庸軒ごよみ2022

一条真也です。
11月17日の夜遅く、東京から北九州に戻りました。18日はサンレーの55回目の創立記念日ですが、2022年(令和4年)度の「庸軒ごよみ」が完成いたしました。わたしが「庸軒」の雅号で詠んだ短歌を掲載したカレンダーです。1年が過ぎるのは早いもので、もうカレンダーの季節なのですね。今年も新型コロナウイルスの感染拡大、東京五輪の開催、首相の交代など、大混乱の1年でした。

f:id:shins2m:20211109162439j:plain2022年版ができました!

 

誕生のきっかけは、2006年のサンレー創立40周年にあたり、記念に作成し、各方面にお配りしたことです。すると、嬉しいことに、予想を超える高い評価を賜りました。さらには、「また作ってほしい」との要望をたくさん頂戴しましたので、翌年からも作ることにした次第です。本日11月18日はサンレー創立54周年の記念祝賀式典が松柏園ホテルで開催されます。式典の終了後に、このカレンダーを紅白饅頭と一緒に全社員に配ります。また、互助会の会員様や弊社施設のお客様などで希望者があれば、できるだけお渡しするようにしています。

f:id:shins2m:20211109162417j:plain「庸軒ごよみ2022」1月〜3月

f:id:shins2m:20211109162357j:plain「庸軒ごよみ2022」4月〜6月

f:id:shins2m:20211109162332j:plain「庸軒ごよみ2022」7月〜9月

f:id:shins2m:20211109162304j:plain「庸軒ごよみ2022」10月〜12月

 

このカレンダーには、わたしが詠んだ12首の短歌が掲載されています。いずれも、石田梅岩の「心学」で盛んだった“道歌”を意識して詠んだもです。「無縁社会」を吹き飛ばし、「有縁社会」そして「心ゆたかな社会」としてのハートフル・ソサエティの到来を呼び込むための言霊を集めました。表紙には、「万人に 等しく光降り注ぐ 天に太陽 地にはサンレー」という道歌が書かれています。月毎の12首の道歌は、以下のとおりです。

 

1月 新しき流れに沿ひて 新しき
      仕組み作るはわれらの仕事        

2月 世直しは 人と人とが助け合ふ
        心ゆたかな人の世めざし

3月 利の元は義にあることを知りたれば
         天下布礼の道は開けり

4月 日の本の 礼の社に咲く花は
        人をもてなす若き桜よ

5月 世の中に意味なき仕事はびこれど
         求めらるるは心の仕事

6月 カタチにはチカラがあると思ひ知れ
        儀式なくして人生はなし

7月 世の中をより良くできる考えは
      知るのみならず 行ふが

8月 日の本の仏の道は 死別せし
       悲しみ癒す先人の知恵人

9月 思ひやり 人に示して自らも
        幸せになる社めざさん

10月 月は欠け 人は亡くなるものなれど
        月はふたたび満ちゆく人も

11月 こころざし 天まで届け 日の光
         地上に満ちよ われらサンレー

12月 人々の  魂を結びて 魂送る
        わが礼業は不滅なりけり

f:id:shins2m:20211110110538j:plain「庸軒ごよみ2022」プレゼント

 

このカレンダーには、「月齢」および「六輝」も入っています。また、スケジュールなどの記入も自由に出来る仕様になっています。わたしの短歌の出来は別にしても、「なかなか使いやすい」と好評です。わたしのオフィシャルサイト「ハートフルムーン」で、プレゼントのご案内を開始しています。数に限りがございますので、ご希望の方は、お早めにお申し込み下さい。

 

2021年11月18日 一条真也

「カオス・ウォーキング」

一条真也です。
東京に来ています。15日と17日が業界の会議が行われる日で、16日はその間でした。この日、朝から出版関係の打ち合わせなどをしました。また、打合せの合間を縫って、TOHOシネマズ日比谷でSF映画「カオス・ウォーキング」を観ました。つまらなくはないけど、面白いとも言い難い、なんともビミョーな作品でした。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「男性は考えや思いが“ノイズ”としてさらけ出され、女性は死に絶える星を舞台とした、パトリック・ネスの小説を原作にしたSFアドベンチャー。不思議な星で生まれ育った青年が地球からやってきた女性と出会い、彼女を守ろうと逃避行を繰り広げる。出演は『スパイダーマン』シリーズのトム・ホランドや、『スター・ウォーズ』シリーズのデイジー・リドリーマッツ・ミケルセンデミアン・ビチルら。監督を『ボーン・アイデンティティー』などのダグ・リーマンが務める」

f:id:shins2m:20211107192744j:plain

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、「汚染した地球を発った人類がたどり着いた新天地“ニュー・ワールド”は、男性は考えや思いが“ノイズ”として現れ、女性は死に絶える不思議な星だった。その星で生まれ育ったトッド(トム・ホランド)は一度も女性を見たことがなかったが、あるとき地球から来た宇宙船が墜落し、生存者のヴァイオラデイジー・リドリー)と出会う。トッドはヴァイオラを捕らえようとする者から彼女を守ろうと決断する」です。

 

惑星もののSFといっても、ブログ「DUNE/デュ―ン 砂の惑星」で紹介したSF映画史に残る大傑作とは雲泥の差、月とスッポンでしたが、「カオス・ウォーキング」は駄作と切り捨てがたい不思議な魅力を持っています。紅一点(この表現って古い?)のヴァイオラは可愛かったです。ずっと汚い恰好をしていて、顔も汚れたままなのに可愛いのですから、お化粧してドレスアップしたらどれほど美しいのか想像もつきません。そのヴァイオラを見て、「女の子って可愛いなあ」と考え続けるトッド(トム・ホランド)がいじらしかったです。下心が「ノイズ」としてそのまま音声化されるのですから、かなり恥ずかしいことです。この映画を観る前に「これぞ童貞映画」みたいなレビューを目にしました。それで、「どんなものかな?」と思っていたのですが、「なるほどね」と納得!

 

 

その理由はわかりませんが、映画の舞台となっている惑星では、男が思考したことはそのまま「ノイズ」として声になります。つまり、「サトラレ」状態ということで、この星の男たちはポーカーフェイスができないわけです。わたしは最近読んだ本の内容を思い出しました。『Humankind 希望の歴史』ルトガー・ブレグマン著、野中香方子訳(文藝春秋)という本です。著者は、「暗い人間観」を裏付ける定説の真偽を確かめるべく世界中を飛び回り、関係者に話を聞き、エビデンスを集めたところ意外な結果に辿り着きます。「なぜ人類は生き残れたのか」ということを探求していますが、その中で「ヒトは感情を隠せないサル」というくだりが興味深かったです。人間の目には他の霊長類と違い、黒目だけでなく白目もあります。ゆえに、何を見ているかが第三者から一目瞭然です。また、人間には眉毛があり、これが嬉しいときや悲しいときに動きます。つまり、人間とは「ポーカーフェイスができないサル」なのです。

 

 

また、「カオス・ウォーキング」には、1人の聖職者が登場しますが、彼は自分自身の「ノイズ」を神の声と誤解して多くの人間を殺めてしまいます。このくだりでは、ブログ『神々の沈黙』で紹介したアメリカの心理学者ジュリアン・ジェインズの大著の内容を思い出しました。「意識の誕生と文明の興亡」のサブタイトルがついています。動物行動学から出発し人間の意識の探求に踏み込んだジェインズは、楔形文字の粘土板や碑文・彫刻、ギリシャ叙事詩イーリアス』『オデュッセイア』、旧約聖書などの分析から、とてつもなく壮大な「意識の誕生」仮説を樹ち立てました。すなわち、人類の意識は今からわずか3000年前に芽生えたもの、意識誕生以前の人間は右脳に囁かれる神々の声に従う〈二分心〉〈Bicameral Mind〉の持ち主で、彼らこそが世界各地の古代文明を創造したというのです。すなわち、古代の人々は内なる声を神々の声と誤解したわけです。

 

この映画、宇宙を舞台にしたSFといっても、地球上のどこかの場所での逃走&追走劇にしか見えず、正直言ってSFという感じはあまりしませんでした。それこそ、ヴァイオラを演じたデイジー・リドリーが出演した「スター・ウォーズ」シリーズや「DUNE/デュ―ン 砂の惑星」のような惑星の非日常的な光景が描かれていません。唯一、SFらしいのは「ノイズ」が映像として立ち上がってゆくところと、過去に墜落した巨大な宇宙船の残骸のシーンです。ただ、トッドが愛犬を失ったシーンは考えさせられました。彼が愛犬の死を忘れようとすればするほど、今はもういない愛犬が立体画像となって目の前に浮かんでくるのです。これはかなり辛い体験だと思います。この星では、愛する人を亡くした人は、その面影に苦しめられ、悲嘆が倍増されるわけです。


「カオス・ウォーキング」のヒロインであるヴァイオラは宇宙から落ちてきた女の子です。わたしは、『竹取物語』を連想しました。竹取の翁によって光り輝く竹の中から見出され、翁夫婦に育てられた少女かぐや姫を巡る奇譚です。『源氏物語』に「物語の出で来はじめの祖なる竹取の翁」とあるように、日本最古の物語といわれます。9世紀後半から10世紀前半頃に成立したとされ、かなによって書かれた最初期の物語の1つです。


竹取物語』は、現代では『かぐや姫』というタイトルで、絵本・アニメ・映画など様々な形において受容されています。映画版では、1987年に公開された市川崑監督の作品が記憶に残っています。沢口靖子が演じるかぐや姫を月から飛来した巨大な宇宙船が迎えに来るシーンは圧巻で、「カオス・ウォーキング」のラストでヴァイオラを巨大な母船が迎えに来るシーンと重なりました。そう、ヴァイオラはトッドにとっての「かぐや姫」だったのです!

 

2021年11月17日 一条真也

『危機と人類』

危機と人類(上下合本版) (日本経済新聞出版)

 

一条真也です。
東京に来ています。15日の東京の新型コロナウイルスの新規感染者はわずか7人でした。パンデミックの「危機」は去ったのでしょうか? 『危機と人類』上下巻、ジャレド・ダイアモンド著、小川敏子・川上純子訳(日本経済新聞出版社)をご紹介します。過去の人類史から学び、将来の危機に備えることを考える大著です。



著者は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)地理学教授。1937年ボストン生まれ。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めますが、やがてその研究領域は進化生物学、鳥類学、人類生態学へと発展していきます。カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部生理学教授を経て、同校地理学教授。アメリカ科学アカデミー、アメリカ芸術科学アカデミー、アメリカ哲学協会会員。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、コスモス賞ピュリツァー賞マッカーサー・フェロー、ブループラネット賞など受賞多数。

f:id:shins2m:20211104121745j:plain上巻の帯

 

上巻のカバー表紙には、吉田松陰の「下田踏海」の絵が描かれ、帯には「危機を突破した7つの国の事例から人類の未来を読む」「第28回ブループラネット賞受賞!」と書かれています。帯の裏には、「国家がいかに危機を乗り越えたか? 明快な筆致に引き込まれる。本書は、地球規模の危機に直面する全人類を救うかもしれない」というユヴァル・ノア・ハラリ(『サピエンス全史』著者)の言葉が紹介されています。

f:id:shins2m:20211104121808j:plain上巻の帯の裏

 

上巻のカバー前そでには、「遠くない過去の人類史から何を学び、どう将来の危機に備えるか?」として、「ペリー来航で開国を迫られた日本、ソ連に侵攻されたフィンランド、軍事クーデターとピノチェト独裁政権に苦しんだチリ、クーデター失敗と大量虐殺を経験したインドネシア、東西分断とナチス負の遺産に向き合ったドイツ、白豪主義の放棄とナショナル・アイデンティティの危機に直面したオーストラリア、そして現在進行中の危機に直面するアメリカと日本・・・。国家的危機に直面した各国国民は、いかにして変革を選び取り、繁栄への道を進むことができたのか『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』『昨日までの世界』で知られるジャレド・ダイアモンド博士が、世界7カ国の事例から、次の劇的変化を乗り越えるための叡智を解き明かす!」と書かれています。

f:id:shins2m:20211104121826j:plain下巻の帯

 

