「騙し絵の牙」

一条真也です。
日本映画「騙し絵の牙」を観ました。前日に観たブログ「ホムンクルス」で紹介した映画と違い、テンポが良くてとても面白かったです。ドラッカーの唱えた「継続」と「変化」というマネジメントの最重要テーマについても考えさせる傑作でした。これは、一条賞の候補作です!



ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『盤上のアルファ』『罪の声』などの作家・塩田武士が、俳優・大泉洋を主人公に当て書きした小説を映画化。廃刊の危機に瀕した雑誌の編集長が、存続を懸けて奔走する。大泉が編集長にふんするほか、『勝手にふるえてろ』などの松岡茉優、『64ーロクヨンー』シリーズなどの佐藤浩市らが共演。『桐島、部活やめるってよ』などの吉田大八が監督を務め、『天空の蜂』などの楠野一郎と共同で脚本も手掛けた」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「大手出版社の薫風社で創業一族の社長が急死し、次期社長の座を巡って権力争いが勃発する。専務の東松(佐藤浩市)が断行する改革で雑誌が次々と廃刊の危機に陥り、変わり者の速水(大泉洋)が編集長を務めるお荷物雑誌『トリニティ』も例外ではなかった。くせ者ぞろいの上層部、作家、同僚たちの思惑が交錯する中、速水は新人編集者の高野(松岡茉優)を巻き込んで雑誌を存続させるための策を仕掛ける」

 

騙し絵の牙 (角川文庫)

騙し絵の牙 (角川文庫)

 

 

出版業界の現状と苦境を知るには最適の映画でした。原作は、KADOKAWA から刊行されていますが、斜陽の一途を辿る出版界で牙を剥いた男が、業界全体にメスを入れるさまが描かれています。単行本も文庫本も、いずれも大泉洋の写真が使われています。それにしても、これだけの小説の主人公として当て書きされるとは大泉洋もすごいですね。その大泉が絡む相手は、松岡茉優佐藤浩市佐野史郎木村佳乃國村隼小林聡美、そして、リリー・フランキーという芸達者なクセモノ揃いの役者陣です。



この映画に登場する出版人たちは、みんな悪戦苦闘しています。100年以上の歴史と伝統を誇る文芸雑誌もライトなカルチャー誌も、いずれも存亡の危機にあります。大手出版社を支えるのは雑誌で、雑誌を支えるのが広告というのは常識ですが、今や雑誌広告もネットの津波の前で流されそうになっています。当然、雑誌は売れず、多くの出版社は経営が苦しくなる一方だと言えます。でも、本当に読みたい記事、インタビュー、小説などが掲載されていれば、人々は雑誌を買うはずですが、残念ながら雑誌が面白くなくなってきているのでしょう。



この映画には、何人かの作家も登場します。作家も生きにくい時代だと思います。読者の嗜好が細分化し、ベストセラーが生まれにくくなりました。わたしは小説は書きませんが、これまで100冊以上の本を書いてきました。その中には売れた本も売れなかった本もありますが、「売れる本を書いてやろう!」とか「印税で収入を増やしたい」などと思って書いたことは一度もありません。いつも、「この本を読んだ人が幸せになれるように」とか「少しでも世の中が良くなるように!」と思って書いてきました。



この映画では「面白さ」がキーワードになっています。小説も雑誌も「面白さ」がすべてであり、正義なのだというわけです。これは、わたしも同感です。「一条さんは、面白い本よりも、世の中を良くする本を書こうとしているのではないですか?」と言われそうですが、じつは、わたしは、世の中を良くすることほど面白いことはないと思っています。そして、人々を幸福にするコンテンツほど面白いものはないとも思っています。最近、つくづく痛感するのですが、儀式もグリーフケアも修活も死生観も『論語』も面白くて仕方がありません。



しかしながら、儀式やグリーフケアを面白いと思う人は特殊かもしれません。「堅苦しい」とか「暗い」などと思って避ける人もいるでしょう。そこで、わたしは方便を使います。読書や映画や名言などの方便を使って書いた『死を乗り越える読書ガイド』、『死を乗り越える映画ガイド』、『死を乗り越える名言ガイド』(いずれも現代書林)などがまさにそうですし、最近では、社会現象にまでなった「鬼滅の刃」という最強の方便を使って、『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)を書きました。幸い、それらの本は多くの読者を得ましたが、手に取って下さった方々は、自然と儀式とグリーフケアの重要性に気づく仕組みになっています。やはり、本を手に取ってもらい、読んでもらうためには「面白さ」は必要不可欠だと言えます。



「騙し絵の牙」の主演女優といえる松岡茉優が演じる新人編集者の高野は、町の書店の娘です。町の書店の存在は、アマゾンという巨大な存在によって風前の灯です。書店で売られるはずの書籍そのものも、ネット化の嵐の中でオワコンと見られがちです。映画評論家の大塚史貴氏は、この映画について、映画.comで「出版人たちは悪戦苦闘している。書店に行かなくても簡単に自宅に欲しい本が届く時代にはなったが、それでも書籍、雑誌、それらを扱う書店の存在は人々に心のゆとりをもたらし、必要不可欠なものだと言い切ることができる」「すべては効率化を優先させていくなかで、人の温もりが残ったものが如何にして生き残っていくのかという普遍的なテーマも内包されている」と書いています。効率化を優先させるなら、冠婚葬祭なども存亡の危機にあると考えられがちですが、わたしはぞうは思いません。冠婚葬祭は不滅であると考えています。

 

 

瀕死の業界を生存させるのためは「孝」の思想が必要です。陽明学者の安岡正篤が、儒教の重要コンセプトである「孝」の意味も明快に解説しています。世界的ベストセラーになった“The age of discontinuity”というドラッカーの著書が『断絶の時代』のタイトルで翻訳出版されたとき、安岡は言いました。「断絶」という訳語はおかしい、本当は「疎隔」と訳すべきであるけれども、強調すれば「断絶」と言っても仕方ないような現代である、と。そして安岡は、その疎隔・断絶とは正反対の連続・統一を表わす文字こそ「孝」であると明言しているのです。「老」すなわち先輩・長者と、「子」すなわち後進の若い者とが断絶することなく、連続して1つに結びます。そこから「孝」という字ができ上がったというのです。「老」+「子」=「孝」というわけです。

孔子とドラッカー新装版』(三五館)

 

一般に「孝」というと親孝行を連想します。先輩・長者の一番代表的なものは親ですから、親子の連続・統一を表わすに主として用いられるようになったのです。拙著『孔子とドラッカー新装版』(三五館)でも紹介しましたが、安岡は「人間が親子・老少、先輩・後輩の連続・統一を失って疎隔・断絶すると、どうなるか。個人の繁栄はもちろんのこと、国家や民族の進歩・発展もなくなってしまう」と述べています。この「孝」こそは、ドラッカーの「継続」と「変化」という企業発展のための2大要素を一語で表現したものだったのです。継続と変化、すなわち「孝」の思想さえあれば、出版業も書店業も冠婚葬祭業も存続していきます。そして、そこに共通して求められるのは人の「心をゆたかにする」という志ではないでしょうか。

 

企業とは何か

企業とは何か

 

 

最後に、出版社は企業です。映画「騙し絵の牙」の冒頭、出版社である薫風社の社長が急死し、そこから物語がスタートしますが、その後の社内での権力闘争の中で、亡くなった先代社長の遺志が影響力を持つ場面が多々ありました。ドラッカーには『企業とは何か』という初期の名著がありますが、「企業」という概念は「孝」という「生命の連続」に通じます。世界中のエクセレント・カンパニー、ビジョナリー・カンパニー、そしてミッショナリー・カンパニーには、いずれも創業者の精神が生きています。エディソンや豊田佐吉やマリオットやデイズニーやウォルマートの身体はこの世から消滅しても、志や経営理念という彼らの心は会社の中に綿々と生き続けているのです。

ミッショナリー・カンパニー』(三五館)

 

重要なことは、会社とは血液で継承するものではなく、思想で継承すべきものであるということです。創業者の精神や考え方をよく学んで理解すれば、血のつながりなどなくても後継者になりえます。むしろ創業者の思想を身にしみて理解し、指導者としての能力を持った人間が後継となったとき、その会社も関係者も最も良い状況を迎えられるのでしょう。逆に言えば、超一流企業とは創業者の思想をいまも培養して保存に成功しているからこそ、繁栄し続け、名声を得ているのではないでしょうか。今年で創立55周年を迎えるわが社も、創業者の使命感や志というものを忘れずにいたい・・・・・・映画「騙し絵の牙」を観て、最後にそんなことを思いました。

 

2021年4月5日 一条真也

ありがとう、池江選手!

