故人再生ロボット

一条真也です。
12日は、まず第18回統一地方選に行きました。国民の義務であります。
また、この日は母の誕生日なので、実家に花とプレゼントとケーキとカードを持って行きました。妻も一緒でした。母は、とても喜んでいました。
それから、昨日から『唯葬論』の原稿を書きまくっています。
同書には「文明論」や「幽霊論」といった章もあるのですが、わたしは「死者への想い」が文明を生み、いずれ人類はテクノロジーの力で幽霊を作るかもしれないといったことを書きました。すると、今日の「Yahoo!ニュース」にまさにドンピシャリの記事が出ていて驚きました。



Yahoo!ニュース」より



記事は産経新聞の配信で、「故人を“再生”できる・・・『性格』ダウンロード技術、グーグルが特許」の見出しで、以下のように書かれています。
「人格データをクラウドからダウンロードしてロボットに吹き込むことによって、亡くなった親族や有名人の「性格」を持つロボットが身近な存在になる――。米IT大手グーグルが、ロボットに特定の性格などを植え付けられるシステムの米国特許を取得したことが4日、分かった。
グーグルはさまざまな活用法を想定し、『実社会に多大な恩恵をもたらす画期的システム』と自賛しているが、一部のメディアは、人間の能力を超える人工知能(AI)を備えたロボット(コンピューター)の出現が人類に災禍を及ぼすとする『2045年問題』への第一歩だと警鐘を鳴らしている。
米メディアによると、特許は2012年4月に出願され、3月31日に登録された。性格の作成方法は明らかになっていないが、人間の意識の正体やメカニズムはまだ医学的にも解明されていないことから、動画や音声などのデータを解析して、パターン分類的に特徴を抽出する方法などが取られているとみられる」



また、「■亡くなった人『再生』」として、以下のように書かれています。
「人のさまざまな特徴に基づく性格情報がデータベースに蓄積され、ネットワークを通じて情報を処理するクラウド技術を活用し、ロボットに性格データをダウンロードするというのが特許技術の基本的な仕組みだ。例えば、特定の個人に性格を含めて話し方や表情などを似せることが可能で、亡くなった親族らに似せたロボットを身近に置くことによって心痛を和らげたりする活用法も考えられる。
また、クラウドベースなので、ユーザーが旅行の際、自宅のロボットを持ち運ぶことなく、移動先で別のロボットに同じ性格をダウンロードすることもできる。ロボットの『ポータブル化』が可能なのも大きな特徴だ。
さらに、故人も含めて実際の人間の性格をロボットに植え付けるのではなく、自分好みの性格を自分好みの外見をしたロボットに載せることもできる。このため、ホテルや飲食店などが、酒を一緒に飲んだりする接客用のロボットを顧客の好みに合うようにセットするといった使い道も想定されている。グーグルではすでに、子会社ボストンダイナミクスが『アトラス』と呼ばれる人型ロボットを開発しており、性格をダウンロードするための“器”の開発も進んでいる」



さらに、「■『2045年問題』警鐘」として、以下のように書かれています。
「だが、こうしたグーグルの試みには、批判的な見方もある。英紙インディペンデントは、『グーグルによる人格ロボットの特許取得は、「技術的特異点(シンギュラリティー)」に至る第一歩だ』と説いている。
技術的特異点とは、人間を超えるロボットが出現する時点を指し、米発明家、実業家のレイ・カーツワイル氏(67)は2045年までに訪れると主張している。そして、技術的特異点が来れば、ロボットは自身を構成するプログラムをより高度なものに勝手に書き換え、やがて地球を支配。人間は肉体を失い、意識のみがロボットの中で息づく状態に陥ることなどが想定されると警鐘を鳴らしている。
こうしたカーツワイル氏の『2045年問題』の指摘には、米マイクロソフト創業者で元会長のビル・ゲイツ氏(59)や、米スペースXとテスラ・モーターズ最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏(43)らも、賛同している。だが、グーグルのエリック・シュミット会長(59)は『「2045年問題」の指摘は誤りだ。優れた人工知能のロボットは、人類にユートピアをもたらす。ディストピア(暗黒社会)ではない』と真っ向から反論している」



Yahoo!ニュース」より



記事を読んだわたしは、「ついに、こんな時代が来たか!」と思いました。
『唯葬論』の原稿にも書いたように、文明の発展は、科学技術の発明と深く関わっています。そして、わたしはすべての人間の文明や文化の根底には「死者との交流」という目的があったのではないかと推測しています。科学技術でいえば、写真や映画といったメディアの発明も「死者への想い」から実現したのではないかと考えています。
たとえば、写真は一般に「時間を殺す芸術」と呼ばれています。心霊写真というものがあるが、あれはじつは19世紀の欧米の写真館がサービスで故人の遺影と遺族の写真を合成していたグリーフケア・メディアでした。一方、映画は「時間を生け捕りにする芸術」ではないでしょうか。
さらに、映画とは「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するグリーフケア・メディアであるように思えてならなりません。実際、映画を観れば、わたしが好きなヴィヴィアン・リーにだって、グレース・ケリーにだって、高倉健菅原文太にだって再会できます。