下巻のカバー表紙にも吉田松陰の「下田踏海」の絵が描かれ、帯には「開国や配線と比して、現代日本の危機をどう評価すべきか?」「博覧強記の著者が歴史から問う!」と書かれています。帯の裏には、「非常に広範な視野から今日の環境問題の根源を深く洞察し、人類文明史における環境問題の意義を独自の視点から解き明かした・・・・・・環境問題は人類の歴史の基礎であるとして、国や世代を超えて人々の現代文明への意義に働きかけ、人々の価値観を目指すべき次の文明のあり方へと意識を向けさせた」という第28回ブループラネット賞授賞理由が紹介されます。

f:id:shins2m:20211104121843j:plain下巻の帯の裏

 

下巻のカバー前そでには、「日本、アメリカ、世界を襲う現代の危機と解決への道筋を提案する!」として、「国家的危機に直面した国々は、選択的変化によって生き残る――では、現代日本が選ぶべき変化とは何か? 現代日本は数多くの国家的問題を抱えているが、なかには日本人が無視しているように見えるものもある。女性の役割、少子化、人口減少、高齢化、膨大な国債発行残高には関心が寄せられている一方で、天然資源の保護、移民の受け入れ、隣国との非友好的関係、第二次世界大戦清算といった問題には、関心が低いようだ。現代日本は、基本的価値観を再評価し、意味が薄れたものと残すべきものを峻別し、新しい価値観をさらに加えることで、現実に適応できるだろうか? 博覧強記の博士が、世界を襲う危機と、解決への道筋を提案する」と書かれています。

f:id:shins2m:20211106093436j:plain
アマゾンより

 

本書の「目次」は、以下の通りです。
【上巻】
「日本語版への序文」
プロローグ「ココナッツグローブ大火が残したもの」
 第1部 個人
第1章 個人的危機
 第2部 国家
       ――明らかになった危機
第2章 フィンランドの対ソ戦争
第3章 近代日本の起源
第4章 すべてのチリ人のためのチリ
第5章 インドネシア、新しい国の誕生
第6章 ドイツの再建
【下巻】
第7章 オーストラリア――われわれは何者か?
 第3部 国家と世界
       ――進行中の危機
第8章 日本を待ち受けるもの
第9章 アメリカを待ち受けるもの
              ――強みと最大の問題
第10章 アメリカを待ち受けるもの
                  ――その他の三つの問題
第11章 世界を待ち受けるもの
エピローグ「教訓、疑問、そして展望」

f:id:shins2m:20211106093817j:plain
アマゾンより

 

プロローグ「ココナツグローブ大火が残したもの」の冒頭を「ふたつの人生経験」として、著者は「たいていの人は、一生のうち何回か、個人的危機や大きな変化を経験する。それを乗り越えるために自分を変えようと試みるが、奏功する場合もしない場合もある。同じように国家も危機に見舞われることがあり、それを国家的変革によって乗り越えようとするが、こちらもやはり成否が分かれる。個人的危機の解決法については、医療関係者や心理療法士による膨大な研究や事例の記録が蓄積されている。そこから得られた結論を活用して、国家的危機の解決法を解明できないだろうか」と書きだしています。

 

1942年11月28日、ボストンにあるココナッツグローブというナイトクラブで火災が発生し、火はまたたくまに客でごった返す店内に広がりました。出入口は1カ所のみで、しかも逃げようと殺到する人々で回転ドアが詰まり、開かなくなってしまいました。窒息、煙や有毒ガスの吸入、圧死、火傷によって、死者492人、負傷者も数百人にのぼったとして、著者は「ボストン市内の医療関係者は、火事の直接の死者や負傷者ばかりでなく、心の傷を訴える患者の多さにも圧倒された。自分の妻や夫、子ども、兄弟姉妹が恐ろしい亡くなりかたをしたことに取り乱す被害者家族と、何百人もが命を落としたのに自分は助かったという罪悪感がトラウマとなった生存者である」と書いています。

 

午後10時15分まで、彼らの人生は平常でした。著者は、「感謝祭の週末を祝う人たち、アメリカンフットボールの試合結果が気になる人たち、戦時中に与えられた休暇を楽しむ兵士たち。だが午後11時には、大半の犠牲者はすでに亡くなっていた。そして被害者家族と生存者は、人生の危機に直面した。彼らの人生は、予想されていた軌道から外れてしまった。大切な人が亡くなったのに自分は生きているということに、良心の呵責を感じた」と書いています。火事を生き延びた人や被害者家族のなかには、生涯にわたりトラウマに苦しんだ人もいました。自殺した人も何人かいました。


しかし、著者は「大半の人々は喪失を認めることができない非常につらい数週間を経たのち、ゆっくりと悲嘆のプロセスをたどり、自分自身の存在価値を再評価し、生活を再建し、自分の世界すべてが崩壊したわけではないことに気づいていった。配偶者を亡くした人の多くが再婚した。だが、どんなに順調にみえる人であっても、彼らの人格は、大火後の新しいアイデンティティとその前からあった古いアイデンティティとが混ざり合ったモザイク状になっており、何十年も経った今も変わらない。本書では、この『モザイク』という比喩表現を用いて、異質な要素がぎこちなく混在する個人や国家を表現していく」と書いています。


著者は、1950年代のイギリスの危機についても言及しています。当時、イギリスはゆっくりと進行する国家的危機に直面していたと指摘し、「当時のイギリスは科学分野で世界をリードしていた。豊かな文化史を享受し、イギリス独自であることに誇りを抱き、かつて世界最強の海軍を有し、世界最大の富を謳歌し、史上最大の版図を誇っていた大英帝国時代の記憶に浸っていた。だが、残念ながら1950年代に入ると、イギリス経済は行き詰まり、領土も国力も失っていった。ヨーロッパ内の役割について葛藤し、長年の階級的格差と戦い、増えつづける移民に揺れていた」と述べます。

 

ココナッツグローブ大火とイギリスの経験は、本書のテーマの良い例であるとして、著者はこう述べるのでした。
「危機と変化への圧力は、1人ひとりと、その人が属する集団(個々人、チーム、会社、国家、全世界にいたる各階層に属する集団)に突きつけられる。危機のなかには、配偶者に見捨てられたり死別したりする場合や、国家が他国の脅威や攻撃にさらされた場合のように、外圧によって生じるものもある。逆に、内圧によって生じる危機もある。病気になった個人や、内乱が収まらない国家などだ。外圧でも内圧でも、それにうまく対応するためには、選択的変化が必要である。それは、国家も個人も同じだ。ここでのキーワードは『選択的』である。個人も国家も、かつてのアイデンティティを完全に捨て去り、まったく違うものへ変化するのは不可能であり、望ましいわけでもない。危機に直面した個人と国家にとって難しいのは、機能良好で変えなくてよい部分と、機能不全で変えなければならない部分との分別だ。そのためには、自身の能力と価値観を公正に評価する必要がある」


「危機とは何か?」として、著者は、「危機」とはどのように定義されるだろうかと問いかけ、「手はじめに単語の語源をみてみよう。英語の『crisis』は、ギリシア語の名詞『krisis』や動詞の『krino』から来ている。これらには『分ける』『決める』『区別をする』『転換点』といった、いくつかの意味がある。これらから『crisis』とは、『正念場』のことだと考えることもできるだろう。その『瞬間』の前と後とでは、他の『大半の』瞬間の前後よりも、『はるかに』大きな違いがある。そういう転換点のことだ。私が『瞬間』『大半の』『はるかに』という言葉にカギ括弧をつけたのは、瞬間の時間的短さや、状況変化の程度や、よくある小さな出来事や自然の成り行きで徐々に進行する変化ではなく『危機』と呼ぶにふさわしい転換点はどのくらい希少であるべきか、といった実際的な課題があるからだ」と述べます。

 

ある転換点を「危機」と呼ぶためには、どれほどの期間の短さ、重大性、希少性が必要でしょうか。著者は、「個人的危機は一生のうちで何回起こるのが適切か? 国家的危機はある地域の1000年単位の歴史で何回起こるのが適切か? これらの質問の答えは、その目的によって変わってくるため、ひとつではあり得ない。ひとつの極端な答えは、『危機』を『非常に長い間隔をあけて起こる、きわめて稀で劇的な大変動』と定義することだ。頻度としては、個人なら一生に2、3回、国家なら数世紀に一度程度だろう。一例を挙げよう。古代ローマ史を専門とする歴史研究者が、紀元前509年頃の共和制ローマ成立以降、『危機』と呼ばれるものは3つだけあった、と主張したとする。カルタゴとのポエニ戦争のうち最初のふたつ(紀元前264~241年と紀元前218~201年)、共和制から帝政への移行(紀元前23年頃)、ゲルマン民族の侵攻による西ローマ帝国の滅亡(紀元476年頃)の3つである」と述べます。


「個人的危機と国家的危機」として、個人的危機と国家的危機の比較は、類似しない要素もはっきりと浮き彫りにしてくれると指摘し、著者は「代表例としては、国家には指導者たちが存在し、個人にはいない。そのため、国家的危機では指導者たちの指導力、あるいは指導者たちが果たす役割が問題になるが、個人的危機ではそういうことはない。歴史家が長きにわたり議論しつづけているふたつの考え方がある。非凡は指導者たちが実際に歴史の流れを変えたのか(「リーダーシップ偉人説」と呼ばれる)、他の人が指導者だったとしても歴史は似たような結末だったのか(たとえば、ヒトラーは1930年に自動車事故で死にかけたが、もし彼が事故死したとしても第二次世界大戦は勃発しただろうか)」と述べています。


また、国家には政治制度や経済制度がありますが、個人にそのようなものはないといいます。国家的危機の解決では、必ず何らかの集団同士の意思の疎通があり、集団的意思決定がおこなわれるが、個人の場合、意思決定をするのはその人自身だとして、著者は「国家的危機の解決には、暴力革命(1973年のチリ)と平和的な漸進的変化(第二次世界大戦後のオーストラリア)のふたつがあるが、個人的危機の解決に暴力革命はあり得ない。このように、個人的危機と国家的危機には、類似点、メタファー、相違点がある。私が教えるUCLAの学生たちが国家的危機への理解を深めるのに、個人的危機との比較は役立つと考えたのは、このためだ」と述べるのでした。


第1部「個人」の第1章「個人的危機」では、「危機がたどる経緯」として、さまざまなかたちの個人的危機の原因としてもっとも多いのは人間関係の問題であると指摘し、著者は「離婚や、近しい人との仲違いや別れ、配偶者との関係継続に疑問を生じさせる不平不満などだ。離婚をすると、人はこんなふうに自問しがちだ。私は何を間違えたのだろう? なぜ配偶者は私と別れたかったのか? なぜこんなまずい選択をしてしまった? 再婚したら、今までと何を変えればいいだろう? そもそも再婚などあり得るのだろうか? 自分で選んだもっとも身近な人すらうまくやれない自分は、だめな人間では?」と述べます。


また、人間関係以外で、個人的危機の原因として多いのは、愛する人の死や病気、健康状態の悪化、仕事や経済状態にかかわる不安であるとして、著者は「信仰に関係する危機もある。篤信家が疑念にとらわれて苦しんだり、不信心者が急に宗教に引きつけられることもある。原因が何であれ、これらの個人的危機に共通するのは、人生に対処するうえで重要な何かうまくいっていない、何か新しい対処法をみつけなければいけない、という感覚である」と述べています。

 