一条真也です。
こんなに感動したことはありません。
白血病で長期療養していた競泳の池江璃花子選手がなんと日本選手権で優勝し、東京五輪出場を決めたのです。

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テレビ朝日サンデーステーション」より

 

4日、東京オリンピックの代表選考を兼ねた競泳の日本選手権第2日は、五輪会場の東京アクアティクスセンターで行われました。女子100メートルバタフライ決勝は、白血病で長期療養していた池江璃花子選手(ルネサンス)が57秒77で3年ぶりの優勝を果たしました。400メートルメドレーリレーの派遣標準記録(57秒92)も突破し、リレーメンバーとしての東京五輪出場も決定。

f:id:shins2m:20210404210948j:plainテレビ朝日サンデーステーション」より 

 

優勝とタイムを確認した池江選手は、涙が止まりませんでした。プールから出た後、無観客ながらスタンドで応援していた関係者に両拳を握って感謝を意を示しました。その後も、しばらく声を上げて泣いていました。この姿を見て、貰い泣きしない人はいないと思います。優勝インタビューで、池江選手は「まさか、100で優勝できると思ってなかったですし、5年前の五輪選考会よりも、ずっと自信もなかったし。自分が、勝てるのは、ずっと先のことだと思ってたんですけど、勝つための練習もしっかりやってきましたし、最後は『ただいま』って気持ちで入場してきたので、自分がすごく自信なくても、努力は必ず報われるんだなと思いました」と語りました。

f:id:shins2m:20210404210956j:plainテレビ朝日サンデーステーション」より

 

3年ぶりとなった日本選手権で、池江選手は4種目にエントリーしました。最初の種目が“本職”の100メートルバタフライでした。3日は予選を全体2位で、準決勝を同3位で通過していました。準決勝の後には「しっかり上位に食い込めるように。今の自分は前から言っている通り、この東京五輪がメインではないので、しっかり経験を積んで、準決勝よりも速いタイムで泳げたらいいな」と冷静に話していました。24年パリ五輪を大目標に掲げており、東京五輪はその途上にある位置付けで臨んでいたのです。

f:id:shins2m:20210404210505j:plainテレビ朝日サンデーステーション」より

 

誰もが「天国から地獄へ」という言葉を思い浮かべた白血病の発症のとき、日本中が彼女の治癒と復帰を願いました。でも、東京五輪に出場できると思った人はいないはずです。白血病はそんなに簡単な病気ではないからです。でも、新型コロナウイルスの感染拡大のために五輪は1年延長され、奇跡が起きました。池江選手は、がんと闘うすべての患者、そしてコロナ禍で困窮するすべての人に勇気と希望を与えました。すごいです。

f:id:shins2m:20210404210540j:plainテレビ朝日サンデーステーション」より

 

当ブログの読者の方ならご存じでしょうが、わたしは東京五輪中止論者です。でも、「池江選手の晴れ姿が見れるなら、開催してもいいか」という考えになりました。わたし以外の中止論者も、そう考えた人が多いのではないでしょうか。現在は国民の大多数が東京五輪開催に反対ですが、今回の奇跡によって、国内の世論が「開催賛成」に一気に向かうかもしれません。これも、すごいことです。どんな政治家よりも、ジャーナリストよりも、アスリートである池江選手が流れを変えるとしたら素晴らしいことです。

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奇跡の直後、涙が止まりませんでした

 

「人は心が原動力だから」というのは、社会現象を起こした「鬼滅の刃」の主人公・竈門炭治郎のセリフですが、池江選手がそれを見事に証明してくれました。これほど強い精神力を初めて見ました。それにしても、「努力は必ず報われるんだな」という言葉をこれほどの説得力をもって語った日本人が他にいたでしょうか。コロナ禍で苦しむすべての人へのメッセージだと思います。この言葉を20歳の若い女性が語ったのです。本当に、すごいです。感動で、涙が止まりません。池江選手には、心から「おめでとう!」、そして「ありがとう!」を言いたいです。


2021年4月4日 一条真也

「ホムンクルス」

一条真也です。
日本映画「ホムンクルス」を観ました。主演が綾野剛というので楽しみにしていたのですが、映画そのものが面白くありませんでした。途中で睡魔と戦うのが大変でした。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
山本英夫のコミックを、『ドクター・デスの遺産ーBLACK FILEー』などの綾野剛を主演に迎えて実写化したミステリー。ある手術を受けたホームレスが、それを機に他人の深層心理を視覚化して見ることが可能になってしまう。監督を務めるのは『犬鳴村』などの清水崇。『カツベン!』などの成田凌、『愛がなんだ』などの岸井ゆきのに加え、石井杏奈内野聖陽らが共演する」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「記憶と感情をなくした状態で、高級ホテルとホームレスがひしめく公園のはざまで車上生活を送る名越進(綾野剛)。そんな彼の前に医学生の伊藤学(成田凌)が現れ、頭蓋骨に穴を開け第六感を芽生えさせるトレパネーション手術を報酬70万円で受けないかと持ち掛ける。手術を受けた名越は、右目だけをつむると人間が異様な形に見えるように。伊藤は異形たちをホムンクルスと名付け、他人の深層心理が視覚化されて見えているのだと説明する」


わたしは綾野剛という俳優を非常に買っているのですが、彼が最近主演したブログ「ヤクザと家族 The Family」で紹介した映画は素晴らしい名作でしたが、「ホムンクルス」には失望しました。これは綾野の責任ではなく、脚本が悪いです。原作コミックは読んでいませんが、原作が悪い可能性もあります。記憶喪失のホームレスがアメックスのブラックカードを使いこなしているとか、新宿の歌舞伎町でヤクザの親分にぶつかったら小指を詰めされそうになるとか、ディテールがあまりにも杜撰というか、リアリティのない設定が多いのです。わたしは、ファンタジー、ホラー、SFといった非日常の物語を好みますが、そういうウソの物語ほど細部にはリアリティが必要であると思っています。この映画は、その点がまったくダメでした。


他人の姿が異常に見える話というのは珍しくありません。イギリスの小説家J・D・ベレスフォードの怪奇短編「人間嫌い」(創元推理文庫怪奇小説傑作集2』に収録)が有名です。楳図かずお高橋葉介にも、相手の「真実の姿」を見る能力を得てしまった男の話を描いた短編マンガがありました。映画「ホムンクルス」は、人間のトラウマをテーマとしています。「トラウマ」を初めて提唱したのは、ジークムント・フロイトです。彼によれば、性的虐待の記憶の耐えられない苦痛から発生した「抑圧された記憶」は無意識の領域に封印され、それが意識に影響を与え続けるのだといいます。フロイトは1896年に『ヒステリーの病因について』を発表し、ヒステリー患者の女性は幼児期の性的虐待がトラウマ→心的外傷となり精神疾患を引き起こすとする「誘惑理論」を公表しました。

 

自我論集 (ちくま学芸文庫)

自我論集 (ちくま学芸文庫)

 

 

その後、フロイトは問題の説の転換のさらに後にその説を再び変化させ、内在化された社会的な禁令(タブー)に目を向けるようになります。1923年、フロイトは『自我とエス』を発表。深層心理の考えに基づいたそれまでの「意識」「前意識」「無意識」から変化し、新たなる「超自我」「自我」「エス」の局所論的観点を唱えます。それによると、社会的禁令が内面化されたものが「超自我」と呼ばれるものであり、人間が欲動に駆られた際に、それと反発する超自我との葛藤が起こり、これにより精神が不安定になるのだといいます。つまり、リビドーの抑圧が精神の不安を引き起こすのではなく、精神の不安こそが抑圧を引き起こすと自らの説を訂正したのです。


映画「ホムンクルス」には、さまざまなトラウマが登場し、それがトラウマの持ち主である人間を異形の存在(ホムンクルス)に変えるのですが、正直言って、変てこなトラウマが多かったです。少年時代に親友の小指を鎌で切り落としてしまい、そのトラウマからヤクザの親分になったとか、大病院の院長が金魚鉢に一匹の金魚を飼うことだけが唯一の趣味とか、これもリアリティのない話のオンパレードで、観ていてイライラしました。なんで、大病院の院長の趣味が一匹の金魚の飼育なのでしょうか。大きな池に高価な錦鯉をたくさん飼ってもおかしくないのに。言わせてもらえれば、ブラックカードといい、高級ホテルでの食事といい、すべて描き方が貧乏くさいといか、本当の金持ちを知らないなと思いました。


タイトルの「ホムンクルス」というのは、もともとラテン語で「小人」という意味ですが、ヨーロッパの錬金術師が作り出す人造人間および作り出す技術のことを指します。ルネサンス期の錬金術パラケルススの著作『ものの本性について』によれば、ホムンクルスの製法は蒸留器に人間の精液を入れて(それと数種類のハーブと糞を入れる説もある)40日密閉し腐敗させると、透明でヒトの形をした物質ではないものがあらわれます。それに毎日人間の血液を与え、馬の胎内と同等の温度で保温し、40週間保存すると人間の子供ができます。ただし体躯は人間のそれに比するとずっと小さいといいます。ホムンクルスは生まれながらにしてあらゆる知識を身に付けているとされますが、フラスコ内でしか生存できないとか。パラケルススホムンクルスの生成に成功したとされますが、彼の死後、再び成功した者はいなかったといいます。

 

 

キリスト教では、ホムンクルスを製造する技術は創造主である神・ヤハウェの領域に人間が足を踏み入れるものとして恐れられています。映画「ホムンクルス」には、頭蓋骨に穴を開けると第六感が芽生えるという「トレパネーション手術」が登場しますが、これは明らかに「ロボトミー手術」がモデルでしょう。ブログ『禍いの科学』で紹介したポール・A・オフィットの著書の第5章「心を壊すロボトミー手術」では、かつて、精神外科の名のもとに爆発性精神病質などの診断を受けた患者に対し、情動緊張や興奮などの精神障害を除去する目的で前頭葉白質を切除する手術(ロボトミー)が実施されていたことが紹介されます。

 

