「GoToウエディング」の実施を!

一条真也です。
宮崎県の延岡から福岡県の小倉に戻ってきました。
9日、自民党の青年局・女性局が主催する公開討論会が開かれ、総裁選の立候補を届け出た石破茂元幹事長、菅義偉官房長官岸田文雄政調会長が出席。主に少子化対策などで論争を繰り広げました。



注目の少子化対策について、お三方は興味深い発言をされています。石破元幹事長は「出生率が一番低いのが東京。世界のいろんな事例に学んで、できることはたくさんあるはず。地方創生が大事だと思う」と語りました。菅官房長官は「子どもを産むことのできるハードルを下げるべき。不妊治療の保険適用を実現したい」と語りました。岸田政調会長は「育休等の環境整備、保育所の受け皿の整備。街づくりの観点からも、少子化を考えないといけない」と語っています。

f:id:shins2m:20200910162005j:plain今朝の各紙朝刊 

 

お三方の発言はそれぞれ正論だと思いますが、わたしは、もっと考えるべき問題があると思います。それは「少子化」の前に「非婚化・晩婚化」の問題があるということです。日本は、いま最大の国難に直面しています。それは新型コロナウイルスの問題でも、中国の領土侵犯の問題でも、北朝鮮のミサイル問題でもありません。より深刻なのが人口減少問題です。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が発表した「日本の将来推計人口」(2017年)によれば、15年には約1億2700万人だった日本の総人口が、40年後には9000万人を下回り、100年も経たないうちに5000万人ほどに減少することが予測されます。

 

 

ブログ『未来の年表』で紹介したベストセラーの著者である大正大学客員教授の河合雅司氏は、「こんなに急激に人口が減るのは世界史において類例がない。われわれは、長い歴史にあって極めて特異な時代を生きているのである」と述べています。人口減少を食い止める最大の方法は、言うまでもなく、たくさん子どもを産むことです。そのためには、結婚するカップルがたくさん誕生しなければならないのですが、現代日本には「非婚化・晩婚化」という、「少子化」より手前の問題が潜んでいます。

f:id:shins2m:20200910161833j:plainサンデー毎日」2018年2月4号

 

政府がこれまで少子化に対する具体策として講じてきたのは、男女共同参画、待機児童対策などであるが、これらは既に結婚、出産、子育てを経験している人々に対するもの。その手前の「非婚・晩婚」については、特に政策として具体的な手が打たれることはなかったのです。国が国難に対応できないのは困りますが、じつはこの問題、わが社のような冠婚葬祭互助会が最も対応可能であると思っています。わが社も「婚活クラブ」を運営しています。専属カウンセラーが、成婚まででなく披露宴まで徹底サポートすることが特徴ですが、創業33年で700組を超える実績があります。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、メイン事業である「婚活パーティー」がなかなか開催できません。

f:id:shins2m:20200910161856j:plainサンデー毎日」2016年9月4日号

 

また、冠婚葬祭互助会は結婚式を提供しますが、この結婚式が新型コロナウイルスによって延期や中止が相次ぎ、日本のブライダル産業そのものが危機的な状態にあります。葬儀部門を抱えている互助会はまだ大丈夫ですが、結婚式場だけの会社やホテルはかなり厳しいのではないでしょうか。おそらく今年の結婚式の数、婚姻数も過去最低となることは明らかです。しかし、わたしは、結婚式は社会を維持していくために必要な文化装置であると考えます。なぜなら、結婚式を挙げなかったら婚約する覚悟というものが定まらず、結婚そのものが減少するからです。わが社では、毎年8月に、小学生とそのお母さんたちを対象に模擬結婚式をはじめとする「親子で一緒にウエディング体験会」というイベントを開催しているのですが、コロナ禍の今年は中止となり、まことに残念でした。

f:id:shins2m:20200910160935j:plain毎日新聞」2016年8月21日朝刊

 

わたしは、ぜひ、新しい首相には、日本人が結婚式を挙げる政策を立てていただきたいと思います。結婚式の費用とか交通費などを助成する、いわば「GoToウエディング」です。これは「GoToトラベル」とか「GoToイート」と違って、単なる特定の業界のための救済策ではありません。「GoToトラベル」に東京が加わるようですが、それよりも「GoToウエディング」の方がずっと重要です。なぜなら、これは経済のためではなく、社会のために行うものだからです。本当に必要でないのなら、日本人はこれから結婚式を挙げなくても構いません。ブライダル産業が消滅しても仕方ないでしょう。しかし、結婚式は絶対に必要なものなのです!