クリニックの危機療法では複数回のカウンセリングを行いますが、その帰結はさまざまであるとして、著者は「最悪のケースでは患者が自殺を企て、ときに実際に自殺してしまう。効果的な新しい対処法をみつけだせなかった患者は、従来のやりかたに逆戻りし、悲しみや怒り、不満に苛まれてしまうかもしれない。だがベストなのは、患者が新たな、より効果的な対処法をみつけて、以前より強くなって危機を脱することだ。これを漢字二文字の『危機』はよく表わしている。『危』は『あぶないこと』、『機』は『きっかけ、機会』を意味する。同様な考えを、ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェは『あなたを殺さないものは、あなたを強くする』と表現し、ウィンストン・チャーチルは『良い危機をけっして無駄にするな』と言った」と紹介しています。


「危機への対処」として、著者は「心理療法士は、危機にある人にどう対処するのだろうか?」と問いかけ、「昔から実践されている長期間の心理療法では、現在の問題の根本原因を解明しようと心理療法士は患者の子ども時代の経験を探るが、患者が危機の真っ只中のときには、この療法は時間がかかりすぎて不適切だ。危機療法は、切迫した危機自体に焦点を合わせる。これは、ボストンのマサチューセッツ総合病院に勤務していた精神科医のエリック・リンデマン博士が、ココナッツグローブ大火直後に考案した治療法である。大火のときには、ボストン中の病院が、何百人もの重傷者や瀕死の人の命を救うという医学的試練に立ち向かったが、同時に、それをさらに上回る数の、犠牲者の家族や友人たち、あるいは大火の生存者たちを襲う、悲しみや罪悪感に対処するという心理学的試練にも対応しなければならなかった」と述べています。


ココナッツグローブ大火の生存者たちは、「なぜこんな惨事が起きるのか」、そして、自分の愛する人が、焼死、圧死、窒息死といった悲惨な亡くなりかたをしたのに、「自分はどうしてまだ生きていられるのか」と自問していたとして、著者は「たとえば妻を亡くした男性は、自分が妻をココナッツグローブに誘わなければ妻は死なずに済んだのだと自分を責めた。そして罪の意識に耐え切れず、妻のもとへ行こうと、窓から飛び降りたのである。大火の被害者の火傷は外科的に治療できるが、心理療法士はどうすればトラウマを抱えた人々の助けになるのか? これは、ココナッツグローブ大火が心理療法そのものにもたらした危機であった。そして、このときの対応が、危機療法のはじまりとなるのである」と述べます。

 

危機に陥った人は、自分の人生は何もかもがうまくいかないという気持ちに打ちひしがれやすいと指摘し、著者は「思考停止状態では、できることをひとつずつやって前に進むことは難しい。したがって、初回カウンセリングで心理療法士がおこなうことは――または、自力で、あるいは友人の助けを借りて危機に対処する際の第一歩は――思考停止状態を克服するために『囲いをつくる』ことだ。危機に陥ってからうまくいかない問題を特定する作業のことで、『この囲いの内側が自分の人生をおかしくしている問題だけれども、この囲いの外側は通常通りで心配いらない』と考えられるようになる。問題を明確化し、それに『囲い』をつけるだけで、心が軽くなることもめずらしくない。そうなれば、心理療法士は、患者が囲いの内側の問題に対処する新たな方法を探究するのを、手助けすることができる。その結果、患者を思考停止に陥らせる全面的変化というほぼ実行不可能な方法を退け、選択的変化という実行可能な方法に着手させられるのだ」と述べています。

 

「帰結を左右する要因」として、危機療法の専門家たちは、個人的危機の解決の成功率を多少なりとも上げる要因を突き止めていることが紹介されます。それは、「1.危機に陥っていると認めること」「2.行動を起こすのは自分であるという責任の受容」「3.囲いをつくり、解決が必要な個人的問題を明確にすること」「4.他の人々やグループからの、物心両面での支援」「5.他の人々を問題解決の手本にすること」「6.自我の強さ」「7.公正な自己評価」「8.過去の危機体験」「9.忍耐力」「10.性格の柔軟性」「11.個人の基本的価値観」「12.個人的な制約がないこと」の12の要因です。


この中の「5.手本になる人々」では、周囲からの支援とも関連があるが、周囲の人には危機に対処する手本になるという有用性があるとして、著者は「危機を切り抜けた多くの人が認めるように、自分と似たような危機を克服できた人間を知っていれば、それは大きな助けとなる。その人が危機対応に役立つスキルを示していれば、それをまねることができるからだ。そういう手本になる人は、あなたの友人か、どうやって危機を克服できたのかを直接教えてくれる人であるのが理想的だが、直接の知り合いではなく、その人の人生や問題への対処法を読んだり聞いたりしたことしかない人物でも、手本にすることは可能だ。たとえば、ネルソン・マンデラやエレノア・ルーズベルトウィンストン・チャーチルと知り合いだという読者はほとんどいないと思う。だた偉人の伝記や自伝からアイデアやひらめきを得て、個人的危機の解決の手本にすることはできる」と述べています。



また、「8.過去の危機体験」では、危機を切り抜けた経験があれば、新たな危機も解決できるという大きな自信につながるが、反対に、以前の危機を克服できなかった場合、何をやっても成功しないだろうという無力感が増すとして、著者は「過去の危機体験の重要性は、思春期と青年期の危機が、その後の危機よりトラウマになりやすい、おもな理由である。たとえば、親密な関係の破綻は、いくつになってもつらい経験だが、それが人生で初めての親密な関係であれば、破綻はことさらつらいだろう。2回目からは、以前に似たような苦しみを克服してきたことを思い出して、どんなつらさにも耐えられる」と述べます。


第2部「国家――明らかになった危機」の第2章「フィンランドの対ソ戦争」では、1939年に開戦したソ連フィンランドの戦争について言及されます。「冬戦争」として、著者は以下のように述べています。
「兵士数や装備で圧倒的に勝るソ連軍に対して、なぜフィンランド軍はこれほど長いあいだ優位に戦いを進められたのか? ひとつめの理由は戦闘意欲だった。フィンランド兵たちは、家族と祖国と国家独立のための戦争だとよく理解していたし、そのために一命を捧げる覚悟ができていた。たとえば、ソ連軍が凍結したフィンランド湾を進軍してきたとき、フィンランド軍の守備隊は湾内の島々に分かれて駐屯していたごく少数の兵士だけで、しかも援軍なしの決死戦だと告げられていた。とにかく島に留まり、できるだけたくさんのソ連兵を殺せ、と命じられた彼らは、そのとおり実行した」


2つめの理由は、フィンランド兵が、冬のフィンランドの森のなかで生活することや、スキーで移動することに慣れていたこと、そして戦地の地形をよく知っていたことでした。3つめの理由は、フィンランド軍がフィンランドの冬に適した耐寒着、スノーブーツ、冬用テント、銃を持っていたのに対し、ソ連兵にはそうした装備がなかったことでした。最後の理由は、フィンランド陸軍は現代のイスラエル陸軍と似て、きわめて練度が高かったことでした。著者は、「彼らは形式張らず、上からの命令に盲従するのではなく、兵士1人ひとりのイニシアチブと現場の判断を重視していた」と述べています。

 

第3章「近代日本の起源」では、著者は「私と日本の関係」として、日本人の親戚や学生、友人、同僚たちは口を揃えて「日本と欧米の社会には大きな類似点と大きな相違点が共存している」と言っていることを紹介します。たとえば、謝罪する(あるいはしない)こと、日本語の読み書きが難しいこと、黙って苦難を耐え忍ぶこと、得意先を丁重に接待すること、徹底した礼儀正しさ、外国人に対する感情、あからさまな女性蔑視的ふるまい、患者と医師のコミュニケーションのしかた、字の美しさが自慢になること、希薄な個人主義、義理の両親との関係、人と違うと周囲から浮いてしまうこと、女性の地位、感情について率直に話すこと、私心のなさ、異議の唱え方などです。他にもいろいろあるそうですが、著者は「これらの相違点は昔から日本が受け継いできたものと、近代日本が受けた西洋の影響との共存で生じている。この混成は1853年7月8日に突発的に生じた危機とともにはじまり、1868年の明治維新以降加速した」と述べます。


「明治時代」として、著者は以下のように述べます。
「明治時代初期、日本の大部分が、変革の対象とされた。一部の指導者は、天皇親政を望んでいた。天皇は名目上の国王のままにして、天皇の輔弼をおこなう「元老」たちの会議が実権を握るのがよい、と考える者もいた(最終的にこれが有力な対処法となった)。さらに、天皇制廃止によって共和制に移行すべきという提案もあった。西洋のラテン文字も高く評価していた日本人のなかには、漢字とひらがなとカナカナで成り立つ、美しいが複雑な書字体系をローマ字に置き換えるべきだと主張する人もいた。早朝に朝鮮半島に攻め込むべきだと主張する者もいたし、時期尚早だという者もいた。士族は禄を食む家臣として武力を提供する存在でありつづけたいと思っていたが、士族以外の人々は、帯刀を廃し、武士という存在自体をなくしたいと考えていた」

 

明治時代初期、相反する提案が入り乱れるなか、明治政府の指導者たちは基本的な大原則を3つ採用しました。第1の原則は、現実主義です。第2の原則は、明治政府の最終目標を、西洋諸国に強要された不平等条約の改正とするということです。第3の原則は、外国の手本をそのまま導入するのではなく、日本の状況と価値観にもっとも適合性の高いものを手本としつつ、日本向けに調整するというものでした。著者は、「45年の在位中、明治天皇は97回にわたって地方を巡幸された。江戸時代(1603~1868年)の265年間におこなわれた天皇行幸はわずか3回だったことを考えると、その回数がいかに多かったかがわかる」と述べています。


教育も大きな改革の対象となり、大きな成果を生んだとして、著者は「歴史上初めて日本に全国的な近代教育制度が誕生したのである。初等義務教育を授ける小学校が1872年につくられ、つづいて1877年には日本初の大学が、1881年に中学校が、そして1886年には高等中学校が設置された。当初は高度に中央集権化されたフランスの学校制度をモデルとしていたが、やがて1879年に教育の権限を地方に委ねるアメリカ式の学校制度に移行した。さらに1886年ドイツをモデルとする学校制度がはじまった。これらの教育制度改革の結果が識字率である。世界でもっとも複雑で覚えにくい書字体系の日本語が国語であるにもかかわらず、識字率は99%で世界一だ。日本の新しい教育制度は西洋の制度を参考にしているが、掲げられた教育目標は完全に日本的なものだった。日本人のあいだに一体感を醸成し、天皇を敬愛する、忠実かつ愛国的な国民を育てることである」と述べます。


「危機の枠組み」として、日本人は自己犠牲を厭わない国民として団結したことを指摘し、著者は「国家の基本的価値観のなかで上位にくるのは、天皇への忠誠だった。これは第二次世界大戦末期、アメリカが無条件降伏を要求した際に劇的に表れている。原爆をふたつ落とされても、戦況が絶望的であっても、日本は、ひとつの条件をかたくなに主張しつづけた。『天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解の下に受諾す』という条件である。この条件が認められなければ、日本はアメリカ軍との本土決戦をも辞さない覚悟だったのだ。日本人の基本的価値観がいかに強力だったかは、第二次世界大戦中、特攻攻撃や自決した兵士の数の多さにも表れている。他の近代国家と比較しても、これほど自己犠牲を進んでおこなった兵士はいない。


自己犠牲を進んでおこなった兵士の中でも最もよく知られているのは神風特攻隊やロケット推進の滑空機〈桜花〉の乗員たちだとして、著者は「彼らは爆弾を積んだ機体を敵艦に体当たりさせた。また〈回天〉は、艦船から発射される魚雷だが、これには操縦士が乗って敵艦まで誘導していた。神風特攻隊や、〈桜花〉〈回天〉といった特攻兵器が導入されたのは第二次世界大戦末期だったが、特攻兵器が開発される前から自爆攻撃はあった。降伏するとみせかけた兵士が隠し持っていた手榴弾を爆発させ、自分を捕らえた敵を道連れにするのだ。これらはいずれも、敵兵を殺すという軍事的な目的に直結していた。だが、敵兵を殺すためではないのに、戦いに敗れた日本兵や将校が自決するということも日常的にあった。日本陸軍は戦陣訓で『生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ』とたたき込まれており、それに従ったのである」と述べるのでした。