発案者のエガス・モニスが考案した「モニス術式」が有名です。これは、患者の術両側頭部に穴を明け、ロボトームという長いメスで前頭葉を切るスタイルでした。オフィットは、「モニスが考えていたのは、2ヵ所の前頭葉を完全に除去する前頭葉切除術ではなかった。彼が思い描いていたのは、脳から前頭葉の白質だけを切り離す(切断)手術だった。白質は神経線維が多く白く見えることからこのような名前で呼ばれるが、のちにモニスは、ギリシャ語で白を意味する『leuko』と、ナイフを意味する『tome』にちなんで、この手術をロイコトミー(leucotomy)と命名した」と説明しています。モニスの手術は大西洋を渡って米国に伝わり、ロイコトミーは「ロボトミー」という名前で呼ばれるようになりました。



手術の考案者としての権利を主張するため、モニスは20人の患者についての248ページの主題論文を発表しました。7人が治癒し、7人は症状が大幅に改善され、6人には変化が見られませんでした。オフィットは、「こうして、精神外科という新たな医療分野が誕生した。これは『大きな前進』だとモニスは述べたもはや患者は、情緒不安や不安発作、幻覚や妄想、躁やうつの状態に悩まされることがなくなるのだ。1930年代後半に入ると、ロボトミーキューバ、ブラジル、イタリア、ルーマニア、米国で行われるようになった。しかし、ポルトガルではロボトミー手術は禁止された。最初にモニスとリマに患者を紹介していた精神科医は、それ以上の患者の紹介を断った。まもなく、ポルトガルの他の精神科医も患者をよこさなくなった。手術が招く結果を誰もが恐れていた」と述べます。



20世紀半ばまでに、ロボトミー手術は米国の文化においても非常に重要な位置を占めるようになりました。例えば、ロバート・ペン・ウォーレンの小説『すべての王の臣』(1946年)、テネシー・ウィリアムズの戯曲『去年の夏突然に』(1958年)、映画では「素晴らしき男」(1966年)、「猿の惑星」(1968年)、「時計じかけのオレンジ」(1971年)、「電子頭脳人間」(1974年)、「カッコーの巣の上で」(1975年)、「女優フランシス」(1982年)、「レポマン」(1984年)、「ホールインワン(日本未公開)」(2004年)、「アサイラム 狂気の密室病棟」(2008年)、音楽ではラモーンズの「ティーンエイジ・ロボトミー」(1977年)などにロボトミー手術が登場します。2000年代の初めには、ロボトミー手術はもはや病院が患者をコントロールするための道具として描かれることはなくなり、ホラー映画に登場するようになりました。



2008年の「アサイラム 狂気の密室病棟」では、改装されたばかりの学生寮にやってきた6人の大学の新入生が、この建物が以前は精神病院だったことを知ります。回想シーンには、ベッドに縛りつけられた少年、有刺鉄線でできた拘束服を着せられた少女、眼窩からアイスピックが突き出した少年、小型のハンマーを手にした高圧的な背の高い男などが登場します。オフィットは、「この最後の人物が登場する場面が、おそらくは一番恐ろしい。なぜなら、この身の毛のよだつような恐ろしい場面は、現実に起こったことだからだ。そのような経験をした少年、ハワード・ダリーは、のちに自らの経験を本に書いた。ダリーのロボトミー手術を行ったのは、ウォルター・フリーマンだった。『アサイラム 狂気の密室病棟』のような映画は、ある評論家に言わせれば、『外科医をホラー映画の登場人物にするには、私たちが彼らに抱く信頼をちょっと変化させるだけでいい』ことを示している」と述べています。


映画「ホムンクルス」でトレパネーション手術に異常な執念を燃やす医学生の伊藤学は、ロボトミー手術におけるモニスを彷彿とさせるようなマッド・サイエンティストですが、彼を演じているのが成田凌です。じつに狂気溢れる名演技でした。成田は、ブログ「スマホを落としただけなのに」ブログ「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」で紹介した中田秀夫監督の映画でも狂気の殺人鬼を熱演しています。中田秀夫といえば「リング」シリーズ、「ホムンクルス」の清水祟監督といえば「呪怨」シリーズで知られ、ともにJホラーの巨匠です。その2人から筋金入りの狂人の役で使われるとは大したものです。その成田亮は、現在、NHKの朝ドラ「おちょやん」に出演し、人気者になっています。また、「まともじゃないのは君も一緒」というラブ・コメディに清原果耶とW主演しています。なんだか柄じゃないような気もしますが、まあ、「まともじゃない」という点では一貫しているのでしょうか?(苦笑)

 

2021年4月4日 一条真也拝 

『グレート・リセット』

グレート・リセット ダボス会議で語られるアフターコロナの世界

 

 一条真也です。
グレート・リセット』クラウス・シュワブ&ティエリ・マルレ著、藤田正美&チャールズ清水&安納令奈訳(日経ナショナル ジオグラフィック社)を読みました。「ダボス会議で語られるアフターコロナの世界」世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長とオンラインメディア『マンスリー・バロメーター』の代表ティエリ・マルレが、コロナ後の世界を読み解いた本です。2020年に世界を覆ったパンデミックは、それまでに起きつつあった変化を劇的に加速しました。もう元には戻れません。「マクロ」の視点、「産業と企業」の視点、「個人」の視点それぞれから、次に来る新しい世界を提示します。いま何が起きているのか、これから何が起きるのかを、俯瞰して知るのに最適な1冊です。

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本書の帯

 

本書の帯には「持続可能な」「変化の予想図」と大書され、「もう元には戻らない」「7カ国で出版!」と書かれています。カバー前そでには、「迫り来る難問の数々は、これまで誰もが想像しようともしなかったような悲惨な結果をもたらすかもしれません。しかし、私たちがもう一度すべてをやり直そうとする力を、これまで考えもしなかった規模と連帯感で結集すれば、そのような無残な結末を迎えないようにすることも可能なのです。(「緊急出版にあたって」)」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「緊急出版にあたって」
「はじめに」
1.マクロリセット
1.1概念の枠組:現代社会をあらわす3つのキーワード
1.2 経済のリセット
1.3 社会的基盤のリセット
1.4 地政学的リセット
1.5 環境のリセット
1.6 テクノロジーのリセット
2.ミクロリセット(産業と企業)
2.1 ミクロトレンド
2.2 産業のリセット
3.個人のリセット
3.1 人間らしさの見直し
3.2 心身の健康
3.3 優先順位を変える
「謝辞」
「参考文献」
「著者紹介」



「緊急出版にあたって」の冒頭は、「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が世界中で蔓延してからというもの、国家の統治から、人々の暮らし方、果ては世界経済への参加の仕方に至るまで、これまで通用してきたありとあらゆる筋書きが文字通りずたずたに引き裂かれてしまった」と書きだされています。また、本書の主たる目的は、さまざまな分野や領域で何が起ころうとしているかを理解するための指標になることだとして、「初版(英語版)が発行された2020年7月時点では、まだ世界でコロナ危機がどうなるかは不透明な状況が続いていた。そのため、本書は、同時進行形のエッセイとしての側面と、歴史の重要な岐路に立ち合う瞬間を切り取った学術的なスナップショットとしての側面を併せ持つハイブリッドな本となった。数々の理論や実例を紹介しているが、大部分は、このパンデミックが終息した後の世界がどのような形になりそうなのか、あるいはどうなるべきかを、数多くの推察や発想を交えながら解説している」と書かれています。



さらに、「2020年7月上旬、私たちはこんな議論をしていた。われわれは今、岐路に立っている。一方の道は、よりよい世界に導いてくれる。より寛容で、より公平で、母なる自然に対してより畏敬の念を抱くような世界だ。もう一方の道は、ついこの前やっとの思いで脱出してきた世界に逆戻りする道だ。それだけではない。その先にあるのは、前よりももっとひどい、不快な驚きが次から次に襲ってくるような世界だ。だからこそ、われわれは正しい道を選択しなければならない。迫り来る難問の数々は、これまで誰もが想像しなかったような重大な結果をもたらすかもしれない。しかし同時に、われわれは世界をもう一度リセットとする力を、これまで考えもしなかった規模で結集することもできるのだ」と書かれています。



「はじめに」では、「多くの人がこう考えている。いつになったら、ノーマルな生活に戻れるのだろうと。シンプルに答えよう。戻れないのだ。戻る先が、危機の前はごく当たり前だった、いまや『打ち砕かれた』日常を指すなら、何も元通りにはならないのである。なぜなら、パンデミックを機に、世界の方向性が根本的に大きく変わるからだ。これを巨大な分岐点と呼ぶアナリストもいれば、『聖書に描かれたような』深刻な危機という人もいるが、要点は同じだ。(中略)私たちはまだまだ、あまりにもはやい変化や想定外の性質に驚き続けることになる。変化が変化を呼び、それが第2、第3、第4、と副次的な結果を生み、その影響や想定外の結果が雪崩のように大きくなっていく。そこからやがて、『新しい日常』が形作られるが、これは私たちが過去のものにしようとしているかつての日常とは決定的に違うものだ。この過程では、世界の未来、あるいは今後あるべき姿についての信念や予想の多くがあっけなく覆される」と書かれています。



