一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「祈」です。



東日本大震災以降、「祈り」という言葉をよく耳にしました。海外の人々が日本を支援する合言葉は「PRAY FOR JAPAN」でした。東日本大震災こそは、まさに日本および日本人にとって想定外の出来事でした。日本は地震大国であり、地震津波に対する備えも十分になされていました。過去に何度も被災した三陸海岸周辺では「世界一」の津波対策をしていたにもかかわらず、その備えでさえ対応できない事態が生じたのです。



震災の直後、地震津波に関して専門家から「想定外」という言葉が何度も語られました。マスコミは「逃げ口上」ととらえて反発しましたが、それは間違いです。想定とは、合理的推論によってなされるのであり、その枠組みを超える事態が生じた場合には、当然、想定外の事態が生じます。わたしは、もともと大自然に対して「想定内」など有り得ず、不遜以外の何ものでもないと思っています。東日本大震災で、われわれ日本人は「人間の力では絶対に及ばない超越的なものがあることを思い知りました。人間の力で及ばないものに対して、人間は祈るしかありません。



「祈る」とは、天とか神とか仏といった人智を超越したサムシング・グレートに対する行為であり、人間を謙虚にしてくれます。そして、この謙虚さこそ、リーダーに求められるものです。よく「苦しいときの神頼み」と言いますが、あまり良くない意味で使われるように思います。しかし、ある意味で最も人間的で最も自然な心の行為ではないでしょうか。元東京都知事の故石原慎太郎氏は、優れた指導者の目にとまりにくい、あるいは隠れた資質、しかしその要因の1つに「祈り」があると述べています。



何とか自分の願いを成就達成できまいかと願うとき、人間は一番容易に、神や仏を見いだすというよりも意識することができるはずです。そういう事態になる前に、自分に関する物事をつかさどり律しているのは決して自分だけではありませんし、自分と同じ人間である他人でもないということを悟るなり信じていれば、ある意味で潔い他力本願ができ、たとえ事がかなわなくても、安心安堵ができるはずです。時は戦国。戦の名人といわれた上杉謙信は常に数珠を手にして戦場へ出たといいます。彼は武田信玄との絶えざる戦いの繰り返しのなかで、自分に頼る部下と国の命運を毘沙門天に祈り続けたのです。



時は明治。日露戦争で立ち往生していた旅順の攻撃に途中から参加し、指揮して見事に成功させた児玉源太郎は、天才参謀の名を欲しいままにしました。しかし彼は、現地の戦闘の渦中、朝、厠から出てくるたびに昇ってくる太陽に向かって祈っていたそうです。宗教心とまったく縁のない児玉が、満州での困難な作戦に心労し、そのあまりに太陽を拝む習慣を身につけてしまったわけです。天才と呼ばれていた児玉にしてなお、「知恵というのは血を吐いて考えても、やっぱり限界がある。最後は運だ」と達観し、その運を引き寄せるために朝日に向かって祈っていたとか。



時は昭和。かつて伊藤忠商事の会長を務めた瀬島龍三は、かつて関東軍参謀の1人だったことで知られます。敗戦軍師としてソビエトに入り、そのまま抑留されて13年間、人間として見てはならぬもの、してはならぬこともやらなければ生きていけない地獄の生活を体験しました。その彼が極限状態を意識したのは、シベリアにおける7カ月の独房生活でした。彼は、「私は散歩に出されたとき、拾った石のかけらで独房の壁に観音像を刻みつけ、一心不乱に観音経をあげた。人に説明しても理解してもらえないと思うが、発狂しないでこうして帰って来られたのは観音経のおかげだと思っている」と述懐しています。



時は戦後。かつて経団連の会長を務め、我が国の行政改革に大きく貢献した土光敏夫は、石川島播磨時代の労使紛争の絶えなかったころ、担当役員としてその場に出かける前に必ず毎朝、法華経を唱えて仏壇を拝みました。そうすると、なぜか自信が出てきたといいます。彼は「朝、顔を洗って読経をする。そこから私の一日が始まる。精一杯の務めはするが、凡夫の悲しさで失敗することも多い。そんなとき私はいつも仏前に座っているつもりで心を静める。また、夕方帰宅して仏壇にぬかずき、その日のことを反省し、それでとにかく一日の締めくくりをつける。なぜお経をあげるかって、毎日が不安でしょうがないからだ。私はお経をあげることによって、この不安が鎮まるのです」と告白しています。



祈りの対象は太陽でも神でも仏でもよいのです。人が不可知な力について感じるようになれば、人生そのものに必ず大きな展開がもたらされてくるものなのです。もちろん、自ら何もせずして、ただ神仏にご利益を願うというような浅ましいことは、人間としてすべきではありません。第一、人事を尽くさずに甘えから祈るのは、神仏に対して失礼極まりないでしょう。あくまで、人事を尽くして天命を待つ、が基本。かつて、アメリカが月に向けてアポロを打ち上げた際、あらゆる準備、点検をすべて終え、残るは発射のボタンを押すのみというときに、その責任者は「あとは祈るだけだ」とつぶやいたといいます。これこそ、人事を尽くして天命を待つということだと思います。