第6章「ドイツの再建」では、戦後のドイツが取り上げられます。「ドイツ人がみずからを裁く」として、1958年、ついに西ドイツの全州の法務大臣たちが、西ドイツ国内全土および国外でおこなわれたナチスの犯罪追及に総力を結集するための中心的機関を設立したことが紹介されます。著者は、「この追及の先頭に立ったのは、フリッツ・バウアーというドイツ系ユダヤ人の法律家である。反ナチス社会民主党員であったが、1935年にドイツからデンマークへ逃亡を余儀なくされていた。1949年にドイツに帰国すると、すぐに戦犯の追及に着手した。1956年から亡くなる1968年まで、バウアーはドイツのヘッセン州検事長を務めた。フリッツ・バウアーが職務を果たすうえでの信条は、ドイツ人はみずからを裁くべし、である。これは、連合国が裁判にかけた指導者にとどまらず、ごくふつうのドイツ人も追及の対象とすることを意味していた」と述べています。


バウアーの名が初めて知れ渡ったのは、ドイツでアウシュヴィッツ裁判と呼ばれている裁判でした。著者は、「彼はナチス最大の強制収容所であるアウシュヴィッツで下級職員として働いていたドイツ人を追及した。衣料室の管理者、薬剤師、医師など、組織の末端の人々が被告となった。バウアーはさらに追及の手を伸ばしていく。ナチスの下級の警察官も被告となった。ユダヤ人や抵抗運動指導者のドイツ人に有罪判決または死刑判決を下した裁判官も、ユダヤ人実業家を迫害したナチ党員も、ナチス安楽死政策に携わった医師や裁判官も、安楽死を実行した職員も、ドイツの外交機関の役人も裁かれた。東部戦線に従軍したドイツ兵が残虐行為により有罪判決を受けたことは、ドイツの人々にとって最大の衝撃だった。残虐行為をおこなったのはナチス親衛隊のような狂信的なグループであってごくふつうのドイツ人兵士ではない、という考えがドイツ人のあいだに広まっていたからである」と述べます。

 

バウアーに追及されたナチスの被告たちは、「自分は命令に従っていただけだ」「当時の社会の基準や法律にきちんと従っていた」「私はあの人たちが殺されたことに責任のある人間ではない」「ユダヤ人を鉄道で強制収容所に移送するための手配をしただけだ」「自分はアウシュヴィッツで薬剤師として、警備員として仕事をしただけだ」「自分の手で直接だれかを殺したわけではない」「ナチス政権が喧伝していた権威やイデオロギーをうのみにしてしまい、間違いを犯していると気づかなかった」など、みな、同じような弁解をしました。



自身の無実を主張する被告たちに対し、バウアーは裁判や公の場で、「ドイツ人が犯した人道に対する罪を自分は追及している。ナチス国家の法律は違法であった。そのような法律に従っていたことは行動の言い訳にはならない。人道に対する罪を正当化できる法律など存在しない。普悪の判断の基準は一人ひとりが持つべきであり、政府に左右されるものではない。これにもとづいて判断すれば、アウシュヴィッツ強制収容所などバウアーが殺戮機械と呼んだものに関与していた人はだれであれ有罪である」と繰り返し述べました。その後、バウアーが裁判にかけ、自分は強制されたのだと弁解していた被告の多くが、実際には強制ではなくみずからの信念にもとづいて行動していたことが明らかとなりました。

 

「1968年」として、1960年代、自由主義世界で暴動や抗議運動、なかでも学生たちによる運動が広まったことが紹介されます。はじまりはアメリカで、公民権運動、ベトナム反戦運動、カリフォルニア大学バークレー校のフリースピーチ運動、SDS(民主的社会のための学生同盟)による運動などが起きたとして、著者は「学生による挑議運動は、フランス、イギリス、日本、イタリア、ドイツでも広まった。抗議行動は若い世代による上の世代への反抗という側面があり、これはアメリカも他の国も同じだったが、ふたつの理由から、とくにドイツで世代間の対立が激化した。第1に、ドイツでは旧世代がナチスに関与していたため、新旧の世代間の溝がアメリカよりはるかに深かった。第2に、伝統的なドイツ社会は権威主義的傾向が強かったため、旧世代と新世代とが軽蔑し合う関係になりやすかった。ドイツでは自由化につながる抗議運動が1960年代に高まりをみせていくのだが、こうした抗議活動が一気に噴出したのが1968年だった」と述べます。

 

地政学的な制約」として、ドイツは四方八方から近隣諸国に取り囲まれていることを指摘し、著者は「この地理的条件こそ、ドイツの歴史においてもっとも重要な要素だったのではないかと私は思う。もちろん、利点もあっただろう。ドイツが交易、技術、芸術、音楽、文化の交差路となったのは、この地理的条件のおかげである。皮肉屋ならば、第二次世界大戦中にドイツが多くの国々を侵略するうえでも大いに役立ったというかもしれない。だが、この地理的位置ゆえにドイツが政治的および軍事的に被った不利益は、途方もなく大きい」と述べています。


「指導者たちと現実主義」として、近現代史において悪しき指導者の筆頭に挙げられるのは、間違いなくヒトラーであるとして、著者は「ヒトラーがいなくても、ヴェルサイユ条約、1923年のドイツ通貨の暴落、1929年にはじまる失業と不況などさまざまな要素が絡み合っていたから、ドイツは条約を反故にするために戦争に踏み切っていたにちがいない、という意見もあるだろう。そうであったとしても、ヒトラーのいないドイツが起こす第二次世界大戦は、大きく異なる様相をみせていたのではないか。ヒトラーの異常なほどの邪悪さ、カリスマ性、大胆な外交政策ユダヤ人を根絶しようという断固たる意志は、同時代にドイツを率いていた他の修正主義者たちにはないものだった」と述べます。


ヒトラーは最初はたしかに軍事的成功を収めました。しかし、現実を正しく認識することができず、配下の将軍たちの意向を繰り返し無視した末に、ドイツの敗北を招いたとして、著者は「現実を見誤ったことでヒトラーが下した致命的な決定としては、1941年12月、すでにイギリスとソ連と戦っていたにもかかわらずアメリカに対して一方的に宣戦布告したこと、1942年から43年にかけて、スターリングラードで包囲されたドイツ軍の撤退を認めてほしいという将軍たちの懇願を退けたことなどが挙げられる」と述べるのでした。


第3部「国家と世界――進行中の危機」の第8章「日本を待ち受けるもの」では、日本の危機が取り上げられます。ほとんどの日本人が認めている他の問題として、女性の役割、少子化、人口減少、高齢化という相関する4つの問題があります。最初の問題である女性の役割ですが、「女性」として、著者は「夫婦間の性別役割分担を日本ではしばしば『内助の功』と表現する。夫は家庭外で2人分の労働を負担するために子どもと過ごす時間を犠牲にし、妻は家庭内に留まってキャリアを達成する可能性を犠牲にするという、非効率的な労働分担が蔓延している。雇用主は、従業員(大半が男性)は遅くまでオフィスに残り、残業後は同僚と飲みに行くのがふつうだと思っている。そのため日本の夫は、たとえ本人が望んでいても、家庭内の責任を妻と分担することができない。他の富裕な先進国に比べ、日本の夫の家事労働負担は少ない」と述べています。

 

その結果、日本の女性は職場でもジレンマを抱えているとして、著者は「一方では多くの女性が働きたいし、また子どもを持ち、子どもとともに過ごしたいと思っている。他方では、日本の企業は従業員教育に多大な投資をおこない、終身雇用を前提とし、見返りに従業員が長時間働きながら定年までいつづけてくれることを期待している。女性は産休をとるかもしれないし、長時間労働をしたがらないかもしれないし、出産後は仕事に戻らないかもしれないから、という理由で企業は女性の雇用や教育に消極的である。こうして、日本の女性は日本企業からフルタイムの高度な仕事をオファーされにくいし、されても受けない傾向がある」と述べます。

 

2つ目の問題である少子化については、「新生児」として、著者は「関連する日本の人口問題として、低い出生率とそれがさらに低下している傾向がある。日本人はこの問題の深刻さに気づいているが、解決策がわからずにいる」と述べます。また、日本の出生率低下の理由のひとつは初婚年齢の上昇であり、現在では男女とも30歳に近いことを指摘し、「これは女性にとって出産可能な年月が減っていることを意味する。出生率低下のさらに大きな理由は婚姻率(人口1000人あたりの年間婚姻件数)の急激な低下である。他の先進諸国の多くにおいては、婚姻率が下がっても婚外子が多いから、日本のような壊滅的な出生率低下を招いてはいないという指摘もあるだろう。出生数に占める婚外子率はアメリカで40%、フランスで50%、アイスランドでは66%である。しかし、婚外子率がわずか2%と無視できるほど小さい日本では、この緩和作用は存在しない」と述べています。


未婚男女の70%は今も結婚を望んでいるとして、著者は「ではなぜ彼らは、ふさわしい伴侶をみつけられないのか? かつては、本人が努力しなくても結婚できる伝統があった。というのも、日本では結婚は、仲人と呼ばれる仲介者が若い未婚者のために伴侶の候補者を紹介するお見合いを設定し、お膳立てされるものだったからだ。1950年代まで、これが日本の結婚において主流だった。その後仲人が減り、西洋的な恋愛結婚の概念が広がり、今では見合い結婚の割合はわずか五%まで下がっている。しかし、現代の日本の若者の多くは仕事が忙しすぎるうえ、デートの経験が少なすぎるか、恋愛に不器用だ。とくに、この数十年に起こった見合い結婚の衰退は、メールや携帯電話による非対面型コミュニケーションの増加にともなう社交スキルの低下と同時並行で起こった」と述べます。


日本で進行中の少子化や婚姻率の低下は、国内でも広く認識されている2大問題、すなわち人口減少と高齢化の直接的な原因であるとして、著者は「人口減少は日本にとって「問題」なのか? 日本より人口がはるかに少ない国はたくさんあるし、それでいて富裕で世界的に重要な役割を果たしている国も、オーストラリア、フィンランドイスラエル、オランダ、シンガポールスウェーデン、スイス、台湾などたくさんある。これらの国々はもちろん世界的な軍事大国ではないが、平和懲法があり平和主義が浸透している日本も同様である。人口が減れば、日本は困窮するのではなく非常に裕福になるだろうと私は思う。なぜなら、必要とされる国内外の資源が減るからだ。資源の逼迫は近代日本史における呪縛のひとつであったし、今もそうだ。また、日本人自身も日本は資源に乏しい国だと考えている。したがって、日本の人口減少は問題ではなく大きな強みのひとつとなるはずだと私はみている」と述べます。

 

第9章「アメリカを待ち受けるもの――強みと最大の問題」では、アメリカは資源が豊富で、食糧とほとんどの原材料を自給自足しており、面積が広く、人口密度は日本の10分の1以下であることが紹介されます。一方で日本は資源に乏しく、食糧と原材料の多くを輸人に頼り、面積はアメリカの20分の1以下で、人口過密です。著者は「つまり、アメリカにとって膨大な人口を支えるのは日本よりはるかに簡単なのだ」と指摘し、「世界一の経済大国であるという事実は、アメリカが世界一強大な軍隊を持つことを可能にしている。兵士数は中国のほうがずっと多いが、長年アメリカは軍事技術と長距離展開可能な軍艦に投資してきた」と紹介します。たとえば、アメリカは世界中に配備できる原子力空母10隻を有しています。結果として、今日のアメリカは、認めると認めざるとにかかわらず、事実として世界情勢に介入できるし、実際に介入している世界で唯一の軍事大国でなのです。