 

儀式論

儀式論

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2016/11/08
  • メディア: 単行本
 

 

わたしは、『儀式論』(弘文堂)において、人間は儀式という「かたち」によって不安定な「こころ」を安定させ、幸せになれるのではないかと述べました。儀式とは人間が幸福になるためのテクノロジーであると言えるでしょう。また同書の中で、わたしは「結婚式は結婚よりも先にあった」という自説を展開しています。一般に、多くの人は、結婚をするカップルが先にあって、それから結婚式をするのだと思っているのではないでしょうか。でも、そうではないのです。

 

古事記 (岩波文庫)

古事記 (岩波文庫)

  • 作者:倉野 憲司
  • 発売日: 1963/01/16
  • メディア: 文庫
 

 

日本人の神話である『古事記』では、イザナギイザナミはまず儀式をしてから夫婦になっています。つまり、結婚よりも結婚式のほうが優先しているのです。他の民族の神話を見ても、そうでした。すべて、結婚式があって、その後に最初の夫婦が誕生しています。結婚式の存在が結婚という社会制度を誕生させ、結果として夫婦を生んできたのです。結婚式があるから、多くの人は婚約し、結婚するのです。結婚するから、子どもが生まれ、結果として少子化対策となります。

 

 

結婚がなくなれば、子どもの出生が少なくなり、子どもが成長して大人となり、老いていって次の世代へ繋がることもなくなります。すなわち、結婚は生命のサイクルの起点なのです。観光や外食と違って、結婚式は社会の維持のために絶対に必要です。冠婚業はけっして単なるサービス産業ではありません。日本という国を継続させていくエンジンのような存在です!
お三方のうちのどなたが自民党の総裁になられ、日本の首相となられても、ぜひ「GoToウエディング」を実施していただきたいと願っています。

 

2020年9月10日 一条真也

『死者の民主主義』

死者の民主主義

 

一条真也です。
『死者の民主主義』畑中章宏著(トランスビュー)を読みました。20紀初めのほぼ同じ時期に、イギリス人作家チェスタトンと、当時はまだ官僚だった民俗学者柳田国男は、ほぼ同じことを主張しました。すなわち、「死者の民主主義」です。その意味するところは、世の中のあり方を決める選挙への投票権を生きている者だけが独占するべきではないということ、すなわち「死者にも選挙権を与えよ」ということでした。ブログ『天災と日本人』ブログ『21世紀の民俗学』で紹介した本が面白かったので、著者の新刊である本書を読みたくなった次第です。著者は、1962年生まれの作家、民俗学者、編集者です。

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本書の帯

 

本書の帯には、「死者、妖怪、幽霊、動物、神、そしてAI・・・・・・人ならざるものたちの声を聴け。」「私たちは『見えない世界』とどのようにつながってきたのか。古今の現象を民俗学の視点で読み解く論考集」と書かれています。

f:id:shins2m:20191117234333j:plain本書の帯の裏

 

また、帯の裏には以下のように書かれています。
「精霊や妖怪、小さな神々を素朴に信じてきた人びとこそが、社会の担い手だった。いま私たちは、近代化のなかで見過ごされてきたものに目を向け、伝統にもとづく古くて新しい民主主義を考えなければならない」「本書に登場するものたち●柳田国男南方熊楠宮本常一今和次郎網野善彦●ギルバート・K・チェスタトン宮沢賢治谷川健一諸星大二郎道祖神●河童●天狗●ザシキワラシ●潜伏キリシタン●仙童寅吉●熊●猫●アイボ●VTuber●浦野すず●飴屋法水●齋藤陽道・・・・・・」

 

本書の「目次」は、以下の通りです。
「はじめに」
Ⅰ 死者の民主主義
いまこの国には

  「死者のための民主主義」が必要である
「私は死んだのですか?」
  ――大震災をめぐる「幽霊」と「妖怪」
妖怪と公共
死者に「更衣」した大勢の若者たち
  ――渋谷のハロウィンをめぐる考察
日本の祭りはどこにあるのか
Ⅱ 人はなぜ「怪」を見るのか
諸星大二郎論序説

ITと怪異現象――21世紀の妖怪を探して
Tuberは人形浄瑠璃と似ているか?
江戸時代から続く「日本人のVR羨望」
アイボの慰霊とザギトワへのご褒美
あなたは飴屋法水の「何処からの手紙」を見逃すべきではなかった
「まれびと」としての写真家
   ――齋藤陽道展「なにものか」
この世界の片隅に』は妖怪映画である
Ⅲ 日本人と信仰
縄文と民俗の交差点

