「海よりもまだ深く」

一条真也です。
21日に公開された日本映画「海よりもまだ深く」を観ました。
ブログ「そして父になる」ブログ「海街 diary」で紹介した映画で「時の人」となった是枝裕和監督の最新作です。


ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「『海街 diary』などの是枝裕和監督が、『奇跡』以来の阿部寛樹木希林とのタッグで、なかなか大人になれない男の姿を描く感動のホームドラマ。小説家になる夢を諦め切れないまま探偵事務所で働く男が、たまたま実家に集まった母、元妻、息子と台風の一夜を過ごすさまを映す。阿部と樹木のほか真木よう子小林聡美リリー・フランキーらが共演。思っていた未来とは少し違う現実を生きる家族の姿が印象的につづられる」



また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「15年前に1度だけ文学賞を受賞したことのある良多(阿部寛)は、『小説のための取材』と理由を付けて探偵事務所で働いている。良多は離婚した元妻の響子(真木よう子)への思いを捨てきれず、響子に新しく恋人ができたことにぼうぜんとしていた。良多、響子、息子の真悟(吉澤太陽)は、良多の母・淑子(樹木希林)の家に偶然集まったある日、台風の一夜を皆で過ごすことになり・・・・・・」


巣鴨子供置き去り事件をモチーフにした「誰も知らない」(2004年)などもそうですが、是枝監督の作品にはいつも「家族」さらには「血縁」というテーマがあります。「血がつながっているのに」という作品が「誰も知らない」で、「血はつながっていなくとも」が「そして父になる」、「血がつながっているのだから」が「海街 diary」、そして「血がつながっていても」が今回の「海よりもまだ深く」でしょうか。


この映画を見終わったわたしの正直な感想は「えっ、これで終わり?」でした。深みというか、物語の展開がまるで感じられませんでしたね。はっきり言って、消化不良でした。台風の夜の出来事を家族のイニシエーションとして描きたかったのでしょうが、それも中途半端でした。カンヌでスタンディング・オベーションを受けたというから、けっこう期待していたのですが、どこが受けたのがわかりませんでした。


阿部寛のダメ中年ぶりが話題になっているようですが、それを言うなら、ブログ「俺はまだ本気出していないだけ」で紹介した日本映画のほうが格段に上でした。それと、阿部寛のルックスから言って、ダメ男を演じさせるのは少々ムリがあるかなとも思いましたね。
団地で一人で逝った母 望む晩年を実現させてあげられず後悔 是枝裕和監督」というネット記事のインタビューで、是枝監督は「50代ってもっと成熟していると思っていたけれど、全然昔と変わらない」と答えたそうです。これは、53歳になったばかりのわたしの耳にも痛い話ですね。


「家族」がテーマの映画でした

団地で一人暮らしを続ける老母

老母を孤独死させたくない!

良多は是枝監督の分身でした



さらに同インタビューで、是枝監督は「僕は団地で母親を一人で死なせてしまったんです。それは大きな後悔ですね。母親が望んでいた晩年は、たぶん僕が家を建てるとは思っていなかっただろうけれど、家賃を払わないですむような家に住み、そこに同居して孫を抱くという感じだったと思う。でも結局、僕に子どもができる前に死んでしまって・・・・・・。当時は『姉ちゃんのところに子どもがいるからいいでしょ』なんて言っていましたが、その後悔はずっと引きずっていますね」と語りました。そして、この“後悔”が本作の制作のきっかけの一つになっていることを明かしたのです。


伴侶の死 (文春文庫)

伴侶の死 (文春文庫)

映画の中に、樹木希林演じる未亡人の淑子に蝶がずっとついてきて、それを亡き夫だと思ったと淑子が語るシーンが出てきます。それを観て、わたしはブログ『伴侶の死』で紹介した本の内容を連想しました。同書の中に「蝶に生まれ変わった夫」という森永昌子さん(渋川市 69歳 無職)という方の手記が掲載されています。ご主人を夫を亡くされて失意の日々を送っていたある日、森永さんは庭の片隅に家の守り神として祀ってあるお稲荷様に水をあげてお参りしていました。すると、どこからか2匹の蝶が飛んで来て、森永さんのまわりをつかず離れずヒラヒラと舞ったそうです。蝶はそのうち、どこかに行ってしまいました。森永さんはぼんやりと家に入り、神棚と仏壇を拝してから鏡台の前に坐りました。ふと、ガラス越しに西の庭に目をやると、さっきの蝶がまたヒラヒラと可愛らしく舞っていました。
森永さんは、同書に次のように書いています。
「私は一瞬胸がドキドキする程の動悸を覚え急いで庭に下り、思わず『パパ!! パパ!! ああパパなのね!! パパなんでしょう?』と子供の様に手を伸ばして叫んでしまいました。何故かわかりませんが懐かしさ悲しさがこみあげ、涙がポロポロこぼれました」