権力にとって、疫病を封じこめる手段は、いつも政策のひとつとして用意されていました。COVID-19拡大予防のために世界のほとんどで導入された自宅隔離やロックダウンは何ら目新しいものではなく、何世紀も前から、ごく当たり前に行われてきたとして、「自宅隔離という対策が初めて講じられたのは、1347年から1351年にかけて、ヨーロッパ全土の3分の1の人々の命を奪った黒死病の流行を食い止めようとしたときだ。quarantine(隔離)という英語の語源はイタリア語のquarantaすなわち『40』だ。40日隔離するというこの日数は、何を阻止しようとしているのか当局にも分からないまま定められた。とはいえこの隔離は、初期の『制度化された公衆衛生』のひとつであり、これを機に近代国家の『権力の強化』につながっていく。40日という日数には医学的根拠はなく、象徴的・宗教的な理由で決まった。新約・旧約両方の聖書にはよく、浄化という文脈で40という数字がでてくる。たとえば、四旬節や創世記にある洪水が引くまでの日数も40日だ」と書かれています。

 

1.「マクロリセット」の1.1「概念の枠組み:現代社会をあらわす3つのキーワード」の1.1.1「相互依存」の冒頭は、「もし、21世紀をたった一語で表せと言われたら、間違いなく『相互依存』になるはずだ。これはグローバリゼーションやテクノロジーの進歩に伴って生じた関係性で、社会を構成する要素の力学ともいえる。グローバリゼーションと技術的進歩が過去数十年の間に一挙に進んだことから、一部の評論家はこう決めつけた。世界は今や『ハイパーコネクテッド(ネットにつながる機会・手段の増大)』、つまり筋肉増強剤で強化された相互依存の変異型だというのである。では実際に、この相互依存とはどういう状態を指すのだろうか? 簡単に言えば、何もかもがつながっている『連結された』世界である。2010年代初頭、シンガポールの学者で元外交官のキショール・マブバニはこの現実を、船にたとえてこう述べた。『地球という惑星に住む70億の人々はもはや、100隻をはるかに超える船(国家)に別々に暮らしているのではない。全員が同じ1隻の船の193の客室で暮らしているのだ』。マブバニ自身の言葉によれば『かつてない規模の転換』である」と書きだされています。



1.1.2「スピード」では、「こうした相互依存を促進してきた「主犯格」は、テクノロジーの進歩とグローバリゼーションだ。またこの二つは、「急ぐ文化」も生んだ。実際、現代では、何もかもが昔よりかなり素早く動いていると言っても大げさではない。この、驚異的なスピードアップの原因を一つだけ挙げるなら、それは明らかにインターネットである。今や世界人口の半数以上(52%)がインターネットにつながっている。20年前は8%にも満たなかった。2019年には、世界中で15億台以上のスマートフォンが販売された。スマートフォンは、いつでも、どこでもつながるスピードの象徴でもあり、それを可能にするものでもある」と書かれています。



インターネット・オブ・シングス(IoT)で今、リアルタイムに220億台もの機器(車、病院のベッド、電力網、給水ポンプ、台所のオーブン、農業の潅漑システムなど)が接続されています。2030年には、これが500億台を上回ると見られているが、もう1つ、スピードへのこだわりの原因とされるのが「希少性」という要素であるとして、「社会が豊かになるにつれ、時間はますます貴重になる。すると、時間は今まで以上に足りなくなる。これを裏付けるような調査結果もある。豊かな都市の住人は、貧しい町の住人よりも、必ず早足で歩くという。豊かな人々はぐずぐずしていられないのだ!」と書かれています。



1.1.3「複雑性」では、パンデミックとは複雑で順応性のある1つのシステムであり、いろいろな要素や(生物学から心理学に至るまでいろいろな)情報から成り立っているとして、「その動きは、企業、経済政策、政府の介入、医療政策あるいは国のガバナンスといった変数で変わってくる。このため、パンデミックは刻々と変化する条件に適応していく『生きたネットワーク』と考えられるし、そう考えるべきだ。変わらないものではなく、複雑で適応力があり、相互作用で成り立つシステムである。複雑なのは、『あやとり』のように相互依存と相互接続で成り立っているからだ。さらに、その『動き』は結節点(組織や人の)の間で起きる相互作用によって左右されるという意味では適応力がある。ただ結節点にストレスがかかっているときには混乱するし、御しがたいものになる(自宅隔離という規範に慣れるのか、大多数の人はルールに従うのか従わないのか、問題が生じたときだ)。複雑で適応力のあるシステムを管理する(たとえばパンデミックを封じ込める)には、非常に多くの領域間で、継続的かつリアルタイムかつ柔軟な協調が求められる。同じように領域の中にあるさまざまな分野間の協調も必要だ」と書かれています。

 

1.2「経済のリセット」の1.2.1「COVID-19の経済学」の1.2.1.2「命を犠牲にしてでも経済を守るべきという経済論の誤り」では、「このパンデミックを通じて、『命を守るべきか、それとも経済を守るべきか』という『生命vs.生活』論争がまた始まった。しかし、こうしたトレードオフの議論は的外れだ。経済の視点から見て、公衆衛生と経済成長のどちらかを選択しなければならないという神話は簡単に覆すことができる。経済を救うために一部の命を犠牲にするという重要な倫理的問題は、ダーウィン社会進化論の命題の1つかもしれないが、それはさておき、命を守らないという決断をしても、経済は改善されないのである」と書かれています。



さて、「命を守らないという決断をしても、経済は改善されない」理由は以下の2つだといいます。
1つ目は、「まずは供給サイドだ。さまざまな規制やソーシャルディスタンシングのルールを状況が整わないのに緩めれば、再び感染が拡大する(大多数の科学者はそう考えている)。そうなると、より多くの従業員や労働者が感染し、操業できなくなる企業も増える。2020年にパンデミックが発生した後、この説が正しいことが何回か実証されている」ということ。2つ目は、「一方、需要サイドはどうか。この議論は、結局のところ、最も根底にあり、かつ基本的に経済を決定している感情の問題となる。経済を実際に動かすのは消費者の感情なのだから、安全であると確信しない限り、どのような形でも『平常』には戻らない。安全に対する個人の見方が、消費行動や経営判断を左右する。経済が持続的に回復するには、2つの条件が必要だ。1つはパンデミックが終わったと確信できるようになること。この確信がなければ、消費も投資も戻らない。もう1つは、全世界がこのウイルスに打ち勝ったことを示す証拠だ。この証拠を見せられてはじめて、人々はまず自分たちが安全になったと感じ、次第に他の場所も安全だと思えるのである」ということ。

 

命の経済~パンデミック後、新しい世界が始まる
 

 

経済学者も公衆衛生の専門家も、「命を救わない限り、生活は守れない」と言っています。すなわち、経済回復を可能にするのは人々の健康を中心に据えた政策以外にないことは明白なのです。さらに彼らは、「もし政府が国民の命を守ることに失敗すれば、ウイルスを恐れる者は誰も買い物や旅行や外食を再開しようとはしない。そうなれば、ロックダウンしていようがいまいが、経済の回復は進まない」とも語っています。そして、本書には「新型コロナウイルス感染症によって多くのものが寸断されてしまった今、社会延滞がここで一度立ち止まり、本当に価値があるものは何かを冷静に見つめ直す契機が訪れた」と書かれています。この問題については、ブログ『命の経済』で紹介したジャック・アタリの著書を読むと理解が深まるでしょう。


1.3「社会的基盤のリセット」では、歴史的に、数多くのパンデミックは社会そのものを試す試金石であり、2020年の新型コロナウイルス感染症も例外ではないとして、「この感染症によって、経済や地政学的な激動にも匹敵する大きな変動が社会そのものにももたらされた。この混乱は今後何年も、ことによると何十年にもわたって続くだろう。こうした状況ですぐに出てくる明らかな影響は、多くの政府が批判されるということだ。パンデミックへの対応で能力や準備の不足を露呈した政策決定者や政治家に怒りの矛先が向けられる」と書かれています。アメリカの元国務長官ヘンリー・キッシンジャーは、「国民が一枚岩となって国家が繁栄するには、政府が災難を予見し、影響を食い止め、平安を回復できると信じられていればこそだ。新型コロナウイルスパンデミックが終息したときには、多くの政府が対応に失敗したと見なされるだろう」と述べました。



キッシンジャーの発言は、一部の豊かな国々にとくに当てはまります。進んだ医療制度、研究、科学技術、イノベーションの資産を十分に持ちながら、他国に比べて対応がかくもお粗末だったのはなぜなのかを、国民に問われることになるとして、「そうした国では、社会構造と社会経済システムの本質が浮き彫りとなり、それが多数の国民の経済的・社会的福祉を保証できなかった『真犯人』だと糾弾されるかもしれない。より貧しい国では、今回のパンデミックによって社会コストの面で大きな犠牲を強いられるだろう。コロナ危機が、従来の社会的課題、とくに貧困、不平等、政治の腐敗を悪化させ、場合によっては社会活動(個人や集団間の交流)および社会基盤の崩壊といった深刻な結果を招く可能性がある」と書かれています。