大事なことは、人間の力では絶対に及ばない超越的なものの存在を認めて謙虚になること。その偉大なものに心からの敬意を払うこと。そして、人間としてベストを尽くすことなのです。なお、「祈」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2022年12月5日 一条真也

 

一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「想」です。



想像力とは創造力です。人間の「想い」は、これまで、さまざまな形で物理化してきました。いま、あなたの周辺を見まわしてみていただきたい。あなたの目にはいろんな物が見えるでしょう。パソコン、机、蛍光灯、テレビ、冷蔵庫などなど。それらの物は、すべて誰かの想像力がもとになって1つの物に作り上げられたのです。すなわち、その根底をなしている創作者の着想や思考をあなたは眺めているわけです。家具をこしらえ、窓にガラスをはめ、カーテンを作ったそもそもの初めは、人間の想像力からでした。



自動車も超高層建築も宇宙ロケットも、その他この世のすべての人工物は、人間の想像力から生まれたものです。アメリカの思想家R・W・エマソンは「われわれの行動の根源は想い、つまり精神である」と言いました。ある意味で、人間の心の中に絶えず描かれている思いや考えから組み立てられている「想像」というものは、人類進歩の源泉だと言えます。そして「想像」はやがて「理想」というものを心の中に形づくるのです。



もし人間に想像する能力がなく、漫然とただ生きているだけだとしたら、科学も哲学も芸術も宗教も、いや、あらゆる一切の人類の偉大な営みは生まれず、ましてや発展などしませんでした。ですから、想像力は理想を創る原動力であり、その重要性は人生の上で途方もなく大きいことがわかります。



人は誰でも想像します。シェイクスピアの『真夏の夜の夢』には「恋をする人、詩を思う人たちの胸の中はあの噴火山の煙のように、さまざまな想像で一杯である」と書いてあります。また、ゲーテは「想像の分量が豊富なときに書いたものは、期せずして、人の心を動かす力がある。そして、そういうものを、世間の人は名篇とか傑作とか言う。だから文豪とは、想像力を他人よりも豊富に持つ人のことである」と言っています。



文豪や発明家などは「想像力の富豪」なのです。では、富豪でない一般人が、その想像を現実化するにはどうすべきか。中村天風は「想像力を応用して、心に絶えず念願することを映像化して描くことによって、信念というものが確固なものになるんです」と語りました。心の中の映像化によって、想像から念願へ、そして信念となり、現実となる。アメリカ産の「思考は現実化する」式の成功哲学と同様です。東に中村天風、西にナポレオン・ヒルあり! 



同じ人間ですから、心の法則が東西同じなのは当然と言えるでしょう。企業における新商品や新サービスの開発、イノベーションも、その成功の根源は想像力にあります。ヒト・モノ・カネに先立つ本当の資本とは、人間の想像力なのです。なお、「想」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2022年12月5日 一条真也

『令和こころ通信』

一条真也です。
わたしは、これまで多くのブックレットを刊行してきましたが、一条真也ではなく、本名の佐久間庸和として出しています。いつの間にか44冊になっていました。それらの一覧は現在、一条真也オフィシャル・サイト「ハートフルムーン」の中にある「佐久間庸和著書」で見ることができます。整理の意味をかねて、これまでのブックレットを振り返っていきたいと思います。 

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『令和こころ通信』 

 

今回のブックレットは、『令和こころ通信』です。令和元年5月6日から同2年4月21日まで、「西日本新聞」において全24回にわたって連載したコラムをまとめたものです。令和2年(2020年)の5月に刊行しました。

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『令和こころ通信』目次

 

西暦2019年5月、「令和」の御代が始まりました。平成の時代を顧みると、無縁社会の進行としてその一面をとらえることができます。言い換えるなら、平成は個々人の孤立が進行した時代であったともいえるのではないでしょうか。この現状を超克し、令和の時代に日本人が幸福を得るために何が必要か。わたしは、日本人が失っていない「心」に、その解が隠されていると考えています。だからこそ、これからの日本は「心ゆたかな社会」――ハートフル・ソサエティの実現を目指さなければなりません。