  ――八ヶ岳山麓の「辻」をめぐって
熊を神に祀る風習
窓いっぱいの猫の顔
移住漁民と水神信仰
「休日増」を勝ちとった江戸時代の若者たち
「沈黙」のキリシタンは、何を拝んでいたのか?
戦後日本「初詣」史
  ――クルマの普及と交通安全祈願
大阪万博と知られざる聖地
日本人にとって「結び」とは何か
  ――正月飾りに秘められた驚きの科学
Ⅳ さまざまな民俗学
手帳のなかの庚申塔

  ――宮沢賢治と災害フォークロア
「青」のフォークロア
  ――谷川健一をめぐる風景
写真と民俗学者たち
東北に向けた考現学のまなざし
  ――今和次郎と今純三
「百姓」のフォークロア
  ――網野善彦歴史学と「塩・柿・蚕」
「あとがき」
「参考文献」
「初出一覧」

 

『小泉八雲作品集・54作品⇒1冊』

『小泉八雲作品集・54作品⇒1冊』

 

「はじめに」の冒頭を、著者は「ギリシャの島に生まれ、イギリスやアメリカ大陸やカリブに浮かぶ島などを経て、日本の山陰地方にたどりついたひとりの文学者が、かつてこんなことを書いていた。『われわれの行為は、ことごとく、われわれの内部にある死者の行為なのではあるまいか』」と書きだしています。これは明治23年(1890年)4月に来日したラフカディオ・ハーン小泉八雲)が著書『日本暫見記』に登場する言葉です。

 

著者は、ハーンのこの一節ほど、現代の社会や政治や経済や芸術にかんする行為に、意識されてしかるべき言葉もないとして、「生きているものたちの日々のおこないは、おしなべて死者たちのおこないであることを、民俗学者である私は認めざるをえない。しかし、このことは多くの人には忘れられがちであり、またこのことを認めたがらない人もいるだろう。また学問や研究の対象として扱うには、いささか情緒的で、あやふやだとみなされかねないのもたしかである。またここでの死者を、その類縁である精霊や妖怪と置きかえたとき、さらにうさん臭い戯れ言だと思われるにちがいない。だからこそ私はあえて、死者や精霊や妖怪の行為にこだわるのだ」と述べています。

 

そして、本書のタイトルである「死者の民主主義」について、著者は「死者や精霊や妖怪、あるいはそのほかの人間ならざるもの、また人間と人間ならざるものの境界にいるような存在の事情に思いをいたし、彼らの言い分を聞いてみようというのが、この本を編んだ動機である。そして彼らの政治参加を促し、彼らが現代社会の重要な構成員であることを知らしめたいのだ」と述べるのでした。

 

Ⅰ「死者の民主主義」の最初の論考である「いまこの国には『死者のための民主主義』が必要である」では、「死者を会議に招かねばならない」として、著者は「近年のこの国の選挙ではリベラルと目される政党が遊説やインタビューで、強いリーダーが結論を押しつける『上からの民主主義』ではなく、国民の声に幅広く寄りそう『草の根からの民主主義』が大事だと訴えることが少なくない」と述べています。

 

そこで筆者が思い浮かべるのは、20世紀の初めのほぼ同じ時期に、イギリスの作家と日本の民俗学者が主張した、「死者のための民主主義」というべき思想でした。イギリスの作家とは、探偵小説「ブラウン神父」シリーズで知られ、批評家、詩人、随筆家としても名声を博したギルバート・キース・チェスタトン(1874~1936)です。日本の民俗学者とは、農商務省の官僚から民間伝承研究者に転じ、『遠野物語』『一目小僧その他』『先祖の話』などの著作をものした柳田国男(1875~1962)です。

 

正統とは何か

正統とは何か

 

 

ブログ『正統とは何か』で紹介した1908年に刊行された主著で、チェスタトンは民主主義が伝統と対立するという考えがどうしても理解できないと述べています。その伝統とは、「民主主義を時間の軸にそって昔に押し広げたものにほかなら」ず、孤立した記録や偶然に選ばれた記録よりも、過去の平凡な人間共通の輿論を信用するもののはずであるという。伝統とは、言ってみれば「あらゆる階級のうちもっとも陽の目を見ぬ階級、われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ」と訴えます。

 

 

「祖霊の政治参加を促す」として、1902年(明治35年)から1903年にかけて中央大学で行った「農業政策学」の講義で、柳田が「国家は現在生活する国民のみを以て構成すとはいいがたし、死し去りたる我々の祖先も国民なり。その希望も容れざるべからず。また国家は永遠のものなれば、将来生れ出ずべき我々の子孫も国民なり。その利益も保護せざるべからず」と述べたことを紹介するのでした。