もちろん、各国で社会基盤のリセットがどのような形で生じるのか、ある程度の正確性をもって示すには時期早尚です。しかし、大まかで包括的な輪郭はすでに描くことができるとして、「とりわけ第一に言えることは、パンデミック後には、富裕層から貧困層へ、そして資本家から労働者への大規模な富の再分配が生じるということだ。第二に、今回のパンデミックは、新自由主義の終焉を告げるものとなりそうだ。新自由主義は、連帯よりも競争、政府介入よりも創造的破壊、社会福祉よりも経済成長を重んじると大まかに定義される概念や政策の集成である。新型コロナウイルス感染症が広がる数年前から、新自由主義の「市場崇拝」を多くのコメンテーターやビジネス界や政界の指導者が非難するようになっていて、最近は衰退傾向にあったが、新型コロナウイルス感染症がそのとどめの一撃を与えた。過去数年にわたって新自由主義的な政策を最も熱烈に信奉してきた二つの国、アメリカとイギリスでパンデミックの死者数が最も多くなったのは偶然ではあるまい。大規模な富の再配分と新自由主義との決別という二つの流れが同時に生じることで、不平等がもたらす社会不安から、政府の役割の拡大、そして社会契約の再定義に至るまで、社会組織に決定的な影響が生じるだろう」と述べられています。



このパンデミックの第一の意義は、社会階層によってリスクの大きさに驚くほどの差があることを浮き彫りにし、社会の不平等というマクロ的な課題を可視化したことだと指摘され、「ロックダウン中、同じような光景が世界のあちらこちらで見られ、現実が露わになった。そこに浮かび上がったのは二分された世界である。上流や中流階級の人々は自宅でテレワークをし、その子どもたちも自宅で教育を受けられた(まずそれが可能であり、次に、より離れた住まいが安全と見なされたため)。それに対して仕事を持つ労働者階級は、外出を控えることも、自宅で子どもたちの勉強を監督することもできず、人々の命を(直接的あるいは間接的に)救い、経済を動かすために第一線で働いていた。病院を清掃し、レジを打ち、生活必需品を配送し、私たちの安全を守っていたのである」と述べられています。



パンデミックとロックダウンが明らかにした第二の意義は、生活に不可欠で本質的な価値のある仕事に対し、それに見合う報酬が支払われないという、根深い乖離が明らかになったことです。言いかえれば、社会が最も必要とする職業の人々に対する経済的評価が最も低いのであるとして、「パンデミックによって私たちが気づかされたのは、コロナ危機のヒーローやヒロインたち、感染者を看病し、経済を動かし続けてくれた人々が、最も賃金の低い職種であったという事実だ。看護師、清掃業者、配達員、食品工場や介護施設、倉庫の労働者などである。しかし、彼らの経済的、社会的な貢献は、ほとんど見過ごされている」と述べられています。



1.3.3「『大きな政府』の復活」では、マーガレット・サッチャー元英首相が、時代精神をとらえて「社会などというものはない」と宣言して以来、初めて政府が優位に立っていると指摘し、「パンデミック後の時代に起きることすべてが、私たちに政府の役割を見直すよう求めるだろう。政府は、市場が失敗したときに正すだけではなく、経済学者のマリアナ・マッツカートが提案するように、『持続可能で包括的な成長を果たせるような市場を積極的に形成するべきだし、政府が資金を提供する企業とのパートナーシップは、利益ではなく公益を目的とするべきだ』」と述べています。



1.3.4「社会契約」では、若者の現状改革主義は、過去には不可能だったレベルまで動員力が高まったソーシャルメディアにより大きく変容し、世界中に広がっているとして、「彼らが取る行動形式は、組織化されない政治運動からデモや抗議活動まで多岐にわたり、取り上げる問題も、気候変動、経済改革、男女平等、LGBTQの権利など、多様化している。彼らは確実に社会変動の先陣を切っている。若い世代こそが変化の起爆剤となり、グレート・リセットに強力な勢いをつける重要な原動力となることは間違いない」と述べられています。



1.5「環境のリセット」では、環境とパンデミックは一見、遠い親戚のような離れた関係でしかないように見えますが、じつは、わたしたちが思っているよりもはるかに密接に絡み合っているとして、「これまでも両者は予想できない独特の形で相互に作用してきたし、これからも同じだ。たとえば、生物多様性が減ると感染症にどのように作用するか、パンデミックが気候変動にどんな影響を与え得るかなどを考えると、人類と自然が、危うさを伴う微妙なバランスと複雑な相関関係の上に成り立っていることが分かる。さらに、グローバルリスクから見れば、パンデミックに並ぶ重大なリスクとしてすぐ思い浮かぶのが、気候変動と生態系の崩壊という2つの重大な環境リスクだ。この3つはいずれも、程度の差はあれ、人類の存続を危うくする性質の脅威である。本格的な気候変動と生態系の崩壊が起こればこの惑星がどのような姿になるかを、新型コロナウイルス感染症が経済的視点から垣間見せてくれているのかもしれない」と書かれています。



1.5.1「新型コロナウイルスと環境」の1.5.1.1「自然と人獣共通感染症」では、動物から人間に移る感染症のことを人獣共通感染症といいますが、人獣共通感染症が近年大幅に増加していることは、大多数の専門家や自然保護活動家の間の共通認識だとして、「その原因としてとりわけ取り沙汰されているのが森林破壊(二酸化炭素の排出量増加ともリンクする現象)で、動物と人間の接近や汚染のリスクを高める要因にもなっている。世界中の研究者たちは長年、熱帯雨林や豊かな野生生物などの自然環境がデング熱、エボラ、HIVなど、人類を脅かす新型ウイルスや病原体の主な発生源であり、人類にとって大きな脅威だと考えてきた。しかし今や、この考え方は誤っていて、因果関係が逆だとされている」と述べられています。

 

 

 『スピルオーバー』の著者デビッド・クアメンは、「人間はこれまで、多様な動物や植物の種が生息する熱帯雨林やその他の大自然を侵略してきた。そうした動植物の体内には、未知のウイルスが数多く潜んでいる。私たちは木を伐採し、動物を殺すか艦に入れ、市場に送る。生態系を破壊し、ウイルスを自然宿主から解放してしまう。解き放たれたウイルスは、新たな宿主を探さなくてはならない。その時、選ばれるのが、多くの場合、私たち人間なのだ」と述べています。今ではますます多くの科学者が、人間による生物多様性への破壊行為が、SARS-CoV-2のような新型ウイルスを解き放つ原因だということを示すようになりました。こうした研究者たちは「プラネタリー・ヘルス」という新しい学問の領域に集まっています。そこで人類の幸福と、他の生存種やすべての生態系の間に存在する微妙で複雑なつながりについて研究するのですが、その結果、生物多様性を破壊するとパンデミックの数が増えるということが明らかになりました。

 

1.6「テクノロジーのリセット」の1.6.2「接触確認、接触追跡と監視」では、全世界には現在、約52億台のスマートフォンがあり、その1つ1つにもしかしたら、感染した人や場所、それにほとんどの場合、感染源まで特定できる機能を備えられるかもしれないとして、「これが、人類史上前例のないチャンスであることが、アメリカとヨーロッパでそれぞれロックダウン期間中に行われたいくつもの調査結果で裏付けられているようだ。(非常に限られた分野とはいえ)公的機関によるスマートフォン追跡を支持する人が増えている。しかし、政策の細かい部分やその施行には落とし穴が付き物だ」と書かれています。



「デジタル追跡は義務か、任意か」、「データ収集は匿名ですべきか、個人ベースですべきか」、「情報収集は非公開で行うか、公開で行うべきか」という問いに答えようにも、その判断には実に多彩な濃淡があるため、集団の意見をまとめ、デジタル追跡統一モデルの合意を得るのは至難のわざだとして、「こうしたもろもろの疑問やそれがもたらす不安は、経済活動を再開してすぐに社員の健康状態を監視する企業が現れたことでさらに強まった。こうした企業は、このパンデミックが長引いたり、また新たなパンデミックが起きるという恐怖が表面化してきたりすればもっと増えるだろう」と述べられています。



1.6.3「ディストピアのリスク」では、17世紀の哲学者で、生涯を通じて圧政的な権威に反発したスピノザの「希望のない恐怖はないし、恐怖のない希望もない」という有名な言葉が紹介され、「ここに、不可避であることなど何もないし、良い結果も悪い結果もバランスよく考えるべきだという言葉も添えたい。ディストピア的シナリオだからといって、破滅ではない。確かに、パンデミック後の時代には個人の健康と幸福がこれまで以上に社会で重視されるだろうから、『テクノロジーによる監視』という魔法使いを元の壺の中に戻すことはないだろう。しかし、個人、それに国家全体の価値や自由を犠牲にすることなく、テクノロジーの恩恵を管理し、存分に活かせるかどうかは、国家、そして国民の一人一人の心がけによる」と書かれています。



2.「ミクロリセット(産業と企業)」の2.1「ミクロトレンド」の2.1.1「デジタル化の加速」では、このパンデミックがピークを迎えていた時、オンラインとオフライン両方を備えることの重要性が注目され、ドア(水門と言った方がいいかもしれない)が開いて内と外が入れ替わり、O2O(オンラインからオフラインヘ)がビジネスを牽引する大きな力を得たことが指摘され、「絶え間なく外に向かって開いているサイバースペースで『私たちの世界は内と外が入れ替わり続けている』と著名なSF作家ウィリアム・ギブスンが指摘したように、オンラインとオフラインの区別を曖昧にするこの現象がコロナ危機以後の時代の最有力トレンドの1つとして浮上している。コロナ危機の下では、教育やコンサルティング、出版など、多くの経済活動をデジタルで行わざるを得ず、デジタルで『無重力』の世界に向かうことが、かつてない勢いで強いられたり、推奨されたりして、この反転現象が加速することになった。もうしばらくしたら、テレポーテーションがトランスポーテーションに取って代わったと言えるようになるかもしれない」と書かれています。