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西日本新聞」2019年5月6日 朝刊

f:id:shins2m:20200702163633j:plain01回「新元号に寄せる思い

タイトルと内容は以下の通りです。

01回「新元号に寄せる思い

02回「令和の時代に礼の輪を

03回「この世は『有縁社会』

04回「『隣人祭り』のある街

05回「災害時は紫雲閣へ

06回「縁を生かす沖縄に学ぶ

07回「小倉に落ちるはずの原爆

08回「盆踊りで有縁社会再生

09回「結婚式 親子で模擬体験

10回「『終活』から『修活』へ

11回「グリーフケアの時代

12回「ラグビーのような社会へ

13回「月を見上げて、死を想う

14回「平成中村座に『孝』を見た

15回「『風と共に去りぬ』再鑑賞

16回「クリスマスに亡き人を想う

17回「生活の古典を愛でる

18回「成人式に思うこと

19回「歌に託さんわが志

20回「バレンタインデーの願い

21回「儀式なくして人生なし

22回「葬儀は人生の『卒業式』

23回「結婚は最高の平和である

24回「何事も陽にとらえる

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西日本新聞」2020年4月21日朝刊

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なお、本コラムを連載中に新型コロナウイルス(COVID-19)が巻き起こした疫禍は社会を一変させてしまいました。しかし、何事も陽にとらえれば、これは今までの社会を改める絶好の機会でもあると思います。本冊子に掲載されているコラムが、読者の皆さんが新たに創りだす社会にとって何かしらの参考になれば――1人でも多くの人が幸福に過ごせる社会の一助になれば幸いです。

2022年12月4日 一条真也

『般若心経 自由訳』

一条真也です。
89冊目の「一条真也による一条本紹介」は、『般若心経 自由訳』(現代書林)です。サブタイトルは、「『永遠』の秘密を説く 大いなる智慧」。刊行日は、2017年8月10日です。「フォトグラファー」こと沖縄在住の写真家である安田淳夫氏の作品を中心とした素晴らしい写真の数々が自由訳を彩ってくれました。

般若心経 自由訳』(現代書林)


本書の帯

 

本書の帯には以下のように書かれています。
「空」とは「永遠」のことだった。
「般若心経」は
死の真実を解き明かす!

「死は不幸ではない!」
そこには、万人が死を受け容れる
ための呪文が隠されていた。


本書の帯の裏

 

また帯の裏には、「『般若心経』とは、多くの日本人にとってブッダのメッセージそのものかもしれません。そして、そのメッセージとは『永遠』の秘密を説くものであり、『死』の不安や『死別』の悲しみを溶かしていく内容となっています。超高齢社会を迎えたすべての日本人にとって、本書が『老いる覚悟』と『死ぬ覚悟』、そして、『安らぎ』と『幸せ』を自然に得ることができる書となれば、こんなに嬉しいことはありません。――『はじめに』より」と書かれています。

 

仏教には啓典や根本経典のようなものは存在しないとされます。しかし、あえていえば、『般若心経』が「経典の中の経典」と表現されることが多いです。「経」という漢字には「タテイト、動かないもの、不変の真理」といった意味があり、儒教の書物の分類でいうと「聖人の制作したもの」を指します。仏教の経典はインドまたは西域の国語から漢文に翻訳されました。この場合には「スートラ」というインド語に「経」という漢字を当てはめました。『般若心経』は、英語では「ハート・スートラ」といいます。


般若心経 自由訳』より

 

『般若心経』とは、何よりも大乗仏教の経典です。代表的な大乗経典としては『般若経』『華厳経』「維摩経」『勝鬘経』『法華経』『浄土三部経』などがありますが、同じ大乗経典といっても内容はさまざまです。起源も異なり、思想的に矛盾することさえもあります。大乗経典のうちのあるものは、大乗側の人々が「小乗経典」と呼ぶもの、すなわち上座仏教の経典と同じくきわめて古い時代の思想内容を持ちます。ただし資料としては古くても、大乗経典の方が形をなすのは遅れました。上座部派の人々が教団の権威を樹立するために早くから聖典の確立の努力した一方で、大乗の人々はこの点に関して自由な考えを持っていたからです。

 

 

西遊記』で知られる唐の僧・玄奘三蔵は天竺(インド)から持ち帰った膨大な『大般若経』を翻訳し、262字に集約して『般若心経』を完成させました。そこで説かれた「空」の思想は中国仏教思想、特に禅宗教学の形成に大きな影響を与えました。東アジア全域にも広まりました。


般若心経 自由訳』より

般若心経 自由訳』より

 

日本に伝えられたのは8世紀、奈良時代のことです。遣唐使に同行した僧が持ち帰ったといいます。以来、1200年以上の歳月が流れ、日本における最も有名な経典となりました。特に、遣唐使に参加した弘法大師空海は、その真の意味を理解しました。空海は、「空」を「海」、「色」を「波」にたとえて説いた『般若心経秘鍵』を著しています。わたしの自由訳のベースは、この空海の解釈にあることをここに告白しておきます。

 

 

ダライ・ラマ14世は『般若心経』について、ことあるごとに「日本では、この経典は亡くなった人のために葬儀の際よく朗唱されます」と述べています。すべての宗派の葬儀で『般若心経』が読誦されている訳ではありませんが、曹洞宗真言宗などでは読誦されています。考えてみれば、一般の日本人にとっては、お経そのものが宗派を超えて葬儀を連想させるものとなっています。そのダライ・ラマ法王の言葉に触れたとき、わたしは『般若心経』を自分なりの解釈で自由訳してみようと思ったのです。

 

 

『般若心経』とは、多くの日本人にとってブッダのメッセージそのものかもしれません。そして、そのメッセージとは「永遠」の秘密を説くものであり、「死」の不安や「死別」の悲しみを溶かしていく内容となっています。超高齢社会を迎えたすべての日本人にとって、本書が「老いる覚悟」と「死ぬ覚悟」、そして、「安らぎ」と「幸せ」を自然に得ることができる書となれば、こんなに嬉しいことはありません。


「空」とは、「0」ではなく「永遠」である!