 

 

この柳田の発言について、著者は「柳田国男民俗学者になる以前に、「今の人間」だけが社会を構成し、社会の参加者として意見するだけではなく、死者の希望や、これから生まれてくる人間の利益を考慮すべきだと語っていたのである」と述べ、この講義から8年後、チェスタトンの『正統とは何か』刊行から2年後の1910年(明治43)に刊行された『時代ト農政』にも、「況んや我々はすでに、土に帰したる数千億万の同胞を持っておりまして、その精霊もまた、国運発展の事業の上に、無限の利害の感を抱いているのであります」という死者の政治参加についての記述があることを紹介します。

 

著者は、「ここで柳田がいう『精霊』は、『祖霊』と言いかえてもよいだろう。それにしても、死者たちの霊が国の行く末にたいして利害の感覚を抱いているという柳田の考えは、チェスタトンに劣らず過激なものである。少壮官僚柳田のこうした主張は、急速な西欧化・近代化を推しすすめる明治政府に向かっての激烈な反抗だった。しかし当時も、『どうも柳田の説は変だ』『あの男の言うことは分らぬ』などと批判にさらされたのである」と述べています。

 

先祖の話

先祖の話

 

 

「妖怪や聖霊にも選挙権を」として、著者は「21世紀の現在、チェスタトンや柳田の思想をどのように取りいれることができるだろう。東日本大震災から現在まで、私たちは犠牲者の意思を斟酌して、政治や社会を考えてきただろうか。太平洋戦争後70年以上、復興や再生を口にするばかりで、死者もまた社会の一員だと捉えて、国家や国際社会がめざすべき方向を模索してきただろうか。『民主主義が危機に瀕している』と言われるけれど、それは近代型、もしくは西欧型の民主主義である。私たちはこれから、伝統にもとづく古くて新しい民主主義を考えていく必要があるはずだ」と述べます。

 

21世紀の民俗学

21世紀の民俗学

 

 

ブログ『21世紀の民俗学』で紹介した2017年刊行の著書で、日本列島に棲息してきた「妖怪」たちは、災害や戦争などにより不慮の死を遂げた人びとの集合霊であり、彼らにも選挙権を与えるべきだと、著者は主張しました。本書では、「現実的には、河童やザシキワラシに投票所に足を運んでもらうことはもちろん困難である。ただし、集合霊たる妖怪が、どのような公約を掲げる候補者なら納得するかを想像してみることは、決して現実離れしたことではないだろう。さらに言えば、精霊や妖怪、小さな神々を素朴に信じる人びと、信じてきた人びとこそが民主主義の担い手であると私は考えるのだ」と告白しています。

 

保守と立憲 世界によって私が変えられないために

保守と立憲 世界によって私が変えられないために

 

 

「死者の立憲主義」として、著者は「現代の日本社会を死者の目でみる行為を意識的に促すことは、民俗学以外の領域からも提起されている。たとえば政治学者の中島岳志は近年、『死者の立憲主義』を繰り返し唱えている。中島は、『保守と立憲――世界によって私が変えられないために』(2018年)で、『保守』や『立憲』、『リベラル』などの概念を整理しながら現実政治を批評する。中島によると、この本の発端は2011年(平成23)におこった東日本大震災にあるという。震災直後に書いた『死者と共に生きる』という文章で中島は、大切な人の死(二人称の死)に直面した被災地に向けて、死者との出会い直しの重要性を論じた。死者はいなくなったのではなく、死者となって存在している。私たちは死者の存在を思い、死者から照らされて生きることで、倫理や規範を獲得する。中島は自身の専門領域である政治学においても、死者という問題が重要な意味をもつのではないかと考えるようになったという」と述べます。

 

森の思想 (河出文庫)

森の思想 (河出文庫)

 

 

また、「南方熊楠の戦い」として、著者は「ここで改めて強調しておきたいことがある。それは日本の民俗学が、近代化のなかで蔑ろにされようとしているものたちに目を向けさせるための、戦いでもあったということだ。柳田国男民俗学はなによりも、山人や妖怪、あるいは神社神道から漏れおちた小さな神々に光をあてようとするものだった。こうした観点からは、南方熊楠の神社合祀反対運動も強調すべき民俗学の戦いだったのである」と述べています。

 