2.1.4「ステークホルダー資本主義とESG」では、過去10年ほどの間に起こった根本的な変化が、企業を取り巻く環境を大きく変えてしまったことが指摘されます。この変化によって、持続可能な価値を創造するには、ステークホルダー資本主義と環境・社会・ガバナンス(ESG)に配慮することがますます重要になったといいます。ESGは、ステークホルダー資本主義のものさしと考えることもできます。本書では、「従業員と地域社会の親善を育むことが、ブランドの評判を高める鍵となる。すすんで職場環境を改善し、従業員の健康と安全だけでなく職場での幸せに注意を払い、従業員を大切にしていると示すことがますます必要になる。企業が純粋に『善良』だからそうするのではなく、そうしないと、活動家(物言う投資家と社会活動家)の怒りを招いて、代償があまりにも高くなりかねないからだ」と書かれていますが、まったく同感です。特に、わが社のような冠婚葬祭互助会においてはESGが重要であると言えます。



3.「個人のリセット」の3.1「人間らしさの見直し」の3.1.1「現れるのは『よき本性』か・・・・・・それとも?」では、心理学者によると、世の中を突き動かすような出来事にはよくあることですが、このパンデミックもまた人の最良の面と最悪の面の両方を引き出すという意見を紹介し、「現れるのは、天使か、悪魔か? その証拠とは何だろう。最初は、パンデミックが起こったことで人の絆が深まったように見えた。たとえば2020年3月のイタリアの状況を思い出してみよう。その時期、この国は最悪の状態だった。報道を見た世界の人々は、このような印象を受けた。この国を新型コロナウイルス感染症による破滅的状況が呑みこもうとしている」と述べています。しかし、コロナ危機がもたらした数少ない、思いがけない良い面もありました。それは、団結して「戦おうとする姿勢」です。市民全員が強制自宅隔離になると、人々は以前よりも人助けに時間を割き、互いにいたわりあっているように見える実例が無数に見られ、このことで共同体意識が強まりました。



死者が1万人を超え、新型コロナウイルス感染症による破滅的状況にあったイタリアでは、著名なオペラ歌手が近所の住人のために自宅のバルコニーから歌を披露しました。また、医療従事者に敬意を表し、人々は毎晩声を合わせて歌いました(この現象はほぼヨーロッパ全土に広まった)。助け合いの精神や、困っている人を助けようとするさまざまな行動も見られました。本書には、「イタリアがある意味、手本を示したのだ。以来、強制自宅隔離の期間、世界各地で人や社会の驚くべき連帯感を示す、似たような例が幅広く現れた。至るところで、親切心や寛大さ、利他主義を表すちょっとした行動が常識になりつつあるように思えた。協力という概念、共同体を重んじる考え、社会の利益と思いやりのためなら、自分の利益を犠牲にする価値観が重んじられるようになった」と書かれています。



歴史を振り返ると、ハリケーン地震といった自然災害は人を団結させますが、パンデミックは逆に人を孤立させるといいます。自然災害はある日突然起き、破壊的ですが、普通はたちまち過ぎてゆきます。本書には、「人々は結束し、比較的早く立ち直ることが多い。ところがパンデミックはじわじわと長期間続くために、何かにつけ(他者に対して)疑心暗鬼になりやすい。その奥には、死への根源的な恐怖がある。心理学的に見ると、パンデミックが引き起こすものの中で最も本質にあるのは底知れぬ不透明感で、それが不安の原因となる。明日何が起きるか分からない(新型コロナウイルス感染症の次の波が来るのか? 大切な人が感染してしまうのではないか? 仕事をクビになるのではないか?)。何の保証もないことが人々を落ち着かなくさせ、悩ませる。人間は、本能的に確かさを求める生き物だ。そのため『認知的閉鎖』の状態を求める。つまり『いつも通り』にできなくなる不確実性や曖昧さを消せそうなことが必要になるのだ」と述べられています。

 

ペスト (新潮文庫)

ペスト (新潮文庫)

  • 作者:カミュ
  • 発売日: 1969/10/30
  • メディア: ペーパーバック
 

 

パンデミックという状況の下では、リスクは絡み合い、全体像がなかなか見えず、ほとんどのことがよく分かりません。だから、いざ直面すると、突然の自然災害(あるいは人災)でよくあるように他者を助けるのではなく、無駄なことをしなくなることが多い(つまり、報道によって一般的に知られている最初の印象とは真逆の現象である)といいます。本書には、「これが恥意識の根深い元になる。パンデミックの期間中、人々の行動や反応を突き動かす中心的感情になるのは、この恥意識だ。これは倫理観に基づく居心地の悪さのようなもので、後悔や自己嫌悪、『正しい』ことをしていないという淡い『不名誉』な感じが入り混じった不快な感情である。恥意識はこれまで、歴史上の疫病大流行を題材にした数々の小説や文学作品で描かれ、分析されている」と書かれています。



3.2「心身の健康」では、死亡者数や感染者数の発表、それに悲観的な話ばかりがしつこく報道され、センセーショナルな画像や動画も添えられていたため、自分自身や大切な人たちへの心配が人々の発想全体に広まっていたとして、「緊張が張り詰めたムードは、心の健康を容赦なくむしばんだ。メディアがあおる不安感は世間に広まりやすい。これらすべてが絡み合って現実となり、この出来事はほぼ誰にとっても、個人的な悲劇だった。その原因はさまざまで、収入の減少や失業による経済面での影響、家庭内暴力、強烈な孤立感や孤独感、あるいは、かけがえのない人の死をきちんと嘆けない状況で生じる感情面での影響などがある。そもそも人は、社会的な生き物だ。人づきあいや社会的な相互作用があってこそ人間らしさがある。もしそういったものを奪われたら、人々の暮らしは混乱する」とも書かれています。



ロックダウン期間中、幅広い層の人々がコミュニケーションのためにモニターやビデオ機器を手に入れました。ある意味、これは大々的な社会実験ともいえるとして、「その結論は、こうだった。バーチャルなコミュニケーションは脳に負担をかけ、不安にさせる。こうしたやりとりが仕事やプライベートなやりとりのほぼすべてである場合は、とくにそうなる。人は社会的動物だ。だから、リアルな社会的交流の中でコミュニケーションや相互に理解しようと思えば、言葉以外の方法で示される無数のささいなシグナルが欠かせない。誰かとじかに会って話すとき、人は相手の言葉に集中するだけではなく、無数にある言外の含みも敏感にとらえて判断し、相手の真意を図ろうとする。ビデオではこっちを見て話しているが、腰から下は正面を向いていないのではないか? 手の動きはどうか? 体全体からどんな雰囲気が伝わってくるか? 呼吸のリズムはどうか? ビデオチャットでは、こんな微妙なニュアンスがこめられた非言語的シグナルは絶対に感知できない。だから、相手の言葉や顔の表情だけに集中するしかなく、それもビデオの品質によって安定しない」と書かれています。



バーチャルな会話では、真剣なアイコンタクトが延々と続きますが、これはともすると相手を怯えさせ、威嚇することもあるとして、「上下関係があるなら、なおさらだ。『ギャラリー』ビューになると、問題はさらに大きくなる。おびただしい数の人が視界に入ってくるため、脳が認知する中心視野が圧倒されてしまうのだ。これは、限界をはるかに超えており、人は一度にそんなにたくさんの情報を読み取れない。心理学者はこれを『継続的な注意力の断片化』と呼ぶ。脳がマルチタスクで処理をしようとするが、うまくいかないような状態を指す。会話の終わりの方になると、非言語的なシグナルを絶えず探していてもなかなか見つけられないため、とにかく脳がフルに働き続ける。ぐったりと疲れ果て、底知れぬ不満足感がくすぶる。これがやがて、心の健康をむしばんでいくのだ」と書かれています。



「結論」の最後には、「私たちはいま、岐路に立っている。一方の道の果てには、よりよい世界がある。より寛容で、より公平で、母なる自然に対してより畏敬の念を抱くような世界だ。もう一方の道は、ついこの前やっとの思いで脱出してきた世界に逆戻りする道だ。それだけではない。その先にあるのは、前よりももっとひどい、不快な驚きが次から次に襲ってくるような世界だ。だからこそ、われわれは正しい道を選択しなければならない。迫り来る難問の数々は、これまで誰もが想像しなかったような重大な結果をもたらすかもしれない。しかし同時に、われわれは世界をもう一度リセットする力を、これまで考えもしなかった規模で結集することもできるのだ」と書かれています。



世界経済フォーラムは世界のリーダーたちが連携する国際機関であるダボス会議には、著名な政治家や実業家、学者らが招かれ、意見を交わします。本書は、次のダボス会議のテーマとなる「グレート・リセット」を余すところなく解説されています。「グレート・リセット」とは文字通り、あらゆる局面においてこれまでの常態が覆ること。コロナ禍によって図らずも生まれたこの歴史の分岐点について、豊富な研究やデータを参照しながら深く考察し、平易な言葉でわかりやすく説明している好著でした。

 

 