 

事実上アメリカには侵略の危険性がないとして、著者は以下のように述べています。「アメリカ史上、アメリカ侵略を試みた独立国家はない。1846~48年の米墨戦争より後に、本土が戦争に巻き込まれたことはないし、あの戦争はアメリカがはじめたものだった。本土への攻撃ですら、1812年の米英戦争におけるイギリス軍によるワシントン焼き討ち、1916年にニューメキシコ州コロンバスで起きたパンチョ・ビリャによる襲撃、第二次世界大戦中の日本軍の潜水艦によるサンタバーバラへの砲撃、やはり第二次世界大戦中に民間人6人が犠牲になった日本の風船爆弾による攻撃ぐらいのもので、ごく少ない。対照的に、他の大国はみな20世紀に限っても、侵略されたり(日本、中国、フランス、ドイツ、インド)、占領されたり(日本、イタリア、韓国、ドイツ)、侵略されそうになったり(イギリス)した」


アメリカは民主主義の国だとされています。「民主主義の優位性」として、著者は「民主主義には多数の利点がある。民主主義においては、国民はどんな意見でも、たとえその意見が現政権にとって忌々しく受け入れがたいものであっても、提案し議論することができる。議論と抗議はやがて最善の政策を明らかにする可能性があるが、独裁体制下ではけっして意見が議論されることがないだろうし、その意見の良い部分が受け入れられることもないだろう。近年のアメリカ史は民主主義のすばらしい例だ。なぜなら、アメリカ政府が固執した対ベトナム政策がうまくいかないことがわかると国民の抗議運動が非常に激しくなり、最終的に政府はベトナム戦争終結させるという決断にいたったからだ(口絵9・5)。対照的に、1941年、すでにイギリスと戦争中であるにもかかわらず、ソ連を侵略し、つづいてアメリカに宣戦布告するというヒトラーの馬鹿げた決断について、ドイツ人には議論する機会が与えられなかった」と述べています。


「その他の優位性」として、社会的流動性の高さを取り上げ、著者は「貧困家庭に生まれたり、貧しい境遇に陥ったりしても裕福になれる可能性があるというのが、アメリカ的立身出世の理想であり現実である(あるいはそうであった)。これこそ、アメリカ人がハードワークを厭わない大きなインセンティブになってきたし、だからこそアメリカは国内の潜在人的資本の多くを十分に活用してきたのである。若くても起業して成功できるという意味で、アメリカは卓越している(アマゾン、アップル、フェイスブック、グーグル、マイクロソフト、そして目立たないけれど利益を上げている新しい企業の数々を思い浮かべてほしい)」と述べています。

 

さらに、アメリカは、連邦、州、地方自治体政府だけでなく、私企業も教育やインフラ、人的資本、研究開発に投資を行ってきた長い歴史があります。こうした分野への投資について、中国は最近ようやく追いついてきたと指摘し、著者は「結果として、発表された論文数やノーベル賞の受賞数という基準からみて、アメリカは主要な科学分野すべてで世界をリードしている。科学研究でトップ10に入る研究大学と研究機関の半分はアメリカにある。半世紀近くにわたり、アメリカは発明、技術、製造業のイノベーションで大きな競争力を維持してきた」と述べます。


アメリカの優位性として最後に取り上げるのは、今日、アメリカ人の多くが優位性であるとはまったく考えていないもの、すなわち移民です。著者は、「たしかに、移民がもたらす諸問題は、現在アメリカ人の心の重荷になっている。しかし現実として、今日の全アメリカ国民の1人ひとりが移民または移民の子孫である。大多数は過去400年間に移住してきた人の子孫である(私の祖父は1890年、祖母は1904年にやってきた)。ネイティブ・アメリカンですら1万3000年前以降にこの地にやってきた移民の子孫である」と述べるのでした。


「その他の二極化」として、アメリカの日常のあらゆる領域が、広く議論されている同じ現象に直面していることが指摘されます。すなわち「社会関係資本」と呼ばれるものの減少です。政治学者のロバート・パットナムが著書『孤独なボウリング』で定義したように、ソーシャル・キャピタルとは個人間の関係にかかわるもの、すなわち、そこから生まれる社会関係のネットワークと互恵関係の基準、信頼性を指します。その意味で、ソーシャル・キャピタルは「市民道徳」と呼ばれるものと深く関わっているのです。それは、ブッククラブ、ボウリングクラブ、ブリッジクラブ、教会の信徒グループ、コミュニティ組織、そしてPTAから職能団体、ロータリークラブタウンミーティング、組合、在郷軍人会などにいたるまで、さまざまな種類の集団のメンバーとして、積極的に参加することから醸成される、信頼、友情、集団への帰属、助け合いの意識である」と述べています。

 

人と直接向かい合う集団に参加するアメリカ人が減る一方で、他の人に会うことも耳を傾けることもしないオンライングループに参加する人が増えているとして、著者は「今日では、アメリカ人の娯楽の多く――スマホ、iPod、テレビゲーム――は、社交というより孤独に楽しむものだ。個人が選択的に手にする政治情報のニッチ化と同じく、個人が選ぶ娯楽もニッチ化している。今もアメリカ人にとってもっとも一般的な娯楽であるテレビは、人々を家に留め置き、他の家族と一緒にみていたとしてもそれはかたちだけだ。テレビの視聴時間は家庭内の会話の3倍から4倍におよび、全視聴時間の少なくとも3分の1は1人きりでの視聴である(それもテレビではなくむしろインターネットで視聴されている)。結果として、長時間テレビを視聴する人はそうでない人よりも他人を信用しなくなり、自発的な組織に参加しなくなる」と述べます。


また著者は、「私がフィールドワークを行ったニューギニアの僻地では、新しいコミュニケーション技術が到来していなかったため、あらゆるコミュニケーションが――かつてのアメリカと同じように――当時も直接的に、細心の注意を払っておこなわれていた。伝統的な生活を送るニューギニア人は、起きている時間のほとんどにおいて会話をしている。つねに注意力散漫で会話自体が少ないアメリカ人に比べると、ニューギニア人は、目の前の相手に集中せず手元の携帯電話を見たりメールやショート・メッセージを送ったりして会話を中断するということがない」と述べています。

 

そして政治的二極化こそが、アメリカ社会が今日直面している最も危険な問題だと考えているという著者は、「アメリカの政治指導者たちが執着している中国との競争やメキシコの問題よりもはるかに危険な問題だ。中国やメキシコがアメリカを破壊することはできない。アメリカを破壊できるのはアメリカ人自身だけである。この問題については、アメリカが直面している他の根本的問題と、憂鬱なシナリオを阻止するためにアメリカ人が選択すべき変化の促進要因と阻害要因を検討した後で、もう一度立ち返る予定である」と述べるのでした。


第10章「アメリカを待ち受けるもの――その他の三つの問題」では、「未来への投資」として、多くの人はアメリカでは民間投資がたいへん盛んで、大胆かつ想像力に富んだ、非常に利益率が高い投資が行われていると考えていることを紹介し、著者は「他国に比べ、アメリカでは新規ビジネスをはじめたりアイデアの商業的可能性を試したりするための資金を得やすい。だからこそ、マイクロソフトフェイスブック、グーグル、ペイパル、ウーバーなど、多くのアメリカ企業は資金を得てから短い期間で国際的巨大企業になった」と述べています。

 

アメリカにおける未来への投資に関する懸念を払拭できるもう1つの理由は、世界を席巻する科学技術です。アメリカの経済生産量の40%は科学技術によるものであり、他のどの民主主義国よりも高い割合であると指摘し、著者は「結果として、アメリカは、以前は教育を受けた労働力や科学と技術という基礎の上に有していた競争力を失いつつある。少なくとも3つの傾向がこの衰退の原因として挙げられる。すなわち、アメリカの教育投資の減少、実際に支出された資金から得られた成果の減少、アメリカ人が受ける教育の質の大きなばらつきである」と述べます。


2つ目の傾向は、アメリカの生徒の学習到達度が、世界基準からみて低下していることに関連するとして、著者は「数学と科学の理解度や試験の点数において、アメリカの生徒のランクは主要な民主主義諸国のなかでも低い。これはアメリカにとって危険なことだ。なぜならアメリカ経済は科学技術に大きく依存しているし、数学と科学の教育レベルと教育年数は国の経済成長をもっともよく予測するものだからだ」と述べています。

 

こうした事実からひとつの疑問が生まれます。著者は、「アメリカは世界一の富裕国である。政府が自国の将来に投資していないとすれば、アメリカの金はどこに行っているのだろうか? ひとつの答えは、アメリカの金のほとんどは納税者の懐にあるということだ。アメリカの税負担は他のほとんどの富裕な民主主義国に比べて低い。もうひとつの答えは、アメリカの税金の多くが刑務所や軍、医療のために支出されているということだ。更生や社会復帰よりもむしろ懲罰と抑止に重点を置いたアメリカの刑務所が未来のための投資になるなどと主張する人はいないだろう」と述べるのでした。

 

「危機の枠組み」として、著者は「富と影響力があり不釣り合いなほどの権力を持つアメリカ人たちの傾向として、何かが間違っていると認識しているものの、解決策をみつけることに富と影響力を注ぐのではなく、自分と家族だけがアメリカの社会問題から逃避する方法を探し求めている。現在人気の逃避戦略として、ニュージーランド(先進国のなかでもっとも孤立している)に不動産を買うことや、大金を費やしてアメリカ国内にある打ち捨てられた地下ミサイル倉庫を豪華な防空壕に改装することなどがある。しかし、アメリカが崩壊した場合、防空壕のなかの豪華なミクロの文明やニュージーランドの孤立した先進社会がどれほど生き延びられるものだろうか?」と述べています。


もう1つ、アメリカには別の大きな弱みがあります。それは、他の国を手本に学ぼうとする意欲が欠けていることであると指摘し、著者は「アメリカには西欧的なモデルから学べることがたくさんある可能性を示している。しかし、最近のアメリカ史を振り返れば、西欧やカナダのモデルを学ぶために、明治日本の岩倉使節団のようなものをアメリカ政府が送った例はほとんどない。その理由は、アメリカの方法は西欧やカナダの方法より優れているし、アメリカは非常に特別なケースなので西欧やカナダの解決策は何の参考にもならないとアメリカ人が確信しているためだ。こうした否定的な態度は、多くの個人や国が危機解決に有益だと見出した選択肢、つまり、他者が同様の危機をすでに解決した方法を手法として学ぶという選択肢をアメリカ人から奪っている」と述べるのでした。

 

第11章「世界を待ち受けるもの」では、「現在の世界状況」として、著者は世界全体に害をおよぼし得る可能性がある4つの問題を明らかにします。重要度ではなく、目につきやすいものから述べていくと、核兵器の使用、世界的な気候変動、世界的な資源枯渇、世界的な生活水準における格差の拡大です。著者は、「イスラム原理主義、新種の伝染病、小惑星の衝突、大規模な生物学的絶滅などの問題をリストに追加すべきだという意見もあるだろう」と述べています。


最初の問題である核兵器の使用については、「核兵器」として、著者は以下のように述べています。
「1945年8月6日の広島への原爆投下により、一瞬のうちにおよそ10万人が死亡し、さらに何万もの人々が怪我や火傷、被曝によって命を落とした。インドとパキスタン、あるいはアメリカとロシアか中国のあいだで戦争が起こり、互いに核兵器を使用すれば、一瞬のうちに数億人が殺されるだろう。しかし、世界全体に広がる遅発性の影響のほうが甚大になるだろう。核兵器の爆発がインドとパキスタンの国内に限られても、数百の核爆発による大気への影響は世界全体におよぶだろう。なぜなら、爆発時の火球からの煙、すす、ダストは数週間にわたって太陽光のほとんどを遮り、世界全体の気温は急激に下がって冬のような状態になり、植物の光合成は阻害され、多くの植物や動物の生命が奪われ、世界的な不作になり、世界全体に飢餓が起こるだろうからだ。最悪のシナリオは、「核の冬」と呼ばれるもので、飢餓だけでなく寒さ、病気、被曝によってほとんどの人類は死を迎える」

