愛は完全になりたいという願いである(プラトン)


一条真也です。
古代ギリシャの哲学者プラトンは、ロマンティックな言葉を残しました。
プラトニック・ラブ」という言葉を聞いたことがない人は少ないと思います。
純愛とか精神的恋愛の響きがありますね。「プラトニック」とはプラトン的ということで、古代ギリシアの哲学者の名前が「愛」という普遍的な概念と結びついて、今でも日常的に使われています。これは、ものすごいことです。


饗宴 (岩波文庫)

饗宴 (岩波文庫)


愛の起源についての最も有名で、最も古いエピソードは、プラトンによるものです。その話は紀元前4世紀、アテネにはじまります。
当時新進気鋭の哲学者だったプラトンは『饗宴』というタイトルの小冊子を書こうと決心します。これは、すでに故人となった彼の恩師、ソクラテスを称えるためのものでした。プラトンは、悲劇詩人アガトンの家を本の舞台にし、アテネの貴族たちが夕食後の会話をしているという設定にしました。登場人物は喜劇作家のアリストファネス、若く美男のアルキビアデス、それにもちろんソクラテスなどがいました。



ここで議論のテーマとなっていたのは愛で、愛の起源、愛の本質、愛の目的について語り合いました。ソクラテスが基調演説をし、完壁な愛とは無形で永遠のイデアを持つ愛であると主張しました。ところが後世の人々に広く語り継がれたのは、アリストファネスが気まぐれに口にした愛と人間の起源についての寓話の方でした。



アリストファネスは言いました。
「神々がまだ若く世界も生まれたての頃、人間は今と違った姿をしていた。どの人間にも腕が4本、足が4本、顔が2つ、胴体が1つあり、車輪のような速さで走ることができた。神々はこれを見て、この生き物たちが地上の支配権を自分たちから奪うのを恐れ、彼らをみな2つに切断することによって、その危険を減らそうとした。人間たちは抵抗したが神々に軍配があがり、やがて人間はみな2つに切断され、それぞれ別の人間になることになった。こうして生まれた新しい人間は、機能的には何の不自由もなかった。歩くことも話すこともできるし、笑うこともスキップすることも跳ぶこともできる。だが心の奥底に騒ぐものがあった。みな自分が半人前なのだという思いから逃げられず、もう一度、一人前になりたいと強く願っていたのである。」



昔の人間は球体で、2つに分かれた者は半球になったというのです!
何年も何年も別れた半球をさがし求め、無駄に終わった者もいれば、幸運に恵まれた者もいました。そしてアリストファネスによると、これこそ愛の起源でした。愛は心の底にある強い憧れであり、完全になりたいという願いであり、自分とぴったりの相手にめぐり合えたときには、故郷に帰って来たような気がします。それは、こういう理由があるからなのです。



アリストファネスは話を以下のように続けます。
他の誰かと一緒にいるだけで味わえるこれほどの喜びが、単に肉体的なものであるはずがない。明らかにそれぞれの魂は、また別の欲望を感じている。だがそれははっきりと表現できず、一体どういうものなのか、推測することしかできない。一緒に横たわっている2人のもとへ鍜冶の神ヘファイトスが訪れ、立ちはだかって訊いたとしよう。
「死すべき人間たちよ、汝ら、お互いから何を望む?」
2人が答えられないとしたら、ヘファイトスは質問を繰り返すだろう。
「おまえたちの望みは、1つになって夜も昼も離れずにいることか?それならば私はおまえたちを、一緒に溶かして固めてやろう。そうすればおまえたちは、2人の人間ではなく1人になる。2人ともに生き、2人ともに死に、次の世でもまた2人で1つになる。これが望みなのか? そうなれば満足するのか?」



そして、アリストファネスは次の言葉で、この物語を終らせるのです。
「私たちは、彼らが何と答えるか知っている。何者もその申し出を断らないであろう。これがすべての人の望みであり、みな自分がはっきりと言うことのできなかった望みの正体はそれなのだと知るだろう。自分の愛する人と溶け合い、1つになることが。」
この溶け合いたい、1つになりたいという気持ちこそ、世界中の恋人たちが昔から経験してきた感情なのです。プラトンはこれを病気とは見なさず、正しい結婚の障害になるとも考えませんでした。人間が本当に自分にふさわしい相手をさがし、認め、応えるための非常に精密なメカニズムだととらえていたのです。



そういう相手がさがせないなら、あるいは間違った相手と一緒になってしまったのなら、それはわれわれが何か義務を怠っているからだとプラトンはほのめかしました。そして、精力的に自分の片われをさがし、幸運にも恵まれ、そういう相手とめぐり合えたならば、言うに言われぬ喜びが得られることをプラトンは教えてくれたのです。なお、プラトンの今回の名言は『結魂論〜なぜ人は結婚するのか』(成甲書房)にも登場します。


結魂論―なぜ人は結婚するのか

結魂論―なぜ人は結婚するのか

*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2017年4月1日 一条真也