 

2017年年4月8日、ブッダの誕生日である「花祭り」の日、わたしは『般若心経 自由訳』を完成させました。これまで、日本人による『般若心経』の解釈の多くは間違っていたように思います。なぜなら、その核心思想である「空」を「無」と同意義にとらえ、本当の意味を理解していないからです。「空」とは「永遠」にほかなりません。「0」も「∞」もともに古代インドで生まれたコンセプトですが、「空」は後者を意味しました。


般若心経 自由訳』より

 

「空」とは実在世界であり、あの世です。「色」とは仮想世界であり、この世です。わたしは、「空」の本当の意味を考えに考え抜いて、死の「おそれ」や「かなしみ」が消えてゆくような訳文としました。ブッダが最初に説いた上座仏教の根本経典をわたしなりに解釈した『慈経 自由訳』(三五館)と併せてお読みいただきたいです。


慈経 自由訳』と『般若心経 自由訳

 

日本人の「こころ」は神道儒教・仏教の三本柱が支えているというのがわが持論ですが、それらに相当する書物が『古事記』『論語』『般若心経』で、それらは「過去」「現在」「未来」についての書でもあります。すなわち、

 

古事記』とは、
わたしたちが、
どこから来たのかを明らかにする書。

 

論語』とは、
わたしたちが、
どのように生きるべきかを説く書。

 

『般若心経』とは、
わたしたちが、
死んだらどこへ行くかを示す書。


サンデー毎日」2017年9月17日号

 

日本人には『古事記』『論語』『般若心経』が必要です。『古事記』に関しては、ブログ『超訳 古事記』で紹介した義兄弟の宗教哲学者・鎌田東二氏の名著がありますので、わたしは『論語』と『般若心経』で自分なりの解釈を打ち出してみたいと思いました。子どもに『論語』を、お年寄りに『般若心経』を!ということで、「天下布礼」の一環として、『はじめての「論語」』を発売し、さらには『般若心経 自由訳』を上梓する運びとなりました。


子どもに『論語』を、お年寄りに『般若心経』を!

 

本書の特徴は、『般若心経』におけるキーワードである「空」を「無」の同義語ではなく「永遠」の意味にとらえたことにありますが、空海の『般若心経秘鍵』とともに、ブログ『「般若心経」の真実』で紹介した篠原令氏の著書を参考にさせていただきました。また、最後の呪文を赤ん坊の泣き声に例えたくだりは、『般若心経 絵本』諸橋精光著(小学館)を参考にしています。改めて、ここに感謝を申し上げさせていただきます。

 

 

2022年12月4日 一条真也

「月の満ち欠け」

一条真也です。
2日、この日から公開された日本映画「月の満ち欠け」をシネプレックス小倉で観ました。ブログ『月の満ち欠け』で紹介した小説の映画版です。小説も感動的でしたが、映画はもっと泣ける感動作でした。何かもう、100%、わたし好みの映画でしたね。師走に入って、本年度の一条賞(映画篇)の有力候補作に出合いました。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『鳩の撃退法』などの原作で知られる佐藤正午直木賞受賞作を実写映画化。妻子を同時に失い幸せな日常を失った男が、数奇な運命に巻き込まれていく。監督は『ナミヤ雑貨店の奇蹟』などの廣木隆一、脚本は『そして、バトンは渡された』などの橋本裕志が担当。『探偵はBARにいる』シリーズなどの大泉洋が主人公を演じ、廣木監督作『ストロボ・エッジ』などの有村架純、ドラマ『消えた初恋』などの目黒蓮、大泉主演作『青天の霹靂』などの柴咲コウらが共演する」

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「小山内堅(大泉洋)は愛する家族と幸せに暮らしていたが、予期せぬ事故で妻・梢(柴咲コウ)と娘・瑠璃を同時に亡くす。深い悲しみに暮れる彼のもとに、ある日三角哲彦(目黒蓮)と名乗る男がやって来る。彼は瑠璃が、事故当日に面識のないはずの自分を訪ねようとしていたことや、かつて自分が愛した女性・正木瑠璃(有村架純)との思い出を話しだす」

 

 

この映画の原作は、第157回直木賞受賞作です。地元・佐世保で執筆活動を続ける著者の佐藤正午氏はデビュー34年にして初の直木賞ノミネートだったそうです。「生まれ変わり」というオカルト的に受け取られがちなスピリチュアルなテーマをガチンコで描いた小説が岩波書店から出版され、しかも直木賞を受賞したという事実に、わたしは大いに驚きました。佐藤氏の小説は初めて読みましたが、冒頭部分から筆力を感じました。