 

核爆発にいたるシナリオは4つあるとされ、政府によるもの(最初の3つのシナリオ)と非政府テロリスト集団によるもの(4つめのシナリオ)があります。最もしばしば議論されてきたシナリオは、核兵器保有国による別の核兵器保有国への計画的な奇襲です。第2のシナリオは、敵国政府の対応についての計算ミスがエスカレートし、各国の指導者に対応を迫る軍部からの圧力が高まり、ついに当初はいずれも望まなかった相互の非奇襲攻撃にいたってしまうというものです。第3のシナリオは、テクニカルな警告サインの誤読による事故です。そして、最後のシナリオは、テロリストが核保有国――もっとも可能性が高いのはパキスタン北朝鮮、イラン――からウランやプルトニウム、あるいは完成品の核爆弾を盗むか与えられるかするというものです。

 

これら4つのシナリオのなかでもっとも可能性が高いのは、テロリストが(簡単につくれる)汚い爆弾か核爆弾を使うケースであると指摘し、著者は「前者が殺害するのは数人程度だろうが、後者は広島なみの数十万人の死者を出す――しかし、いずれも死者の数をはるかに上回る悪影響を残すだろう。数億人の命を直接奪い、究極的には地球上のほとんどの人を死にいたらしめる最初の3つのシナリオが実現する可能性はより低いが、それでも可能性はある」と述べています。


次に、「気候変動」として、著者は「出発点は世界人口と、1人の人間が世界に与える平均的な影響だ(後者の表現が意味するところは、1人あたり年間平均の石油などの資源消費量と汚水などの廃棄物排出量である)。これら3つの量――人の数、平均的な人の資源消費と廃棄物排出――は増大しつつある。その結果、人類が世界に与える影響の総量も増大しつつある。なぜなら影響の総量は、増大しつつある影響の1人あたり平均に、増大しつつある人の数を掛けたものに等しいからだ。重要度の高い廃棄物は二酸化炭素だ。二酸化炭素は(私たち人間も含めた)動物の呼吸によって常時生産され、大気中に排出されている。しかし、産業革命がはじまり、人口爆発が起こって以来、とくに人間による化石燃料利用を起源とする二酸化炭素排出が、自然による二酸化炭素排出をはるかにしのぐ量になってしまった」と述べます。


二酸化炭素放出の一次的影響は他にも2つあります。1つは、わたしたちが産出する二酸化炭素が炭酸として海に蓄積されることで、著者は「二酸化炭素排出の影響についてもっとも議論されているのは、最初に挙げた影響、すなわち、地表と大気下層を暖めてしまうことである。これが私たちが地球温暖化と呼ぶものだが、その効果はとても複雑なので「地球温暖化」と呼ぶのは間違いに近く、「世界的気候変動」と呼ぶほうがふさわしい。複雑さを示すものを挙げれば、まず、因果連鎖により、大気の「温暖化」は(アメリカの大半の地域を含む)ほとんどの地域で温暖化をもたらす一方で、(アメリカ南東部を含む)いくつかの地域では一次的な気温の低下をもたらす。たとえば、大気が温暖化すると北極圏の海氷が融けて冷たい北極海の水が南下するため、海流の下流に沿った地域の気温が下がるのだ。ふたつめに、人間社会にとっての重要性において平均的な温暖化傾向に匹敵するのが、極端な気候の増加である。嵐や洪水が増え、最高気温はますます上昇しているが、最低気温もますます下がり、エジプトで雪が降ったりアメリカ北東部を寒波が襲ったりしている。そのため、気候変動を理解しない懐疑派の政治家たちは、これを気候変動が現実ではない証拠と捉えてしまう」と述べます。

 

3つめの複雑さは、気候変動の原因と結果のあいだには大きなタイムラグがあるという点にあると指摘し、著者は「たとえば、海洋が二酸化炭素を蓄積したり排出したりするスピードは非常に遅いため、たとえ今夜地球上の人間が1人残らず死滅したり、呼吸を止めたり、化石燃料を燃やさなくなったりしても、大気は数十年にわたって温暖化しつづけることになる。逆に、原因と結果の線形の関係を前提とする現在の保守的な予想よりも、もっと速いスピードで地球温暖化を進行させ得る、大きな非線形の増幅因子も潜在的に存在する。そうした増幅因子としては、永久凍土や海氷の融解や、北極圏とグリーンランドの氷床崩壊の可能性がある。世界で進行する平均的な温暖化傾向の結果を、これから4つ述べていく(私の「明快な説明」により、現時点ですでに、地球温暖化がじつに複雑であることには同意していただけると思う!)。世界各地でもっとも目立っている結果は旱魃である」と述べます。


平均的地球温暖化傾向の2つめの影響は農作物の生産量の減少で、原因は、先に述べた旱魃と、陸地温度の上昇です。たとえば農作物の成長よりも雑草の成長に有利にはたらくためです。3つめの影響は、熱帯病を媒介する昆虫が温帯に移動していることです。最後の影響として海水面上昇を挙げ、著者は「このようにみてくると気候変動はもはや止めようがなく、私たちの子どもたちは生きる価値のない世界に生きるほかないのだろうか? もちろんそうではない。気候変動の原因は圧倒的に人間の活動なのだから、気候変動を抑制するためにすべきことはそれらの活動の抑制しかない。つまり、化石燃料の使用を減らし、風力、太陽光、原子力などの再生可能エネルギーの使用を増やすことだ」と述べるのでした。

 

代替エネルギー源の中には、風力や太陽光、潮力、水力、地熱エネルギーなど、実質的に無尽蔵に見えるものもあります。このうち潮力を除くすべてのエネルギー源がすでに「検証済み」、つまり、大規模かつ長期的に使用されます。それでは、原子力発電はどうなのか。著者は、「アメリカ人のほとんど、そして他の国の国民の多くが、すぐに耳をふさいでしまう話題である。彼らがそうする理由は、経済性を別にして3つある。事故への不安、原子炉の燃料が核爆弾の製造に転用されることへの不安、そして使用済み燃料の保管場所という未解決問題である」と述べます。


広島と長崎の原爆の記憶により、多くの人々が原子炉と聞くと本能的にエネルギーではなく死と結びつけるとして、著者は「実際、1945年以来、死者が出た原発事故はふたつある。旧ソ連チェルノブイリ原発では31人が事故直後に死亡し、数は不明だが多くの人々が被曝により後に死亡した。もうひとつは日本の福島の原発事故である。1979年には装置の事故とヒューマンエラーによりスリーマイル島原発で事故が起きたが、死傷者はなく放射性物質の漏出も最小限だった。しかし、スリーマイル島事故の心理的影響は甚大だった。長年にわたり、発電用原子炉の新規発注は停止されることになった」と述べています。

 

そして、「危機の枠組み」として、著者は「遠く離れた貧困国が富裕国にとっての問題を生み出す理由は『グローバル化』という一言に集約できる。つまり、世界中のあらゆる地域のつながりが増したのである。とくに、コミュニケーションと旅行がますます楽にできるようになったため、発展途上国の人々も今では世界各地の消費率や生活水準に大きな差があることを知っており、彼らの多くが今では富裕国に旅することができる。グローバル化によって世界の生活水準の差を擁護できなくなったことの結果のうち、3つがとくに重要である。ひとつは貧困国から富裕国への新しい病気の拡散である。この数十年間に広まった恐ろしい致命的疾病は、しばしば公共衛生基準の脆弱な貧困国の風土病を旅行者が富裕国に持ち込んだものだった。コレラ、エボラ、インフルエンザ、HIVなどだが、こうした病気の到来は増えるだろう」と述べるのでした。その後、新型コロナウイルスによるパンデミックが到来しました。

 

エピローグ「教訓、疑問、そして展望」では、「危機は必要か?」として、著者は「みずから行動を起こすために国は危機を必要とするのか、あるいは国家はつねに問題を想定して行動しているのか? 本書で取り上げた危機は、頻繁に問われるこの疑問へのふたつの回答を示している。明治日本は、ペリー来航への対応を余儀なくされるまで西洋という増大する脅威を避けていた。しかし1868年の明治維新以降は、変化への突貫計画の実施を促すためのさらなる外的ショックを必要としなかった。むしろ、西洋からのさらなる圧力のリスクをみずから想定して変化していった」と述べています。


今日、日本は7つの大きな問題と格闘していますが、どの問題についても決定的な行動をとれていないとして、著者は「日本は戦後のオーストラリアのようにゆっくりとした変化によってこうした問題をうまく解決していくのだろうか? それとも突発的な危機がきっかけとなって大胆な行動をとることになるのだろうか? 同様に、アメリカも自国が抱える大問題に対して、ワールド・トレード・センタービル攻撃直後のアフガニスタン侵攻や大量破壊兵器保有しているという仮定にもとづくイラク侵攻を除けば、決定的な行動をとれていない」と述べます。

 

「歴史上の指導者の役割」として、著者は「指導者によって違いは生まれるのか? 国家的危機をめぐる会話でもっともよく話題にのぼるもうひとつの疑問は、国家の指導者たちは歴史に重要な影響を与えているのか、あるいは、ある時期の国家指導者がだれであっても歴史は同じように展開するのか、という古くからある議論にかかわるものだ。一方の側にはイギリスの歴史家トーマス・カーライル(1795~1881年)のいわゆる「リーダーシップ偉人説」がある。歴史はオリヴァー・クロムウェルやフリードリヒ大王のような偉人たちのおこないによって支配されるとカーライルは主張した。同様の考え方は軍事史家たちのあいだでは今日でも一般的であり、彼らは将軍や戦時の政治指導者の決断を強調する傾向がある。まったく逆の考え方を持っていたのは作家のレフ・トルストイで、指導者や将軍は歴史の流れに対して最小限の影響しか与えないと考えた。『戦争と平和』には、将軍たちが命令を下すもその命令は戦場で実際に起こっていることとは無関係であるという戦闘の話があり、彼の主張が表れている」と述べます。

 

「将来のための教訓」として、著者は「私たちは歴史から何を学べるのだろうか? これは大きな問いであり、より限定的な下位の問いを立てるなら、本書で取り上げた7カ国の危機対応から私たちは何を学べるのか、ということだ。ニヒリストなら「何もない!」と答えるだろう。歴史の流れはあまりにも複雑すぎるし、あまりにも多くの個別にしてコントロール不可能な変数と予測不可能な変化がもたらす結果であり、だから過去から私たちが何かを学ぶのは無理だ、と多くの歴史家たちがいう」と述べ、さらに「そう、歴史の多くはもちろん予測不可能だ。それでも、学ぶことのできる教訓はふたつある。しかし最初に、背景として、個人の理解から引き出される教訓を検討しよう。なぜなら(またしても)国家の歴史と個人の人生のあいだにはパラレルな関係があるからだ」とも述べています。


個々の人々の人生や伝記から学ぶことがあるとしたら何でしょうか? 国家と同じく、人々も非常に複雑で、それぞれ非常に違っていて、予測不可能な事件が起こるものだから、人の行動を予測するのは困難だし、ましてある人物の行動から別の人物の行動を予測するのはよけい困難なのではないでしょうか? 著者は、「もちろんそのとおりだ! そんな困難があるにもかかわらず、私たちのほとんどは人生の多くの時間を費やして、身近な人の個人史を理解し、それにもとづいて、その人が今後とる行動を想定しようと努力している。さらに、心理学者たちは訓練によって、一般人の多くは人との接し方を通じて、自分がすでに知る人々の経験を一般化し、新たに出会う人々の行動を予測する。だからこそ、会ったことがない人であっても伝記を読めば学びが多いし、人間行動の理解に関する自分のデータベースを大きくしてくれる」と述べます。