2021年4月3日 一条真也

新入社員へのメッセージ

一条真也です。
4月1日は、ブログ「新入社員辞令交付式」で紹介したように、新型コロナウイルス感染拡大の中、サンレーグループの合同入社式の規模を大幅に縮小して、辞令交付式を行いました。1日に続いて、2日の小倉も晴天で春爛漫。中国からの黄砂は気になりますが・・・・・・。

f:id:shins2m:20210402165801j:plain起立! 礼! よろしくお願いします!

f:id:shins2m:20210402165730j:plain新入社員研修で話しました

 

その2日、新入社員合同研修の「社長訓話」を行いました。会場は、松柏園ホテルバンケットザ・ジュエルボックス」でした。まずはピンクの春マスクを外して、パワーポイントを使いながら、スクール形式で訓話を行いました。マスクで顔は隠れていますが、まだ学生の面影を残す新入社員たちを前にすると、なんだか大学の客員教授として講義をしているような気分になりました。

f:id:shins2m:20210402140525j:plain春マスクを外しました

f:id:shins2m:20210402140451j:plain
サンレーについて語りました

f:id:shins2m:20210402172132j:plain真剣に聴く新入社員たち

f:id:shins2m:20210402140540j:plainパワポを操作しながら・・・・・・

f:id:shins2m:20210402140913j:plain
S2M」について説明しました

f:id:shins2m:20210402141102j:plain心を込めて話しました

 

新入社員を前に、まずは「サンレー」という社名の意味から説明しました。その意味は「SUNRAY(太陽の光)」「産霊」「讃礼」と3つあります。じつは、これらは「令和」にも通じるキーワードです。経営理念である「S2M」についても説明しました。

f:id:shins2m:20210402141656j:plain「人類社会の流れ」について

f:id:shins2m:20210402142025j:plain
情報とは何か?

f:id:shins2m:20210402142651j:plain
孔子について

f:id:shins2m:20210402142821j:plain
論語』について

f:id:shins2m:20210402143424j:plain
『ハートフル・ソサエティ』について

f:id:shins2m:20210402144017j:plainドラッカー思考の「自己実現」について

f:id:shins2m:20210402144324j:plain君たちは何になりたいのか?

 

さらには、「思いやりの時代」について、「礼」や「ホスピタリティ」の説明を含めて語りました。それから、ドラッカー思考の「自己実現」についても話しました。ドラッカーは「自己実現」の大切さを強調してきました。そして、そのための「自己刷新」や「自己啓発」の大切さを説きました。「君たちは何になりたいのか?」と問うと、マスクから覗いた新入社員たちの目は輝いていました。

f:id:shins2m:20210402165847j:plainサンレー哲学を説きました

f:id:shins2m:20210402172204j:plain
真剣なまなざしで聴く新入社員たち

f:id:shins2m:20210402144446j:plain
マーケティングについて

f:id:shins2m:20210402144521j:plain「事業の定義」について

f:id:shins2m:20210402144907j:plainわが社が提供するもの

f:id:shins2m:20210402165920j:plain
わが社にできることは何か?

 

そして、「マーケティング」から「事業の定義」に話題を移し、わが社が提供するものについて話しました。わが社の事業の柱といえば冠婚・葬祭・互助会ですが、その三本柱はそれぞれ「平和」「平等」「人の道」を提供していると述べました。さらには、「互助会」について、「冠婚葬祭業」について、「サービス業」について・・・・・それぞれ、その本質を説きました。

f:id:shins2m:20210402150047j:plain冠婚葬祭業とは?

f:id:shins2m:20210402150141j:plain
サービス業ほど素敵な仕事はない!

f:id:shins2m:20210402145219j:plain
みなさんは最高の仕事を選びました!

f:id:shins2m:20210402150326j:plain起立! 礼! ありがとうございました!

 

企業の真の宝は施設などではなく、人です。特に、わが社のようなミッショナリー・カンパニーは人がすべてです。今日の講話は1時間という短い時間でしたが、みんな真剣に聞いていました。みんな、わたしの話に興味を持ってくれていることが実感できました。彼らが冠婚葬祭の現場あるいはサポート部門で活躍してくれる日が楽しみです。

f:id:shins2m:20210331164652j:plain日の本の善き人々の魂を結んで送れ若き桜よ

 

2021年4月2日 一条真也

『悲しみとともにどう生きるか』

一条真也です。
125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」の最新号が出ました。同紙に連載中の「ハートフル・ブックス」の第155回分が掲載されています。取り上げた本は、『悲しみとともにどう生きるか』柳田邦男&若松英輔星野智幸&東畑開人&平野啓一郎島薗進著、入江杏編著(集英社新書)です。

f:id:shins2m:20210331203826j:plainサンデー新聞」2021年4月3日号

 

タイトルからわかるように、グリーフケアのメッセージ集です。共著者の柳田氏はノンフィクション作家。若松氏は批評家・随筆家。星野氏は小説家。東畑氏は臨床心理学者。平野氏は小説家。島薗氏は宗教学者で、上智大学グリーフケア研究所所長。編著者の入江氏は、2000年に発生した「世田谷事件」の被害者一家の遺族であり、グリーフケア自助グループ「ミシュカの森」主宰。

 

「まえがき」で、入江氏は「『世田谷事件』を覚えておられる方はどれほどいらっしゃるだろうか?」として、「未だ解決を見ていないこの事件で、私の2歳年下の妹、宮澤泰子とそのお連れ合いのみきおさん、姪のにいなちゃんと甥の礼くんを含む妹一家四人を喪った。事件解決を願わない日はない。あの事件は私たち家族の運命を変えた」と書いています。

 

入江氏は「悲しみ」について思いを馳せる会を「ミシュカの森」と題して開催するようになりました。本書はこれまでに「ミシュカの森」に登壇した講師の中から、冒頭に挙げた6人の講演や寄稿を収録したものです。

 

「不条理な喪失によって辛く悲しい思いに打ちひしがれている人が生き直す力を取り戻すには、(中略)喪失体験者が孤立しないでゆるやかにつながり合うことが、とても大切だ」(柳田邦男)

 

「悲しみの中にいる人も、悲しみを知る者だからこそ、誰かを幸せにすることはできるし、自分自身が幸せを得ることもできるのだと思います」(若松英輔

 

「時に暴力的に作用する『大きな物語』や『マジョリティの声』に対抗するには、(中略)ただひたすらに個人の言葉を探し続けることが必要なのではないかと思います」(星野智幸

 

「重要なことは、ケアとセラピーだったら、基本はまずケアです。ケアが足りているならば、次にセラピーに移る。仮病でいえば、まずは休ませて、それでまだ何日も仮病が続くようなら、『仮病だよね』という話をしたほうがよいということですね」(東畑開人)

 

「よく考えてください。被害者のケアを怠っているのは、国だけじゃありません。『準当事者』である僕たちですよ。僕たちは、ニュースで見た犯罪被害者のために、一体、何をしているのでしょうか?」(平野啓一郎

 

「社会がますます個人化され、『ともに分かち合う』ことがしにくくなっているが、宗教的な表象を引き継ぎつつ、悲嘆を『ともに分かち合う』新たな形が求められている。切実な欲求である」(島薗進

 

どの言葉も優しく、悲しみを生きる力に変えていくための珠玉のメッセージばかりです。この共感と支え合いの中で、「悲しみの物語」は「希望の物語」へと変容していきます。

 

 

2021年4月2日 一条真也

新入社員辞令交付式

一条真也です。4月になりました。
中国からの黄砂に見舞われながらも、小倉は春爛漫です。素晴らしい晴天となった1日、ブログ「4月度総合朝礼」で紹介した社内行事の終了後、10時から 松柏園ホテルで株式会社サンレーの辞令交付式が行われました。

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最初の新入社員が入場してきました

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次々に入場してきました

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全員が揃いました

f:id:shins2m:20210401100443j:plain辞令交付式のようす

f:id:shins2m:20210401100457j:plain最初は、もちろん一同礼!

 

ブログ「サンレーグループ入社式」でも紹介したように、例年は各地のグループ企業すべての新入社員を一同に集めて合同入社式を行うのですが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、昨年は大幅に規模を縮小して本社新入社員のみを対象とした「辞令交付式」としました。残念ならが、今年もコロナ禍が続いているため、合同入社式はやめて、各地で辞令交付式を行うことになりました。

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社歌斉唱のようす

f:id:shins2m:20210401100744j:plainS2M宣言の唱和のようす

f:id:shins2m:20210401100942j:plain心を込めて辞令を読み上げました

f:id:shins2m:20210401101443j:plain心を込めて辞令を交付しました

 

司会は、サンレー人事課の佐野さんが務めました。「開式の辞」の後、昨年は行われなかった社歌斉唱と経営理念およびS2M宣言の唱和がありました。マスク越しでも、新入社員からは気合の入った声が聞こえてきました。それから、辞令交付式がスタートし、社長であるわたしは新入社員に辞令を交付しました。わたしはマスク姿で1人ずつ名前を読み上げ、心を込めて交付しました。

f:id:shins2m:20210401101936j:plain社長訓示を行いました

f:id:shins2m:20210401101700j:plain入社、おめでとうございます!