さらに、「平凡人は人生を内側から見ている」として、著者は「チェスタトンによると、民主主義の信条は『結婚』『子どもの養育』『国家の法律』といった最も重要な物事を、平凡人自身に任せることだという。そのうえでこのイギリス人は、『伝説』のほうが『歴史書』より尊敬されねばならないと述べる。なぜならそれは、『伝説』は村の正気の大衆によって作られるのにたいし、『書物』は村のたった1人の狂人が書くものだからというのである。自身の信条としても、『日々の仕事に精を出す大衆を信じることであり、たまたま末席を汚している文壇という特殊社会の、気むずかしい先生がたを信じる気にはどうもなれない』というのだ」と述べるのでした。



「『私は死んだのですか?』――大震災をめぐる『幽霊』と『妖怪』」では、「さまざまな霊魂譚」として、著者は以下のように述べています。
「私自身、被災地になんども足を運んでいるが、霊体験を聞いたことはない。またなにかしらの怪異な出来事に遭遇した経験もまだない。しかし被災者や被災地にゆかりのある人が、幽霊に会ったり、怪異な体験をしたのは疑うことのできない事実だろう。柳田国男が言うところの『目前の出来事』『現在の事実』にほかならないのだ。しかしなかには、被災地に訪ねてきた取材者、調査者へのサービスに神秘体験を語った場合もあるかもしれない。注意すべきは、身近にいた人の突然の死に向き合ったとき、その人が夢枕に立ったり、現実世界に現れてなにかしらの接触をはかってくることは、大災害時以外にも起こっているということだ」



また、被災地での幽霊話を取り上げた後、「あの世からの伝言」として、著者は「こうした霊体験は決して珍しいことではない。親しい人が突然この世からいなくなったとき、人びとは霊と再会し、死んだものもまたこの世に現れるのだ。霊との遭遇は身近な人にだけ起こるともかぎらない。大震災の被災地を離れても、交通事故現場に立つ幽霊を見ることは不自然なことではないし、死んだはずのものがタクシーに手を上げ、ドライバーが乗せてしまうこともあるだろう。個別的な霊体験はこの瞬間にも各地で起こっている。不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、東日本大震災では、その数が圧倒的に多かったという違いだけなのだ」と述べています。

 

災害と妖怪――柳田国男と歩く日本の天変地異

災害と妖怪――柳田国男と歩く日本の天変地異

 

 

さらに「新たな妖怪伝承は生まれるのか」として、著者は「私が震災以降、被災地から伝わる話で興味を持ちつづけているのは、霊体験ではなく、妖怪が発生したという事例である。『災害と妖怪』(2012年)で私は、河童や天狗、ザシキワラシといった妖怪は、災害や戦争から生き残った人びとのうしろめたさの感情が伝承されたり、霊的存在の集合をイメージ化してきたものではないかという仮説を立てた。死霊にとり憑かれた男性が出会ったのは、ひとりひとりが孤独に分散した『個別霊』ではなく、無数の霊が結びついた『集合霊』だったといえるだろう。しかし被災地で『妖怪』が誕生したという話はまだ聞こえてこない。近代化された社会では、妖怪は新たに生みだされてこないのだろうか。被災地ではいまでも、死者も生者も分断され、孤独にさいなまれている。『個別霊』が集まり『生霊』とも結びついたとき、被災地の精神的、民俗的な復興が果たされるのではないかと私は思うのだ」と述べるのでした。

 

霊魂観の系譜―歴史民俗学の視点 (1977年)

霊魂観の系譜―歴史民俗学の視点 (1977年)

 

 

「妖怪と公共」では、「妖怪の発展と発見」として、民俗学者の桜井徳太郎の『霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点』(1977年)を取り上げ、柳田の霊魂にかんする最初期の興味は、死霊一般、人間霊一般にたいして常民が抱く観念形態ではなく、特殊なケースに出現する現象や観念する対象そのものに注がれていたことを桜井が指摘したことを紹介します。著者は「柳田は、『怨霊』や『御霊』の性格を、民俗学の立場から明らかにすることに情熱を傾けた。そして、その対象は『縁者なきものの亡魂、他郷で死去したものの死霊、遭難・事故・自殺・戦死など非業の死をとげたものの亡霊、未婚のまま急死した若者の霊、あるいは愛児の夭折したものの霊魂など、現世に怨恨をのこす迷える怨霊』だった。こうした『霊』が集合性を帯び、個人から離れて公共化され、抽象化されたのが日本の妖怪なのだと私は考える」と述べています。



「死者に『更衣』した大勢の若者たち――渋谷のハロウィンをめぐる考察」では、「ハロウィンの起源と日本での大流行」として、著者は「ハロウィンはもともと、アイルランドケルト)の伝統社会で祖先や死者の霊を供養する節句、『万霊節=サウィン』だった。サウィンは日本のお盆や大晦日にあたり、10月31日の夜半にこの世とあの世の境目が破れて祖霊が蘇る、『新年』の始まりだったのである。死者に仮装した子どもが、家々を回ってお菓子をねだる『トリック・オア・トリート!(お菓子をくれないと、いたずらするぞ)』も、子どもたちが霊魂の代理人として、無為な1年を過ごしてきた大人たちに『明日からの1年を大切に暮らせるか』と問いかける意味がある」と述べています。