リーガロイヤルホテル早稲田のティーラウンジで

 

小山内堅という初老の男が八戸から東京駅にやってきます。駅に隣接した東京ステーションホテルのカフェに入り、先に入店していた母娘の前に座ります。彼が店員にコーヒーの注文を伝えると、先に着席していた小学生の女の子が「どら焼きのセットにすればいいのに」と言います。戸惑う小山内に向かって、少女は「一緒に食べたことがあるね、家族三人で」と口にするのでした。ここから、世にも不思議な物語が展開されていきます。この場面、小説では舞台が東京ステーションホテルでしたが、映画ではリーガロイヤルホテル早稲田に変更されていました。

リーガロイヤルホテル早稲田のティーラウンジの入口

 

ブログ「早稲田散策」で紹介したように、先日、わたしは映画の撮影に使用された同ホテルのティーラウンジを訪れました。このホテル、わたしが学生時代にはなかったのですが、ホテルの向かいにある大和書房から2冊の文庫本を出したことがあり、その頃、よくこのラウンジで打ち合わせしていました。この物語では高田馬場が重要な役割を果たすのですが、映画で80年代の高田馬場や早稲田界隈が再現されていたのには感激しました。特に、高田馬場駅前のランドマークであるBIG BOXの外観が80年代そのままだったのは非常に懐かしかったですね!


原作小説にも感動しましたが、映画はさらに感動しました。まず、この映画は女優の力が凄いです。柴咲コウ有村架純は美しかったし、伊藤沙莉の演技力が素晴らしかった。さらには、なんと「東京暮色」の原節子や「アンナ・カレーニナ」のヴィヴィアン・リーといった伝説の大女優も登場するのです。まさに女優の力を見せつけられたという思いです。この映画で、柴咲コウは結婚式の花嫁、伊藤沙莉は女子高生を演じます。41歳の花嫁、28歳の女子高生と聞けば「?」となるのが普通ですが、まったく違和感がありませんでした。女優というのは凄いですね。


そして、ある意味でこの物語の真の主人公ともいえる正木瑠璃を演じた有村架純が良かったです。彼女が目黒蓮が演じる大学生のアパートを訪れるシーンなどは、ブログ「花束みたいな恋をした」で紹介した日本映画を連想しました。この映画は恋愛の本質を見事に描いた名作で、どこにでもいる現代の大学生の21歳から26歳までを描いており、青春時代の情熱的な恋愛を見事に描いています。有村架純ブログ「ひよっこ」で紹介したNHK朝ドラの名作での若い主人公役のイメージが強かったですが、立派な大人の女優になりましたね。「ひよっこ」といえば、米屋の娘役で伊藤沙莉も出演していたことを思い出しました。ブログ「ちょっと思い出しただけ」で紹介した伊藤沙莉の主演作も恋愛映画の名作でした。

 

このように映画「月の満ち欠け」の女優陣は強力でしたが、男優陣も負けていません。主役の小山内堅を演じた大泉洋は相変わらずの名演技でした。ともにファンタジー映画であるブログ「青天の霹靂」ブログ「トワイライト ささらさや」で紹介した主演映画とは違った魅力がありました。「トワイライト ささらさや」はいわゆるジェントルゴースト・ストーリー(優霊物語)で、大泉洋は幽霊になっていました。大泉洋以外でも、「月の満ち欠け」では、25歳で1級建築士に合格したけれども性格の悪いダメ男の役を演じた田中圭も見事な怪演でした。写真家の三角哲彦を演じた目黒蓮も、なかなかのものでした。女優も男優も輝いているというのは、きっとこの映画のメガホンを取った廣木隆一監督が優秀なのでしょうね。 ブログ「ナミヤ雑貨店の奇蹟」で紹介した映画など、廣木監督のファンタジー映画はとにかく泣けます。


「月の満ち欠け」は、生まれ変わりの物語です。原作を読んだときもそうでしたが、この映画を観て、生まれ変わりに成功したのはいいけれども、そのことを生前の家族をはじめとした関係者に信じてもらうことの難しさを思い知りました。誰だって、「わたしは、あなたの死んだ娘さんの生まれ変わりです」などと言われたら、相手の頭がおかしいと思うでしょう。たとえ、娘を亡くした親が信じたとしても、周囲の人々まで信じさせるのは困難をきわめます。「オードリー・ローズ」という1977年制作のアメリカ合衆国のホラー映画があります。輪廻転生をテーマにしたフランク・デ・フェリッタ原作の小説をロバート・ワイズ監督が映画化した作品です。交通事故で死んだオードリーという娘が転生する物語ですが、オードリーの父親が霊媒からその事実を聞き、転生したという他人の娘につきまとうことから悲劇が始まるのでした。

 

 