愛する人を亡くした人へ ―悲しみを癒す15通の手紙

愛する人を亡くした人へ ―悲しみを癒す15通の手紙

拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)でも紹介しましたが、蝶が人間の魂のシンボルであることは古代ギリシャでも古代中国でも言われていました。荘子の「胡蝶の夢」が有名ですね。『死ぬ瞬間』を書いたキューブラー=ロスも、母親が重病で死にそうな小さな女の子に対して、魂を蝶にたとえて話しています。森永さんは、続けて次のように書いています。
「夫の魂が今庭にいる私に逢いに来てくれたのだとはっきり自覚した始まりです。夫は蝶々に生まれ変って死んではいないのだと云う不思議な実感。子供じみたお伽噺の幻影に引き込まれただけだと人様はお笑いになるでしょうけれど、まぎれもなく此の蝶は私の夫。これが大きな拠り所となり夫は何時も私の側にいてくれるのだと久し振りに、本当に久し振りに天空を見上げました。此の時から私の心は此の家をしっかり守って行こうと、子供達の為にも、又集まってくれる姉や弟達の為にもと心に決めました」


日本の団地が舞台でした

団地の風呂はちょっと狭い・・・



いま、日本の団地が熱い注目を浴びているといいます。
「団地を世界委遺産に!」という声もあるそうですが、最近の団地は孤独死の問題と関連づけられて論じられることが多いですね。孤独死は社会問題にもなっており、わたしもずっと関心を抱いてきました。ブログ「孤独死講演会」に書いたように、2010年7月27日、東京で「孤独死に学ぶ」と題する講演とディスカッションを行いました。全互協の総会イベントでしたが、わたしのお相手に「孤独死の防人」こと中沢卓実さんをお招きしました。中沢さんは千葉県松戸市常盤平団地自治会長であり、特定非営利法人「孤独死ゼロ研究会」理事長でもあります。かつて「東洋一のマンモス団地」と呼ばれた常盤平団地は、全国のニュータウンに先駆けて56年前に建設されました。常盤平団地は「孤独死防止のメッカ」とされ、さまざまな取り組みが行われていることで知られています。


日本を代表するマンモス団地といえば・・・・・



それは、2000年秋に起きました。72歳の一人暮らしの男性の家賃の支払いが滞ったために何度も公団から催促状が発送されたにもかかわらず、何の連絡もありませんでした。異常を感じた管理人は警察に連絡し、警察官がドアを開けます。そこにあったのは、キッチンの流しの前の板間に横たわる白骨死体でした。かつての「東洋一の団地」に衝撃が走り、住民たちは、「自分たちの団地から、孤独死が出るなんて!」「隣人とのつながりとは、そんなに希薄なものだったのか」「恥ずかしい、人に知られたくない」という気持ちをそれぞれ抱いたそうです。誰もが大きなショックを受けました。みんな、孤独死とは団地などではなく、特別な状況下で起こるものであると思い込んでいたからです。しかし、さらに独居老人の多くなった常盤平団地で、孤独死が続きます。


常盤平団地の「孤独死予防センター」で中沢さんと



そこで立ち上がったのが、中沢氏を会長とする常盤平団地自治会のメンバーでした。「孤独死ゼロ」を合言葉に、崩壊したコミュニティを復活させるという目標を立てます。そして、団地自治会を中心に、常盤平団地地区社会福祉協議会、民生委員が一緒になって、孤独死問題に対処するためのネットワークやシステムを作りました。みなさんの努力が実って、常盤平団地孤独死は激減しました。今では「孤独死防止のメッカ」とも呼ばれるようになりました。


別れた妻への未練を捨てられない男

バラバラになってしまった家族



それから、今回の作品では、真木よう子に違和感をおぼえました。
真木よう子が細木数子超え ホストクラブで一晩2000万円使った?」というネット記事によれば、「女性セブン」2016年5月12・19日号が報じているように、東京・歌舞伎町の老舗ホストクラブのイケメンホストを気に入った彼女が、たった一晩で2000万円を使ったといいます。バブルの頃ならまだしも、今のこのご時世に「まさか」と思いますが、どうやら本当らしいです。彼女は、指名のイケメンホストを隣に呼んで、他にも何人かのホストと一緒に数十万円する高級シャンパンや数百万円する高級ワインを入れあっとか。かつて歌舞伎町のホストクラブでは、かの細木数子女史が1晩に800万円使ったことなどが報じられたこともありますが、真木よう子の2000万円は、その倍以上です。


別れた夫婦の会話には空虚感が・・・

この人が「細木数子超え」とは!



もちろん、東京ケチ事とは違って、自分で稼いでお金で豪遊したわけですから何の問題もないわけですが、スクリーンに映っている「わが子を堅実な人間に育てようと必死に生きているシングルマザー」の姿に「細木数子超えの女傑」のイメージが重なって、どうも感情移入できず、白々しく感じてしまいました。ミスキャストとは言いませんが、今回の役は真木よう子に合っていなかったと思います。それと、カンヌでの彼女のいでたちがちょっとケバ過ぎますな!


というわけで、「海よりもまだ深く」が、孤独死の問題に対して何らかの答えを示すような内容を期待していたのですが、そうではありませんでした。かといって、家族の新しいあり方を描いているわけでもなく、非常に息苦しい印象を受けました。是枝監督には、多くの日本人が「やっぱり家族っていいなあ!」と思えるような作品を制作していただくことを切に期待いたします。エンドロールで流れた映画の主題歌「ハナレグミ」は名曲ですね。心に染みました。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2016年5月23日 一条真也