写真や映画だけではありません。20世紀以降で最大の発明品といえば、何と言ってもコンピューターではないでしょうか。ブログ「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」で紹介した映画のテーマですが、コンピューターの発明に関わったのは、第二次世界大戦時、ドイツの世界最強の暗号エニグマを解き明かした天才数学者アラン・チューリングです。チューリングは劣勢だったイギリスの勝利に貢献し、その後コンピューターの概念を創造したことで知られます。
彼は「人工知能の父」と呼ばれていましたが、後にチューリング・マシンと呼ばれる暗号解読機に「ステファニー」という名前をつけていました。この名前は彼の少年時代の同級生の名前でした。その同級生はチューリングに「暗号」の世界の面白さを教えてくれた張本人だったのです。そして、彼らは濃密な友情を育てていくが、突然、同級生は病死してしまうのでした。その後、チューリングが自ら開発したマシンに親友の名を冠したというのは、暗号開発そのものが夭折した親友を弔うことであり、彼自身にとっての「喪の作業」ではなかったかと思います。まさに、すべての人的営為は死者の存在を前提としているという「唯葬論」そのものです。


多くの日本人にとって、ロボットといえば手塚治虫の「鉄腕アトム」でしょう。
このアトムだって、じつは「故人再生ロボット」だったのです!
アトムの製作者は天馬博士という科学者です。彼は息子の飛雄が交通事故死したことを悲しむあまり、息子に似たロボットを作りました。当初は「トビオ」と呼ばれていたロボットは、人間とほぼ同等の感情とさまざまな能力を持つ優秀なロボットでした。しかし、人間のように成長しないことに気づいた天馬博士はトビオをサーカスに売ってしまいます。サーカスの団長はトビオを「アトム」と名付けました。やがて感情を持つロボットが人間と同じ様に暮らす権利が与えられるようになると、アトムの可能性に着目していたお茶の水博士に引き取られます。そして情操教育としてロボットの家族と家を与えられ、アトムは人間の小学校に通わされるようになるのでした。


Googleの正体 (マイコミ新書)

Googleの正体 (マイコミ新書)

今回の「故人再生ロボット」が愛する人を亡くした人たちへのグリーフケア・マシンとして大いなる「癒し」の機能を発揮してくれるのではないかと期待する一方で、グーグルという企業が関わっていることに一抹の不安も覚えます。というのも、ブログ『Googleの正体』で紹介した本で、著者の牧野武文氏は、グーグルの事業は創設者であるラリー・ペイジとサーゲイ・ブリン両者の趣味嗜好から生れていると指摘し、次のように述べています。
「グーグルが次々と発表する新たなサービスは、子供のおもちゃ箱をぶちまけたような夢のあるものが多い。地球のすべてを観察できるグーグルアース、自分が街中を散歩する気分になれるストリートビュー、世界中の本が読めるグーグルブック検索、さらには音声やカメラで検索ができるアンドロイド携帯電話。そして、クロムOS。どれもがSF小説に出てくるアイテムのようで、ラリーとサーゲイは小さな頃に屋根裏部屋で読みふけった小説に出てくるアイテムを実現しているかのように見える」
この牧野氏の指摘は、グーグルの精神なるものを見事に言い当てているように思います。「子どものおもちゃ箱をぶちまけたような夢」を追求し、「SF小説に出てくるアイテム」を欲しがる人々によって創設された組織が、グーグルの正体なのかもしれません。


グーグル秘録 (文春文庫)

グーグル秘録 (文春文庫)

子どもが好奇心のままに行動していれば、必ず社会とは衝突します。
ブログ『グーグル秘録』で紹介した本で、米誌「ニューヨーカー」のベテラン記者であるケン・オーレッタは、グーグルの最大の弱みとして「社会性のなさ」を挙げています。たしかに許可を求めずにあらゆる試みを繰り返し、他企業から告訴されまくっている現状を見ると納得できます。
『グーグル秘録』で、オーレッタは以下のように述べています。
「“グーグル”を集中的かつ徹底的に調べた結果、『邪悪なことはしない』という意思を持って出発した同社が、すでに親しみやすい検索エンジンから、一部の人々にとっては不吉な存在に変化したことが分かった。卓越した技術力を武器に、“グーグジラ”はもう動きだしている」
“グーグジラ”とは怪物ゴジラを連想させる言葉ですが、「グーグルは特定の市場に狙いを定め、すばやく、冷酷に攻撃する」というのです。また、「底なしの胃袋を持つグーグジラは、自らが皿に盛られたチキン・ブリトーであることに気づかない企業を、次々と呑みこんでいくだろう」と結んでいます。
マッド・サイエンティストであったフランケンシュタインは、悲劇のモンスターを生み出してしまいます。サイエンティスト企業を興したブリンとラリーが創り出したものは果たしてモンスターだったのでしょうか?
「グーグル・アース」などを見ると、なんだか途方もないことを企んでいる気配がプンプンします。その答えは、これから明白になるでしょう。
それにしても、途方もない時代になったものです。



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2015年4月12日 一条真也