「月の満ち欠け」を観て、また原作小説を読んで、わたしはブログ『深い河』で紹介した遠藤周作の名作を連想しました。この小説には磯辺という老年期に差しかかった男が登場しますが、彼は妻を癌で亡くします。妻は臨終の間際にうわ言で自分は必ず輪廻転生し、この世界のどこかに生まれ変わる、必ず自分を見つけてほしいと言い残して、死んでしまいます。妻の自分に対する深い愛情を初めて知った磯辺は「死後の転生」の問題に捉われ、アメリカの研究者に相談します。研究者は日本人の生まれ変わりという少女がインドにいると教えてくれ、磯辺は理性では信じてはいないものの、妻を失った大きな喪失感の中で彼女の臨終のうわ言に導かれ、インド・ツアーに参加するのでした。

 

 

『深い河』では、アメリカのヴァージニア大学において輪廻転生が科学的に研究されたことが紹介されています。その研究で世界的に有名になったのが同大学の心理学部教授イアン・スティーブンソンでした。彼の著書に、世界的ベストセラーとなった『前世を記憶する子どもたち』笠原敏雄訳(日本教文社)があります。まさにこの本は「月の満ち欠け」で重要な役割を果たします。映画にも登場しますが、原作ではもっと重要な存在です。なにしろ、『月の満ち欠け』の登場人物だちがいずれも『前世を記憶する子どもたち』を読むことによって、「生まれ変わり説には一理ある」と考えるのですから・・・・・・。書名もそのまま登場しますが、正直わたしは「小説として物語を展開する上で、『前世を記憶する子どもたち』に引っ張られ過ぎではないか」と感じました。



その『前世を記憶する子どもたち』には、驚くべきエピソードがずらりと並んでいます。 たとえば、1958年生まれのレバノン・コーナエル村の3歳児イマッドは、「わたしは前世はクリビィ村に住み、屋根裏部屋には銃を隠しもち、赤いハイヒールのジャミレという女を記憶している」と語り、自転車を見るたびに顔色を変えました。これに興味を抱いて現地に飛んだスティーブンソンは、結核で1949年に25歳で死んだイブラヒムの部屋を探しあてました。そして、「屋根裏部屋にはライフルが」「赤いハイヒールのジャミレは彼の恋人」「イブラヒムは従兄弟のすさまじい自動車事故死に衝撃を受けた」など、彼がイマッドの前人格であることを確認したのです。



ティーブンソンを中心とするヴァージニア大学研究チームは長い年月をかけ、世界各地から生まれ変わりとしか説明のしようがない実例を2000以上も集めました。重要なことは、この子どもたちの半分は西洋の子どもだということです。西洋では、インドやチベットなどのアジア地域と違い、輪廻転生の考え方が現在のところ、一般的ではありません。やはり輪廻転生の例が圧倒的に多いのは、インドです。中でも、シャンティ・デヴィの例がよく知られています。1926年にデリーで、デヴィという女の子が生まれました。彼女は「自分は前にマットラという町で生まれ、前世での名前はルジです」と両親に言いました。

愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

 

拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の第十三信「生まれ変わり〜もう一度、会えます」でも紹介しましたが、生まれ変わりは、古来から人類のあいだに広く存在した考え方です。西洋の歴史をみると、ピタゴラスプラトン、ミルトン、スピノザゲーテビクトル・ユーゴーホイットマンイプセンメーテルリンクらは、みな輪廻転生を肯定する再生論者でした。世界には、輪廻転生を認める宗教がたくさんあります。


ヒンドゥー教や仏教といった東洋の宗教が輪廻転生を教義の柱にしていることはよく知られていますが、イスラム教の神秘主義であるスーフィーの伝統でも、詩や踊りの中で輪廻転生が美しく表現されています。ユダヤ教では、何千年も前から柱の1つとして、輪廻転生を肯定する「ギルガル」という考え方がありました。ユダヤの神秘思想である「カバラ」も輪廻転生に多く言及しています。約2世紀前に、近代化をはかった東欧のユダヤ人によってこの考え方は捨てられましたが、今でも、一部の人々の間では輪廻転生の思想は生きています。



そして、キリスト教は輪廻転生を否定していると思われています。もちろん、現在はそうです。しかし、過去は違いました。キリスト教も初期の頃は輪廻転生を認めていたのです。もともと『新約聖書』には輪廻転生の記述がありました。それが、紀元4世紀、コンスタンティヌス帝がキリスト教をローマの国教としたときに削除したのです。紀元6世紀には、コンスタンティノープルの宗教会議において、公式に輪廻転生は異端であると宣言されました。それでも、輪廻転生を信じるキリスト教徒もいました。イタリアと南フランスにいたカタリ派の人々です。しかし、彼らは異端として虐殺されました。12世紀のことです。

 

 