 

続けて、著者は、日本におけるハロウィンに言及し、「日本では、1970年代からキデイランド原宿店がハロウィン・グッズの販売に力を入れるようになり、1983年(昭和58)の10月にはハロウィン・パレードを企画し、一般客に参加を呼びかけた。この第1回のパレードでは、外国人を中心に約100名が歩行者天国だった表参道を練りあるいたという」と述べています。このあたりは、拙著『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)でも詳しく書きました。同書で、わたしは「死者の祭り」として、日本における正月や盆とハロウィンとの共通性も述べました。

 

決定版 年中行事入門

決定版 年中行事入門

 

 

著者は、さらに「カボチャとカブと大根」として、「日本の民俗社会で年の節目を画する行事は、正月や小正月、あるいは『事八日』と呼ばれる12月8日や2月8日におこなわれることが多い。そうしたなかで、ハロウィンと近い時期の民俗行事に、旧暦10月10日の『十日夜』がある。稲の刈りとりが終わり田の神が帰るとされるこの日の夜、子どもたちは『十日夜の藁鉄砲、夕飯食ってぶったたけ』などと歌いながら、藁を巻いてつくった鉄砲で地面を叩いて回る。これは地面の神を励ますためだとも、作物を荒らすモグラを追いはらうためだともいう。また『大根の年取』といって、『この日まで大根を取らない』『この日は大根畑に入らない』『二股大根を供える』といった伝承があり、大根の収穫祭でもあった。子どもたちは『十日夜』に、家々を回りお礼をもらうのだが、こうした『おねだり』を伴うのも、ハロウィンと似ている」と述べています。

 

また、「『死の仮装』が意味すること」として、「日本には古くから、『変身』することを『めでたい』とする感覚があった。変身は日常から飛翔する晴れがましい行為であり、変身は『飾る』ことと通底していたのである。祇園祭の絵図には、南蛮人の仮装をして町を練りあるく姿がみられ、風流踊り系の民俗芸能にも異形異相の扮装を見ることができる」と述べています。



さらに著者は、「スクランブル交差点の『彼岸』」として、ハロウィンを「野外劇」と表現し、「日本の芸能や舞台芸はもともと、『亡魂』を祀り、荒ぶる霊を鎮めるための呪術的行為だった。演者は『死者』そのものや、『死者の生前の姿』に変身し、その『変身』行為は、見かけの上だけの変化に止まるものではなかった。扮装上の変身は『憑依』と一体で、人格の変身をも意味したのである」と述べています。



そして、著者は「死霊の祭として評価しつつ、もうひとつ私が不満に思うのは、日本のハロウィンが『歳時記』をないがしろにしている点である。先述したように、今年は10月31日が月曜日だったため、ハロウィンのイベントを30日に終えてしまったところも少なくなかった。これではクリスマスを12月23日に祝ったり、大晦日を12月30日におこなうのと変わりがない」と述べるのでした。

 

 

Ⅱ「人はなぜ『怪』を見るのか」の「諸星大二郎論序説」では、「モノと構造」として、「この世界は人間と、人間に支配された動物だけから構成されているわけではない。人間も含めた生物学上の生物だけではなく、モノノケや死にきれなかった死者たちが、この世界には存在する。彼らはしかし、私たちと日々共存するという形ではなく、突如として、またなにかのきっかけで異界から現れ、私たちの日常を脅かし、恐怖をもたらす。人間は異界から侵入してくるモノに、怯えながら生きていかざるをえないのだ」と述べます。

 

 

また、著者は「モノやモノノケとともに諸星作品の重要な構成員は死者である。『死人帰り』『ヒトニグサ』など未練を残した死者たちは、現世への回帰や現実への復讐の機会をうかがう。こうした生きた人間以外のモノどもを『魔』と呼んでもいいかもしれない。「魔」が私たちの世界に侵入するとき、『境界』を越えてくる。境界は、洞窟や鳥居といった民俗的・宗教的な場所である場合も少なくないが、テレビやパソコン、携帯電話などがツールになることもある。聖地が抱える通俗性、観光や開発への批判など、諸星の作品には反文明というべき思想が流れる。構造や仕組みに翻弄される人間存在の無力さや、社会の脆弱さが描き出されているのである」とも述べています。



