思います。わが社には1500名を超える人数の社員がいますが、わたしは今のところ、彼らの名前と顔を覚えています。そして、その全員の誕生日にバースデーカードとプレゼントを贈っています。この地球上に何十億人の人々がいようとも、わたしにとって、彼らはかけがえのないバラの花なのです。


星の王子さま』(岩波書店)より



それにしても、怒りを抑えることができないのは、超大手企業による数万人単位のリストラです。それまで儲けたいだけ儲け、空前の利益をあげてきた優良企業が、ひとたび不況が訪れると、平気で何万人もの従業員の首を斬る。まだ利益が出ている段階でも、業績が下がり株価が下がるのを嫌って、どんどん人間を切り捨てていく。
これには、経営者の端くれとして、わたしは猛烈な怒りを感じます。


星の王子さま』(岩波書店)より



なにより腹が立つのは、それらの数万人という従業員の存在を「人間」ではなく単なる「数字」としてしか見ていないことです。10000人なら、そこには10000人の生身の人間がいて、それぞれには名前があり、顔があり、家族がいて、生活があるのです。そういったリアルな「人間」というものを忘れて、完全に「数字」としてしか見ていない。そこには、「人間尊重」のかけらもありません。常に決算時の業績をよくしておかなければ投資家の支持を失ってしまうという資本主義の悪しき側面です。


いうまでもなく、大事なのは数字ではなく、人間です。
数字とは何でしょうか。『星の王子さまからの警鐘』という本で、著者の山本武信氏は次のように述べています。
「数字とはそもそも、具体的な表象をすべて削り落とした抽象的普遍性だ。だからこそ、計算もできる。例えば、1人、2人、3人というふうに数えられるのは人格や顔つきや肉体の特徴など各人の個性を捨象してしまっているからだ。数字中心の世界は人間味に欠ける」
人間の人格や肉体や生活を削ぎ落とした「人件費」という名の数字の世界、それが資本主義です。点燈夫の星を訪れる前、4番目に訪れた星では、実業家が夜空の星々を意味もなく数え、計算ばかりしています。彼は計算するだけで、星々を自分が所有できると思い込んでいます。星を「数字」によって抽象化するだけで所有できると錯覚しているのです。これほど、数字中心の世界、すなわち資本主義に対する強烈な皮肉はありません。


星の王子さま』(岩波書店)より



さまざまな星をめぐった王子さまは、地球でバラの花を見て、泣き出してしまいます。あんなにも自分が大切に育て、あんなにも自分を困らせたバラは、5000本の中のたった1本でしかなかったのです。このとき、王子さまは生まれて初めての大きな喪失感を覚えました。
自分は、この広い宇宙の中でなんと小さな、なんと意味のない存在であるかということを思い知るのです。でも、王子さまが面倒を見たたった1本のバラの花があることによって、王子さまは「意味のある存在」になります。自分とバラの花はお互いに強い絆で結びついた「唯一の存在」であることに気づいた王子さまは、ふたたび、5000本のバラの花を見に行きます。そして、「あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、たいせつなんだ」と語ります。砂漠で会ったキツネから「面倒を見た相手には、いつまでも責任があるんだ。守らなきゃならないんだよ、バラの花との約束をね……」ということを教わった王子さまは、自分だけの一輪のバラが待つ小さな星へ還っていきます。


星の王子さま』(岩波書店)より



サン=テグジュぺリにとっての1本の守るべきバラとは何だったのでしょうか。それは、フランスに残してきた妻のコンスエロだというのが定説ではありますが、ほかにもニューヨークにいた不倫関係の恋人であるとか、故国フランスそのものであるとか、いろいろな説があります。でも、わたしは、きっと彼にとってのバラとは、妻であり、恋人であり、故国でもあったのだと思います。バラは、すべての「かけがえのない大切なもの」のシンボルなのだと思います。


星の王子さま』(岩波書店)より



バラの花の存在によって、王子さまは愛を知り、愛したものに対する責任を学びます。気まぐれにペットを捨てるばかりか、わが子さえ捨てる人もいる昨今、王子さまのメッセージはわたしたちの心に突き刺さります。親ならば子に対して、夫ならば妻に対して、経営者ならば社員に対して、教師ならば生徒に対して、わたしたちは愛と責任をもたなければならないのです。なお、今回の言葉は『涙は世界で一番小さな海』(三五館)にも登場します。


2017年12月31日 一条真也