日本でも、生まれ変わりは信じられてきました。江戸時代の国学者である平田篤胤は、「生まれ変わり少年」として評判だった勝五郎のことを研究しました。文化・文政年間に武蔵国多摩郡で実際に起きた事件ですが、勝五郎という名の8歳の百姓のせがれが「われは生まれる前は、程窪村の久兵衛という人の子で藤蔵といったのだ」と言い出しました。仰天した祖母が程窪村へ連れていくと、ある家の前まで来て、「この家だ」と言って駆け込みました。また向かいの煙草屋の屋根を指さして、「前には、あの屋根はなかった。あの木もなかった」と言いましたが、すべてその通りでした。日本で最も有名な生まれ変わり事件です。

 

 

チベットでは、ダライ・ラマが活仏(いきぼとけ)として崇拝されています。ダライ・ラマ1世から14世まで、まったく血のつながりはありません。その地位の継承は、前のダライ・ラマの生まれ変わりとしての化身さがしによって決まるのです。スティーブンソンによると、前世の記憶を語り出すのは幼年時代に多いそうです。その平均年齢は2.6歳で、4歳から6歳頃になると記憶を失いはじめるそうです。「月の満ち欠け」で何度も転生する「瑠璃」という少女は7歳で熱病に冒され、前世の記憶が甦るという設定でした。7歳といえば「七歳までは神の内」という言葉が民俗社会に存在したように、彼岸と此岸の間をたゆたうような境界的年齢なのかもしれません。


また、「月の満ち欠け」における生まれ変わりの特徴は、死者が自分の意志で転生する相手を選ぶという点です。生まれ変わりの背景には、「愛する人と再会したい」などの意図があるというというのです。わたしは、ブログ「かみさまとの、やくそく」で紹介した映画を思い出しました。胎内記憶・誕生記憶について研究を進める産婦人科医として有名な池川明氏の一連の著作を原作とした映画です。この作品では、「赤ちゃんは自分の意志でお母さんを選んでいる」というメッセージが述べられています。『月の満ち欠け』の主人公である「瑠璃」は、何度も新しい母親を選びながら、愛する人との再会に向けて生き直すのでした。

ロマンティック・デス』(国書刊行会幻冬舎文庫

 

そして「月の満ち欠け」では、月が「生まれ変わり」のシンボルとなっています。「いちど欠けた月がもういちど満ちるように」生まれ変わって、愛する人の前に現れるというわけですが、これは、わたしには当然というべき考え方です。拙著『ロマンティック・デス』(国書刊行会幻冬舎文庫)に詳しく書いたように、世界中の古代人たちは、人間が自然の一部であり、かつ宇宙の一部であるという感覚とともに生き、死後への幸福なロマンを持っていました。その象徴が月です。彼らは、月を死後の魂のおもむくところと考えました。月は、魂の再生の中継点と考えられてきたのです。多くの民族の神話と儀礼において、月は死、もしくは魂の再生と関わっています。規則的に満ち欠けを繰り返す月が、死と再生のシンボルとされたことはきわめて自然だと言えるでしょう。そこから、わたしは「月への送魂」という儀式を考案しました。

 

人類において普遍的な信仰といえば、何といっても、太陽信仰と月信仰のふたつです。太陽は、いつも丸い。永遠に同じ丸いものです。それに対して月も丸いけれども、満ちて欠けます。この満ち欠け、時間の経過とともに変わる月というものは、人間の魂のシンボルとされました。つまり、絶対に変わらない神の世界の生命が太陽をシンボルとすれば、人間の生命は月をシンボルとします。人の心は刻々と変化変転します。人の生死もサイクル状に繰り返します。死んで、またよみがえってという、死と再生を繰り返す人間の生命のイメージに月はぴったりなのです。「月の満ち欠け」のように人間が生まれ変わるというイメージは、皮相的なオカルト批判など超えて、多くの人々にとって死の「おそれ」と死別の「かなしみ」を溶かしていく考え方であると言えるでしょう。まさに「グリーフケア」にとっても最重要なイメージではないでしょうか。

 

月は輪廻転生のステーションであり、月の満ち欠けのように、人は死と再生を繰り返す。この、もう30年以上も考え続けているテーマがそのまま物語になった小説がわたしの前に出現したのですから、初めて『月の満ち欠け』を読んだときは大いに驚きました。ましてや、その本が直木賞を受賞したと知り、感慨深かったです。この物語では高田馬場が重要な舞台となっていて、周辺の映画館やレンタルビデオ店などもたくさん登場します。早稲田の学生だった頃に、それらの映画館やビデオ店を愛用したわたしとしては、とてもノスタルジックな気分に浸ることができました。その感動は、映画でさらに大きくなったのでした。



「月の満ち欠け」では、ジョン・レノンが殺された日が、物語にとってきわめて重要な日となっています。ジョンは、1970年のビートルズ解散後はアメリカを主な活動拠点とし、ソロとして、また妻で芸術家のオノ・ヨーコ小野洋子)と共に活動しました。1975年から約5年間音楽活動を休止した後、1980年に活動を再開しましたが、同年12月8日、ニューヨークの自宅アパート前において銃撃され死亡しました。「月の満ち欠け」では、ジョンがヨーコのために作ったラブソング「リメンバー・ラブ」が物語で特別な役割を果たします。