「ITと怪異現象――21世紀の妖怪を探して」では、「目に見えない凶暴な感情が広まり、共有されていく」として、「目に見えない集合体による凶暴な感情が、形をもたない実体のように広まり、共有されていくのは、かつての妖怪の成り立ちと、とてもよく似ている。インターネット上の『炎上』に似た怪異に、琵琶湖の周辺に伝承される『蓑火』という怪火現象がある。旧暦5月の長雨が続く夜、舟で暗い湖を渡ろうとすると、蛍火のような火の玉が蓑の上に現れる。蓑を脱ぎすてると火の玉は消えるが、手で払いのけようとすれば、どんどんその数を増していく。琵琶湖の蓑火は、湖で死んだ人の怨霊の火だとも伝えられる。同様の怪火伝承は日本列島の各地にある。信濃川流域では、雨の日の夜道や船上で、蓑、傘、衣に蛍のような火がまとわりつき、慌てて払おうとすると火はさらに勢いを増し、体じゅうを包みこむ」と述べています。

 

続けて、著者は以下のように述べるのでした。
「インターネット空間に生まれた『炎上』のほうは、民俗学用語で言えば、『口碑』が『石碑』になるような事態である。つぶやきがだれかを刺激し、まがまがしい感情が拡散される。ここまでは口頭伝承、口碑の域だろう。しかし、火中で暴れると事態は悪化するばかりで、ネット社会に刻印されてしまうのだ。『エンジョウ』は怨霊の火がまとわりつくような怪異に似つつも、この時代ならではの民俗現象だといえよう。妖怪が存立する理由のなかには、腑に落ちない感情や、割り切れない想いを合理化する機能があった。たび重なる災害、貧苦や労苦、身近な人びとの死を乗り越えて感情をコントロールするために、妖怪や怪異が『発見』された。つまり妖怪は、民俗生活の合理化、効率化を図るため、時として現れるのだ」

 

仙境異聞・勝五郎再生記聞 (岩波文庫)

仙境異聞・勝五郎再生記聞 (岩波文庫)

 

 

「江戸時代から続く『日本人のVR羨望』」では、「超常世界と超能力への関心」として、著者は、江戸時代の文政年間、「仙童寅吉」あるいは「天狗小僧寅吉」と呼ばれる15歳の少年が、江戸の町を騒がせたことを取り上げます。天狗(山人・仙人)にさらわれて、この世と異なる世界(仙界)で暮らした寅吉は、超能力を身につけて帰ってきたとされていますが、著者は「『仙童寅吉』をめぐる事件は、2つの側面から読み解くことができるだろう。ひとつは、寅吉が超能力によって訪れた異界のようすであり、もうひとつは寅吉に示した知識人たちの関心のありようだ。寅吉が見てきた世界は、この世とは異質で超常的な世界であり、寅吉が体得した超能力は、現実を超えでる技術や感覚だった。現代にあてはめると、ヴァーチャル・リアリティをめぐる技術開発と、感覚変容にたいする関心に近いのではないだろうか」と述べています。



また、「テクノロジーの開発と感覚の拡張」として、「ヴァーチャル・リアリティについて、人間が捉えている世界が人間の感覚器を介して脳に投影した現実世界の写像なら、人間の認識する世界はすべて人間の感覚器によるヴァーチャルな世界だ、と唱える研究者もいる。つまり、目や耳といった感覚器を通してしか理解することができないのは、私たちが生きているこの『現実』世界も例外ではなく、その意味では、この世界もヴァーチャル・リアリティのひとつでしかないというのだ。言いかえれば、ヴァーチャル・リアリティの研究とは、私たちにとっての新たな『現実』を生みだす探求なのだということになる」と述べています。

 

天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞 (角川ソフィア文庫)

天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞 (角川ソフィア文庫)

 

 

そして、『仙境異聞』に登場する知識人たちは西洋科学の最新知識も豊富でしたが、彼らの質問にこたえた寅吉の体験談はあまりにもリアルで、虚言や捏造だと言うべきではないだろうとして、著者は「彼の感覚器をとおした『ヴァーチャル』な世界なのだから。人間は科学技術を進展させ、このヴァーチャルな世界を拡大してきた。少年寅吉は仙界で空を飛ぶ能力を身につけ、やがては宇宙に飛び出て天体を観測してきた。新たな現実を生みだす技術と感覚を追求したのは、ヴァーチャル・リアリティの研究者だけではない。江戸時代の人びとも、そんな世界と技術に夢中になっていたのである」と述べるのでした。