 

歴史から得られるもう1つの教訓は、一般性のあるテーマです。またしても、フィンランドとロシアを例にとる著者は、「フィンランドとロシアには固有の事情があると同時に、2国の関係は攻撃的な大国の近くにある小国につきものの危険という一般性のあるテーマを示す一例である。この危険を解決できる普遍的な方法はない。これは、もっとも古い、そして今でももっともよく引用され、もっとも強く人の心をつかむ歴史書――紀元前5世紀にアテネの歴史家トゥキュディデスがペロポネソス戦争の歴史を著した『戦史』第5巻――の一節のテーマでもある。トゥキュディデスはギリシアの小島メロスが強大なアテネ帝国からの圧力にどう対応したかを綴っている」と述べます。

 

無知な指導者が跋扈しているのも事実ですが、国家指導者の中には幅広く本を読む人もいます。本書の著者であるダイアモンドやユヴァル・ノア・ハラリの著書が人気が高いようです。国家指導者にとっては過去よりも今のほうが歴史から学びやすい時代であるとして、著者は「私は悲観主義者の声に耳を傾けず、希望を捨てず、歴史について書きつづけている。そうすれば、望んだときに歴史から学ぶという選択肢を手にすることができるからだ。とくに、過去において危機はしばしば国家に困難を突きつけてきた。今でもそれは変わらない。しかし、現在の国家や世界は対応策を求めて暗闇を手探りする必要はない。過去にうまくいった変化、うまくいかなかった変化を知っておくことは、私たちの導き手になるからだ」と述べるのでした。


わたしが本書を読んだのは、新型コロナウイルスの感染拡大後でした。本書にはコロナのことは一切登場しませんが、この人類にとっての大いなる危機を理解するための思考の見取り図を学ぶことができました。本書は非常に平易に書かれてはいますが、世界全体に害をおよぼし得る可能性がある4つの問題として、核兵器の使用、世界的な気候変動、世界的な資源枯渇、世界的な生活水準における格差の拡大を指摘したり、日本の問題として、女性の役割、少子化、人口減少、高齢化という相関する4つの問題を挙げたりと、非常に具体的で有益な情報に満ちていました。80歳を超えて、これだけの大著を書くことのできる著者には敬意を抱くばかりです。

 

 

2021年11月16日 一条真也

菅田将暉と小松菜奈の「糸」

一条真也です。
東京に来ています。各地で七五三が行われた15日の夕方、冠婚葬祭文化振興財団の会議が終わった頃、わたしのiPhoneにまことに素晴らしいニュースが飛び込んできました。この日、俳優の菅田将暉さん(28)と女優の小松菜奈さん(25)が、それぞれのSNSや所属事務所を通じて結婚したことを発表したというのです。

f:id:shins2m:20211115172554j:plain
ヤフーニュースより

 

二人は、それぞれのSNSを通じて「皆さまへ この度、菅田将暉小松菜奈は、結婚いたしましたことをご報告させていただきます」と発表し、「いつも応援して下さっている皆さま、お世話になっている皆さま、たくさんの方々に支えられて今日という日を迎えられています。いつも本当にありがとうございます」と感謝しています。


また、「まだまだ未熟な二人ですが、この出会いに感謝し、日々心豊かに、生活を楽しんで、幸せな家庭を築いていきたいと思っております。そして、これからも際限なく作品と向き合い、皆さまとあたたかい未来を作っていけるよう努めて参ります」とも述べています。ともに日本映画界を代表する若手のホープであり、久々のビッグカップルの誕生と言えるでしょう。これを機に、ウエディング・ブームが起こるといいのですが・・・・・・。



いやあ、こういうお目出たいニュースはやはり嬉しいですね。最近、瀬戸内寂聴さんや細木数子さんの訃報にも接しましたが、ニュースが報道されたのが亡くなった日よりもずいぶん後でしたので、お二人についてブログに書くタイミングを逸してしまいました。その点、菅田さんと小松さんの結婚発表の記事はその日に書けるのが良かったです。菅田さんと小松さんも大好きな俳優で、ともに才能に溢れており、わたしは以前から高く評価していました。



特に、 ブログ「糸」で紹介した共演映画は素晴らしかったです。「糸」とは「縁」のメタファーです。主題歌である中島みゆきの名曲「糸」には、「縦の糸はあなた、横の糸は私♪」という歌詞が登場します。そして、2つの結婚式と1つの葬儀のシーンがある「糸」は冠婚葬祭映画の名作でした。この映画を観たとき、わたしは大いに感動しながらも、「あっ、この二人の糸はもう繋がっているな」と確信しました。心よりお祝いを申し上げます!

 

2021年11月15日 一条真也

55周年直前に東京へ! 

一条真也です。
15日の朝、北九州空港から東京に向かいました。東京五輪の直後に感染大爆発した東京ですが、すっかり新規感染者の数も減りました。このままコロナが弱毒化してパンデミックが終息してくれることを祈るだかりですが、まあそうは行かないでしょうね。お隣りの韓国の感染状況は悪化していますし、寒くなると「第6波」の到来が予想されており、油断はできません。

f:id:shins2m:20211115094148j:plain北九州空港の前で

f:id:shins2m:20211115095544j:plain北九州空港のようす

f:id:shins2m:20211115122346j:plainメーテルが待っててくれる

f:id:shins2m:20211115164845j:plain初公開! 後姿のメーテル

f:id:shins2m:20211115122456j:plainそれでは、行ってきます💛

 

今回の東京出張は、副理事長を務める一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の会議をはじめ、一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の正副会長会議、正副会長委員長会議、さらには財団の他の会議などに参加するためです。18日が弊社サンレー創立55周年祝賀式典の当日なのに、前日17日の夕方まで東京で会議をしなければなりません。とほほ。

f:id:shins2m:20211115102337j:plain機内のようす

今日はJAL374便に搭乗。満席ではありませんが、思ったよりも乗客が多かったです。機内では、嬉しい出来事がありました。可愛いCAさんが「イエローでコーディネートなさっていて素敵ですね! お客様のようなオシャレな方が搭乗されると、サービスにも身が入ります!」と言ってくれたのです。スターフライヤーには数え切れないほど搭乗しても誰もそんなことを言ってくれません。やはり、JALは違いますね。わたしは、彼女に最新刊の『イラストでわかる 美しい所作・振る舞い』(メディア・パル)をプレゼントしたいので住所を聞こうかと思ったのですが、ナンパと勘違いされても心外なので、やめました。(笑)

f:id:shins2m:20211115105341j:plainコーヒーを飲みながら読書しました 

 

機内では、いつものように読書をしました。今日は、『スケール 生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』ジョフリー・ウェスト著、山形浩生・森本正史訳(早川書房)の上巻を読みました。TED Talksで150万超のビュー数を記録した理論物理学者が、複雑さと多様性に満ちた生命、都市、経済を貫く普遍的法則を解き明かした本です。ヒトとほぼ同じ要素でできているのに、なぜネズミは3年しか生きられないのか。クジラはネズミに比べて腫瘍ができにくいのはなぜか。ヒトを含めたすべての生物に寿命がある理由とは。企業は死を免れることができないのに、一方で都市はなぜ成長し続けることが可能なのか。環境に負荷をかけず、アイデアと富が生まれる社会を維持することはできるのか。それとも地球は荒廃したスラムの惑星になるしかないのか・・・・・・そんな謎を解き明かす知的好奇心に満ちた本でした。あと、拙著『法則の法則』(三五館)の内容との共通性を感じました。

f:id:shins2m:20211115115453j:plain羽田空港に到着しました

f:id:shins2m:20211115115753j:plain羽田空港にて

 

羽田空港に到着すると、いつものラーメン店に入りたかったのですが、今日は13時から会議で時間がないので、あらかじめ買っておいたポンパドールの「お芋パン」と缶コーヒーで済ますことにしました。そして、そのまま西新橋の冠婚葬祭文化振興財団の本部に向かいました。今日は北九州の気温が11度ぐらいで寒いのでコートを羽織ってきたのですが、東京は20度以上あって暑かったです。会議後はホテルにチェックインしてから、銀座で映画のプロデューサーと打ち合わせ会食をする予定です。

f:id:shins2m:20211115121938j:plain
ランチは、お芋パン&缶コーヒー

f:id:shins2m:20211115120807j:plainさあ、行動開始です!

 

2021年11月15日 一条真也

サンレー杯「囲碁祭り」

一条真也です。
14日の日曜日、JR小倉駅前にある西日本総合展示場において、「サンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」が盛大に開催されました。サンレー創立55周年記念大会で、社長のわたしも来賓として参加しました。

f:id:shins2m:20211113200453j:plainサンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」のポスター

f:id:shins2m:20211114115856j:plain大会パンフレットの表紙(左)と裏表紙(右)

f:id:shins2m:20211114115929j:plain大会パンフレットを開くと・・・

f:id:shins2m:20211114103351j:plain会場の西日本総合展示場の前で

f:id:shins2m:20211114094155j:plain大会会場の入口で

f:id:shins2m:20211114094410j:plain
検温・消毒をしました


サンレー杯 北九州囲碁祭り団体戦」は、わが社が長年企画を温めていたビッグイベントです。念願かなって、ついに昨年初めて開催されました。1チーム5名の団体戦、4回戦、ハンディ戦、各自持時間40分で行われます。参加人員は28チーム、140名(20級以上の方で19路盤で碁が打てる方によって勝敗が競われます。

f:id:shins2m:20211114094800j:plain控室で溝上九段と名刺交換

f:id:shins2m:20211114095059j:plain
武宮六段と1年ぶりに再会

f:id:shins2m:20211114095232j:plainプロ棋士囲碁談義をしました

f:id:shins2m:20211114095400j:plain溝上九段(左)、武宮六段(右)と

 

会場の控室で、わたしは2名のプロ棋士溝上知親九段、武宮陽光六段)の方と名刺交換をし、しばし囲碁談義に花が咲きました。わたしは、もともと囲碁は高齢者に向いたグランドカルチャー(老福文化)であると思っているのですが、そのことをお話しすると、武宮六段は「まさに、そうだと思います。将棋に比べて、囲碁は負けたときの敗北感が少ないと言われています。その点、将棋の方が勝負論が強いのかもしれません」と言われました。なるほど、将棋は勝敗が一目瞭然ですが、囲碁は(黒白の石を打ちながら)白黒をはっきりとつけません。ストレスの少ない、優しい競技なのです。

f:id:shins2m:20211114100145j:plainさあ、これから開会式です!

f:id:shins2m:20211114100316j:plain来賓として紹介されました

f:id:shins2m:20211114100310j:plainフェイスシールドを付けて

f:id:shins2m:20211114102841j:plain
開会宣言

 

10時からの開会式では、フェイスシールドを付けて来賓として紹介されました。その際、司会者から「この大会は株式会社サンレー様の創立55周年を記念して開催されます。それにしても55年も続くって、すごいですね。みなさん、サンレー様にお祝いの拍手をお願いいたします!」との言葉があり、割れんばかりの盛大な拍手を頂戴しました。とても嬉しかったです。その後、「北九州囲碁祭り団体戦」実行委員会の武久委員長の「主催者挨拶」に続いて、わたしが「来賓挨拶」を行いました。

f:id:shins2m:20211114100829j:plain
マスク姿で登壇しました

f:id:shins2m:20211114100831j:plainマスクを外しました

 

登壇したわたしは、最初にマスクを外して、「本日は、『サンレー杯 囲碁祭り団体戦』にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。また、かなり終息の気配を見せているとはいえ、コロナ禍という大変な状況の中、開催に尽力いただきました実行委員会の皆様をはじめ関係者の皆様方に深く感謝申し上げます。この大会は、弊社の創立55周年の節目のイベントです」と述べました。

f:id:shins2m:20211114100952j:plain囲碁は「宇宙の遊び」です!