 

その後、わたしはマスクを外して社長訓示を述べました。以下のようなメッセージを伝えました。入社、おめでとうございます。みなさんを心より歓迎いたします。いつもこの時期になると、社長として、新入社員のみなさんの人生に関わることに対して大きな責任を感じてしまいます。そして、世の中の数多くある会社の中から、わがサンレーを選んで下さって感謝の気持ちでいっぱいです。みなさんと縁をいただき、お会いできて嬉しいです。

f:id:shins2m:20210401101733j:plainコロナと人類について

 

いま、世界では新型コロナウイルスが猛威をふるい、人類社会が大混乱しています。みなさんは過酷な就活戦線を乗り切ってこられたことと思います。コロナ禍によって多くの企業が苦境に陥っています。当然ながら、新卒の採用というのは厳しくなります。みなさんの中には、「もしかしたら、どこの会社にも入れないかもしれない」と不安に思った方もいることと思います。その謙虚な気持ちをどうか忘れないで下さい。そして、サンレーと縁があったことを喜んで下さい。わたしは、みなさんに大いに期待しています。なぜなら、今年の新入社員ほど、会社に入ることの喜びと社会人になることの責任感を胸に抱いている者はいないからです。さらに、みなさんはサンレー創立55周年という記念すべき年に入社するラッキー・ルーキーズです。

f:id:shins2m:20210401101911j:plainサンレー は礼業である!

 

ところで、みなさんは「サンレーは何の会社ですか」と聞かれたら、どのように答えますか。多くの人は「冠婚葬祭の会社です」と答えることでしょう。でも、サンレーは結婚式や葬儀のお手伝いだけでなく、婚活支援サービスやグリーフケア・サポートも行っています。ホテルや高齢者介護施設も経営していますし、隣人祭りも多数開催しています。それらの事業はすべて「人間尊重」をコンセプトとしています。そして「人間尊重」をひとことで言うと「礼」ということになるでしょう。そうです、サンレーとは「礼」の実践を生業(なりわい)とする「礼業」なのです。世の中には農業、林業、漁業、工業、商業といった産業がありますが、わが社の関わっている領域は「礼業」です。「礼業」とは「人間尊重業」であり、「ホスピタリティ・インダストリー」ということになります。

f:id:shins2m:20210401102303j:plain儀式なくして人生なし!

 

このような会社に入った新入社員のみなさんに一番伝えたいことは、儀式の大切さです。平成が終わって令和の時代となりました。時代の変化の中で、さまざまな慣習や「しきたり」の中には消えるものもあるでしょう。しかし、世の中には変えてもいいものと変えてはならないものがあります。結婚式や葬儀、七五三や成人式などは変えてはならないもの。それらは不安定な「こころ」を安定させる「かたち」だからです。儀式は人間が人間であるためにあるものです。儀式なくして人生はありません!

f:id:shins2m:20210401130457j:plain「かたち」があるから「こころ」が収まる!

 

人間の「こころ」が不安に揺れ動く時とはいつかでしょうか。それを考えてみると、子供が生まれたとき、子どもが成長するとき、子どもが大人になるとき、結婚するとき、老いてゆくとき、そして死ぬとき、愛する人を亡くすときなどがあります。その不安な「こころ」を安定させるために、初宮祝、七五三、成人式、長寿祝い、葬儀、法事・法要といった一連の人生儀礼があります。そうです、 「かたち」があるからこそ、そこに「こころ」が収まるのです。

f:id:shins2m:20210401102314j:plain人類はなぜ滅亡しなかったか?

 

ですから、感染拡大の不安の中で、あえて今日の辞令交付式を行ったのです。儀式とは、人間を幸せにするためにあります。大古から、人類は葬儀と結婚式を世界各地で行ってきました。それによって、自死の連鎖を防ぎ、家族の形態を維持し、社会を発展させてきました。いわば、人類が冠婚葬祭を発明しなかったら、とうの昔に滅亡していたと言えるでしょう。また、お互いに助け合う「相互扶助」というものがなくても、人類は確実に滅亡していました。

f:id:shins2m:20210401130241j:plain冠婚葬祭互助会は不滅である!

 

すなわち、冠婚葬祭および相互扶助は人類の本能ともいえるものであり、その二大本能に基づく冠婚葬祭互助会は不滅の産業なのです。「何事も陽にとらえる」というのは佐久間会長が唱えたわが社の信条ですが、今回の新型コロナウイルスによるパンデミックを陽にとらえれば、人類史上初めて「世界は1つ」という一体感を得たことでしょう。東京オリンピックも延期されましたが、五輪を「平和の祭典」と呼ぶならば、結婚式だって「平和の儀式」です。

f:id:shins2m:20210401130255j:plain冠婚葬祭は「世界平和」と「人類平等」に通ず! 

 

そう、「結婚は最高の平和」であり、「死は最大の平等」です。冠婚葬祭という営みは、「世界平和」と「人類平等」というこの上なく崇高な理念につながっているのです。冠婚葬祭ほど、みなさんが人生を賭けるに値する素晴らしい仕事はありません。本当は、サンレーグループの新入社員全員にこのことを伝えたかったのですが、現在の状況から仕方ありません。ぜひ、みなさんが生きる未来を、みなさん自身が創造して下さい。そして、最後は「本日は、本当におめでとうございました!」と述べてから降壇しました。

f:id:shins2m:20210401103129j:plain役員紹介のようす

f:id:shins2m:20210401103213j:plain新入社員紹介のようす

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決意表明のようす

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決意をしっかりと受け取りました

f:id:shins2m:20210401103645j:plain最後は、もちろん一同礼!

f:id:shins2m:20210401103719j:plain新入社員退場のようす

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新入社員退場のようす

f:id:shins2m:20210401131229j:plain記念写真を撮影しました

  

そして、無言ながら役員紹介と新入社員紹介がありました。続いて、昨年は行われなかった決意表明も行われました。わたしは、身の引き締まる思いで決意書を受け取りました。最後は、「閉会の辞」で辞令交付式は終了しました。いつもながらの入社式ではありませんでしたが、新入社員が社会人としてのスタートを切るその日に、辞令だけは渡すことができて良かったです。また、社長としてのメッセージを伝えることもできて良かったです。辞令交付式終了後、新入社員のみなさんと記念撮影をしました。

f:id:shins2m:20210401104658j:plain新入社員歓迎昼食会のようす

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冒頭、佐久間会長の挨拶がありました

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わが社は、女性が大活躍できる会社です!

 

その後は新入社員歓迎昼食会が開かれました。昨年は感染防止のために昼食会を中止しましたが、今年は万全の感染対策のもと開催しました。冒頭、佐久間会長が歓迎の挨拶をしました。会長は、「わが社に入社していただき、ありがとうございます。だいぶん散ってきましたが、まだ桜が咲いています。桜は日本人の心です。そして、日本には儀礼文化があります。わたしたちは、それを守る仕事です。まだまだ日本社会には、男尊女卑の風潮が残っているようですが、わが社は女性が大活躍できる会社です。みなさんに期待しています!」

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いただきます!

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美味しいお弁当をいただきました

f:id:shins2m:20210401105530j:plainマスクを外して楽しい会食

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食後は、マスクを着けて歓談タイム

 

それから、全員がマスクを外して無言で松柏園の美味しい松花堂弁当をいただきました。やはり、極度の緊張を伴う儀式の後には、「直会(なおらい)」としての会食が必要です。ストレスの後には、リラックスが必要です。ということで、とても静かな食事会でしたが、今年は新入社員歓迎の「こころ」を「かたち」にできて本当に良かった!

f:id:shins2m:20190401114143j:plain一昨年の歓迎昼食会のようす

f:id:shins2m:20210401124215j:plain一昨年の歓迎昼食会のようす

 

一昨年は、会場内にモニターを設置し、新元号発表のNHK中継を流しました。新元号の発表を一同息をひそめて待っていましたが、「令和」とわかった瞬間、各自が持っていたクラッカーが鳴らされ、大きな拍手が起こりました。わたしはマイクの前に立って、「ただ今、新元号が『令和』と決まりました。『万葉集』に由来する言葉のようですが、きっと美しい日本の文化を大切にしようというような意味だと推察します。美しい日本の文化とは冠婚葬祭のことです。この素晴らしい仕事を選ばれ、本日から社会人となられたみなさん、本当に、おめでとうございます!」と述べました。あれから2年、まさかこんな事態になるとは夢にも思いませんでしたが、愚痴を言っても仕方がない。何事も陽にとらえて前を向いて進みましょう!

f:id:shins2m:20210401094329j:plain松柏園ホテルの庭園にサンレーが射す!

 

その後は、松柏園ホテルの桜の前で写真を撮影しました。かなりの花が散った葉桜でしたが、撮影の瞬間、雲と黄砂の間から太陽光線が射し込みました。その神秘的な光景を見て、わたしは「おお、サンレーだ!」と思いました。太陽が新入社員たちを祝福していると思いました。わたしはかつて、人の一生を桜に例えて、結婚式は満開の儀式、葬儀は散る儀式として、以下のような歌を詠みました。

 

花は咲きやがて散りぬる人もまた  

    婚と葬にて咲いて散りぬる

 

冠婚葬祭業とは「魂のお世話業」ではないでしょうか?
これから冠婚葬祭という「結魂」と「送魂」のお世話をする新入社員たちの前で以下の歌を詠んだことがあります。この二首の歌を今年の新入社員のみなさんにも贈ります。

 

日の本の善き人々の魂を 

      結んで送れ若き桜よ

 

f:id:shins2m:20210331164652j:plain桜は日本人の心です!

 

2021年4月1日 一条真也