 

そして、ジョン・レノンの代表曲の1つである名曲「ウーマン」も数回流れます。1980年のアルバム「ダブル・ファンタジー」収録曲ですが、「ウーマン」というタイトルが示す通り、妻のヨーコや世の中の女性に対する思いが綴られた曲です。レノンは同年のインタビューで、「とある晴れた日の午後にバミューダで突然、女性が僕達のために何をしてくれるのか思いついたんだ。」と語っています。この曲をラジオで初めて聴いたとき、「こんなにも優しくて、美しいメロディがこの世にあるとは!」と感動して涙が出てきたことを思い出しました。

 

2022年12月3日 一条真也

『定年後に見たい映画130本』

一条真也です。
125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」の最新号が出ました。同紙に連載中の「ハートフル・ブックス」の第175回分が掲載されています。今回は、『定年後に見たい映画130本』勢古浩爾著(平凡社新書)です。

サンデー新聞」2022年12月3日号

 

本書のタイトルを最初に見たとき、「やられた!」と思いました。まさに、こういうテーマの本をわたし自身が書きたいと思っていたからです。コロナ前、わが社では修活の一環で「友引映画館」としてセレモニー(コミュニティ)ホールで高齢者向け映画鑑賞会を開催していました。社長のわたし自身が、映画は高齢者に「老い」と「死」についての学びを与えてくれると思っているためです。

 

著者は、1947年、大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒業。洋書輸入会社に34年間勤務の後、2006年に退職。市井の人間が生きていく中で本当に意味のある言葉、心の芯に響く言葉を思考し、表現し続けているそうです。1988年、第7回 毎日21世紀賞を受賞しています。著書多数。

 

昨年、著者の『それでも読書はやめられない』(NHK出版新書)という読書論を読んだのですが、これがかなりのが好著で示唆に富んだものでした。今度は映画論ということで大いに期待しました。「読書」と「映画鑑賞」は教養を育てるための両輪だからです。

 

「まえがき」で、著者は「近年、人々はあまり映画を見なくなったのではないか。コンピュータ・ゲームという強敵が現れたからか。いや、映画は次々と作られ、若者たちが劇場につめかけている場面がテレビに映し出されたりしている。あれは舞台挨拶の上映のときだけの光景なのか。観客は、3回泣きました、とかいっている。それでもわたしたちの世代と比べて、最近の若い人たちは映画をそれほど見なくなったような気がする。見るのは、アニメか人気のタレントが出演する映画ばかりであろう」と述べます。

 

1947年生まれの著者は団塊の世代の人ですが、「まずまず本を読み、そこそこ映画を見た」最後の世代であると自認しています。そして、「わたしたちはなぜか、『灰とダイヤモンド』とか『王女メディア』『華氏451』『気狂いピエロ』など、『名画』といわれる映画を、だれに強制されたわけでもないのに、ある種の強迫観念のように、義務として見ていた。いま考えれば、けっこうめんどくさい時代だった。映画は娯楽であり、同時に、勉強(教養)でもあったのだ」と述べます。

 

本書を読んだ直後、今年の8月10日に発生した小倉の旦過地区の火災で、老舗映画館の「小倉昭和館」が焼失しました。わたしにとっても思い出が多く詰まった、大切な大切な映画館で、老後は昭和館でたくさん映画が観たいと思っていました。そしてこのたび、わたしは『心ゆたかな映画』(現代書林)という著書を出版しましたが、その「あとがき」として、「ありがとう、小倉昭和館」という一文を添えました。ご一読下されば幸いです。

 



2022年12月2日 一条真也

「隣人祭り」で130人が親睦深める

一条真也です。
「ふくおか経済」12月号が届きました。ブログ「月への送魂」ブログ「隣人祭り・秋の観月祭」で紹介したイベントの記事が掲載されていました。

「ふくおか経済」2022年12月号

 

記事は、「『隣人祭り』で130人が親睦深める」の見出しで、「NPO法人ハートウェル21(佐久間進代表)は10月7日、北九州市八幡西区の サンレーグランドホールで『隣人祭り 秋の観月会』を開催した。隣人祭りはフランス発祥で近隣者同市の新陸を深める催し。2004年からスタートし、18回目。当日は天候には恵まれなかったが、地域住民を中心に約130人が参加し、バイオリンやアコーディオンによる演奏を聴きながらホール特製の月見御膳を楽しんだ。食事後、館内ステージでは日本舞踊、フラダンスなどが披露された。フィナーレとなる神事『月への送魂』では、神職のもとからレーザー光線が隠れた月に放たれる幻想的な風景に大きな拍手が送られた。同法人では『今後も地域の方々との心の結びつきを深め、多くの方々に愛される企業を目指していきたい』と話している」

 

2022年12月2日 一条真也