 

また、「このお話をいただきましたのが昨年の2月、ぜひとも協力させていただきたいと申し上げておりましたところ、その後急速にコロナ禍が進み、一時期は今年の開催は難しいかと思っておりましただけに、本日多くの方々に参加いただき開催できましたことを本当に嬉しく思います。囲碁は、何もないとこから石を打っていくゲームである、宇宙創造を模しているとされています。いわば、宇宙の遊びです。スケールが大きく、心ゆたかな文化です。医学的にも右脳を刺激し判断力を高め、ストレス解消や、ボケ防止などの効果があると注目されています」と述べました。

f:id:shins2m:20211114101027j:plain
昨日の藤井聡太4冠の快挙について

 

また、「囲碁といえば、将棋とよく対比されます。将棋の世界では、昨日、歴史的な事件が起きました。第34期竜王戦7番勝負第4局の2日目で、藤井聡太3冠が4連勝で竜王を奪取、19歳3カ月で史上最年少の4冠になったのです。すばらしい快挙ですが、わたしはもともと、「将棋には天才少年が多いが、囲碁ではあまり聞いたことがない」と思っていました。しかし、控室で武宮六段に教えていただいたところ、囲碁にも天才少年はいるようですね。それでも、囲碁は、長年の経験を積むことによる「老成」や「老熟」が何より物をいう文化のように思えます。

f:id:shins2m:20211114100841j:plain囲碁は「グランドカルチャー」です!

 

さらに、「囲碁と同様のものには、盆栽や俳句、能といったものが挙げられます。将棋よりは囲碁、生け花よりは盆栽、短歌よりも俳句、歌舞伎よりは能 というとニュアンスは伝わるのではないかと思います。わたしは、これらの文化を総称して『グランドカルチャー』と呼び、八幡西区の『サンレーグランドホール』という施設を高齢者複合施設として位置づけ、カルチャー教室などを通して実践しています」とも述べました。

f:id:shins2m:20211114100925j:plain「人生100年時代」を迎えました 

 

さらに、わたしは「いま、日本人は『人生100年時代』を迎えております。重厚なグランドカルチャーの世界に触れて、これからの長い人生を豊かに過ごしていただくことが、老いるに幸福と書いて、『老福』という、充実した人生を過ごす一つの手段になると思っています。ただ、本日は下は8歳の方から上は90歳の方まで幅広い年代の皆様にご参加いただいているようですので、若い方々におかれましても、老福人生を送られている年長者の方々と碁盤の上で存分に語り合っていただき、貴重な経験を吸収していただきたいと思います」と述べました。

f:id:shins2m:20211114101017j:plain囲碁で人生を豊かに!

 

そして、最後に「競技としては勝敗も大事ですが、老若男女の皆様方に、本日の大会を通じて囲碁仲間やご友人を作っていただき、人生をこれまで以上に豊かにしていただけましたら何よりでございます。参加者の皆様が普段の実力を大いに発揮し、健闘されることを祈念致しまして、開催のご挨拶とさせていただきます」と挨拶しました。終わると、盛大な拍手が起こって感激しました。

f:id:shins2m:20211114101221j:plain
溝上九段から55周年のお祝いの言葉が・・・

f:id:shins2m:20211114101227j:plain
お祝いの言葉に感激しました

f:id:shins2m:20211114101629j:plain
武宮六段からもお祝いの言葉が・・・

f:id:shins2m:20211114101913j:plain
武宮六段による「ルール説明」

f:id:shins2m:20211114101905j:plain
うーむ、俺も囲碁やろうかな?

わたしが降壇すると、溝上九段が登壇されました。溝上九段は、「まずは、大会の開催に大変なご尽力をいただきました株式会社サンレー様に感謝申し上げますとともに、創立55周年まことにおめでとうございます!」と言われました。続いて登壇された武宮六段からも「コロナ禍で開催の危機が叫ばれていた昨年から、株式会社サンレー様はしっかり支えて下さいました。このたびは創立55周年ということで、まことにおめでとうございます!」と言われました。わたしの胸は感激でいっぱいになりました。その後、武宮六段から「ルール説明」がありました。わたしは「囲碁って面白そうだな。俺も囲碁やろうかな?」と思いました。

f:id:shins2m:20211114184954j:plainコロナ禍でも大盛況!

f:id:shins2m:20211114185015j:plain熱戦が繰り広げられました!

f:id:shins2m:20211114185121j:plainプロ棋士も参加しました

f:id:shins2m:20211114185139j:plain
プロ棋士の対局には人だかりが・・・

f:id:shins2m:20211114185051j:plain少年棋士も奮闘!

f:id:shins2m:20211114185219j:plain少女棋士も参戦!

 

10時20分から競技が開始されました広い会場内の各所で熱戦が繰り広げられました。プロ棋士の方々も参戦されましたが、その対局には人だかりが出来ていました。チビッ子たちも多かったですが、わたしはブログ「ファヒム パリが見た夢」で紹介した実在のチェスの天才少年を描いたフランス映画を思い出しました。

f:id:shins2m:20211114185543j:plain「お楽しみ抽選会」のようす

f:id:shins2m:20211114185646j:plain
おめでとうございます!

f:id:shins2m:20211114185720j:plain溝上九段による「総評」

f:id:shins2m:20211114185744j:plain武宮六段による「総評」

 

すべての対戦が終了後、「お楽しみ抽選会」が行われました。わが社の林マネージャーがプレゼンテーターとなって抽選し、番号を発表するたびに大歓声が上がりました。豪華景品を渡すときは、みなさん嬉しそうでした。「お楽しみ抽選会」なら、わが社のお家芸であります! 閉会式は16時50分からでした。最初にプロ棋士からの「総評」と「成績発表」があり、それから「表彰式」が行われました。上位5チーム(各5名)を表彰し、表彰状と記念品が贈呈されました。

f:id:shins2m:20211114185809j:plain
ブービー・メーカー賞

f:id:shins2m:20211114185843j:plain
子ども棋士には参加賞が・・・

f:id:shins2m:20211114185921j:plain
優勝チームの表彰

f:id:shins2m:20211114185943j:plain
優勝したチーム「囲碁メイト」

 

こうして、この日の「北九州囲碁祭り団体戦」は大盛況のうちに幕を閉じました。わが社は、今後とも囲碁という素晴らしい日本の伝統文化を少しでも広められるように、また、みなさまが心豊かな生活を送ることができるよう微力ながらお手伝いを続けて参りたいと考えておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。来年お会いできることを楽しみにしています。ご参加の皆様、プロ棋士の先生方をはじめ、関係各位の皆様に心より御礼を申し上げます。

f:id:shins2m:20211114094215j:plain来年も開催いたします!

 

2021年11月15日 一条真也

「マリグナント 狂暴な悪夢」 

一条真也です。
13日の土曜日、T-JOYリバーウォーク北九州で映画「マリグナント 狂暴な悪夢」を観ました。「ソウ」インシディアス」「死霊館」などを手掛けたジェームズ・ワン監督のホラー最新作で、「恐怖の最終進化形」を謳っています。確かに、これまでのホラー映画にはない想定外の展開には驚かされました。しかし、「怖かったか?」と聞かれれば、あんまり怖くはなかったですね。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『アクアマン』などのジェームズ・ワンが製作と監督などを手掛けるホラー。殺人鬼による犯行現場を目撃するという悪夢に悩まされる主人公に、魔の手がのびる。『スカイスクレイパー』などのエリック・マクレオド、『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』などのジャドソン・スコットらが製作総指揮を担当。『アナベル 死霊館の人形』などのアナベル・ウォーリス、『アイ・ソー・ザ・ライト』などのマディー・ハッソン、ジョージ・ヤング、ミコール・ブリアナ・ホワイトらが出演する」

f:id:shins2m:20211013210645j:plain

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、「マディソンは、あるときから目の前で殺人を目撃するという悪夢を見るようになる。超人的な能力で次々と犠牲者を殺めていく漆黒の殺人鬼による夢の中の殺人事件が、ついに現実世界でも起きてしまう。人が殺されるたびに、殺人現場を疑似体験するようになったマディソンに魔の手が忍び寄る」です。


「マリグナント(MALIGNANT)」というのは「悪性の」を意味する形容詞ですが、邦題は「マリグナント」のみが良かったですね。「エクソシスト」とか「サスペリア」とか「アンテベラム」みたいにシンプルなタイトルの方がホラー映画の王道という印象があるからです。わたしは、タイトルに「狂暴な悪夢」を加えたのは蛇足であり、失敗だと思います。冒頭のシーンは洋館の上に満月が懸っているという、ゴシック・ホラーそのままのビジュアルで、多様なホラー作品からの引用も含めて、かなりマーケティング的手法で作られた映画だと思いました。


夢の中の殺人事件が現実化するといえば、「エルム街の悪夢」(1984年)を連想してしまいます。たしかに、「マリグナント 狂暴な悪夢」の前半部分は「エルム街の悪夢」に似た雰囲気を持っています。でも、多くの犠牲者を生み出す殺人鬼の正体ですが、フレディとガブリエルではずいぶんと違う存在ですが・・・・・・。とにかく、ガブリエルの正体がわかったときには驚きましたね。ブログ「アンテベラム」で紹介したスリラー映画と同じく、松田優作演じるジーパン刑事の最期みたいに「なんじゃこりゃ!」と叫びたくなる自分がいました。まあ、両作品ともヤバい映画であることは間違いありませんが、衝撃度で言えば「アンテベラム」の方が上でした。


「マリグナント 狂暴な悪夢」を観て、「とにかく、ジェームズ・ワンはアイデアマンだなあ!」と感心しました。「ソウ」インシディアス」「死霊館」・・・・・・いずれも大ヒットしたホラー・シリーズを彼は手掛けました。ホラー映画の鬼才にして商売の達人でもある彼ですが、「観客から飽きられないように、新しい恐怖を提供しなければ」という意気込みを強く感じます。一歩間違えば「B級ホラー」になりかねないアイデアなのですが、そこを力技でB級にはしないところが「さすが」ですね。この映画には、さまざまな過去の名作ホラー映画の要素が盛り込まれています。まずは、ワン監督が強い影響を受けたというダリオ・アルジェンド監督の「サスペリア」(1977年)。この映画は魔女の恐怖を描いていますが、殺人事件の真犯人を探すミステリー要素もあり、ナイフによるリアルな殺害シーンや、赤を基調としたカラフルなビジュアルも影響が感じられます。


サスペリア」や「エルム街の悪夢」以外にも、多くのホラー映画の影響が感じられます。たとえば、ガブリエルの電気製品を操る能力はウェス・クレイヴン監督の「ショッカー」(1989年)、腫瘍の憎悪という点ではウィリアム・ガードラー監督の「マニトウ」(1978年)、デイヴィッド・クローネンバーグの「ザ・ブルード/怒りのメタファー」(1979年)。双子の奇談という点ではブライアン・デ・パルマ監督の「悪魔のシスター」(1972年)、デイヴィッド・リンチ監督の「バスケットケース」(1982年)、クローネンバーグの「戦慄の絆」(1988年)。いじめた相手にまとめて復讐する点ではデ・パルマの「キャリー」(1976年)。以上の作品が連想されます。まさに、名作ホラーのオンパレード!


このような過去の名作ホラー映画のエッセンスを片っ端から取り入れながら、監督オリジナルの仰天アイデアで「マリグナント 狂暴な悪夢」をまとめた感がありますね。その技が巧みすぎて、どうしても「うまく、まとめたな」という印象が残ります。結果的に、ちょっと引いてしまいます。ワン監督の「代表作である「死霊館」シリーズでは、余計な小細工はしないで、悪魔の姿をバンバン見せます。シンプルな怖さがウリの「死霊館」にはかなわないと思いました。それにしても、ホラー映画の新しい可能性を執拗に追及するジェームズ・ワン。彼が現在の世界ホラー映画界の頂点に位置することだけは間違いないですね。

 

2021年11月14日 一条真也