「アイボの慰霊とザギトワへのご褒美」では、「日本人はどんなふうに動物を供養してきたか」として、日本の民俗社会では、動物にたいする供養が丁重におこなわれてきた歴史があることを指摘し、著者は「人びとは生活を営むうえで、食糧や労働力としてさまざまな生物の命を奪う。こうした動物の霊を慰めるため、あるいは祟りをおそれて、塚や石塔を築いて彼らを祀ってきたのだ。その対象は、犬・猫・牛・馬・猪・鹿・熊・猿から、鯨・魚・亀、さらには益などにまでおまんだ」と述べるのでした。



また、著者は「このような民間信仰とは別に、都市化が進展した近世の江戸では、両国の回向院に裕福な町人の手で犬や猫の供養塔が建立された。現代では1940年代後半に、寺院が犬や猫の葬儀・火葬・納骨・供養を引きうける事業が始まり、やがて宗教法人以外にも広まり、ペットの葬祭事業が日本の各地に展開していくことになる。空前のペットブームを経た現在には、全国で数百もの動物霊園・動物葬祭社が存在するといわれている」とも述べています。



Ⅲ「日本人と信仰」の「日本人にとって『結び』とは何か――正月飾りに秘められた驚きの科学」では、「日本古来の『結び』文化」として、新天皇の即位に伴う大嘗祭が行われることを挙げ、著者は「大嘗祭天皇が即位後に初めておこなう新嘗祭で、大嘗祭の前日には、歴代の天皇の魂を鎮める『鎮魂祭(鎮魂の儀)』がおこなわれるはずである。この祭祀のなかには『御魂結び』という、木綿の糸を呪術的作法によって結ぶ行事がある。こうした『結び』の呪法は、魂が身体から抜けだすのを防ぎ、またいったん遊離した魂を元にもどすためのものである」と述べます。



続けて、日本人にとって「結び」は、古くから続く精神文化であり、その思想性の高度で複雑な点は、世界でも類例をみないといわれるとして、著者は「年越しから新年にかけては、『結び』を目にする絶好の機会で、門松にしめ飾り、床の間飾りや鏡餅などの正月飾りは、新年になると家々を訪れる、『年神様』を迎えるためのものであり、その多くには水引や飾り紐が結ばれている。初詣に出かけた社寺で、吉凶を占うために引いたおみくじを、木の枝などに結ぶこともあるだろう。また2016年に大ヒットした映画『君の名は。』でも、糸守神社に伝わる『組紐』がストーリーの鍵を握る重要なアイテムになっていたことは、記憶に新しい」と述べます。



さらに、「家紋や社紋と結びの多様性」として、日本で「結び」の文化が発達し、継承されてきたのは「有職故実」によるところが大きいことを指摘し、著者は「奈良時代末期から平安時代中期に、朝廷は『格式』をまとめ、儀式や行事の決まりごとや用具を細かく定めた。このような朝廷行事が公家に広まり、さらには武家文化から町人文化にまで普及していったのである。たとえば祝儀や不祝儀の際に用いられる『水引』は、市販のものでは結び方が統一されているが、ほんらいは家ごとの独自の結びかた『家結び』があった。家結びと家紋は関係が深く、皇室の紋章は16弁の菊だから、結びも16弁の花形の結びである」と述べるのでした。

 

「青」の民俗学

「青」の民俗学

 

 

Ⅳ「さまざまな民俗学」の「青のフォークロア――谷川健一をめぐる風景」の冒頭を、著者は「日本の地名における『青』は、谷川健一がつよくこだわったものであり、「青」の地名をめぐる旅は、谷川民俗学の大きな魅力のひとつである」として、さらに
「谷川は仲松弥秀によるとして、沖縄にはかつて、死体を洞窟墓に風葬する風習があり、奥武島も死体を運んで葬った島だったと述べる。この洞窟墓のなかの死者の世界は『真暗でもなく、赤や白のように明るくもなく、その中間であるぼんやりした黄色な世界であることから、それを青と称した』と仲松は推測した」と述べています。

 

日本人の魂のゆくえ―古代日本と琉球の死生観

日本人の魂のゆくえ―古代日本と琉球の死生観

 

 

続けて、著者は「沖縄では近代に入ってからも『黄色という呼称はなく、黄色をアオと呼んでいた』と谷川は指摘する。沖縄では『青の島』は、死者が葬られた島につけられた名前だったというのである。『葬制』は習俗のなかで最も変化が少ない。だから、本土の海岸や湖沼にある『青』が付く地名で、死者の埋葬地や海人の生活とかかわりがあるなら、南方から渡ってきた民族が本土の海辺に定住した痕跡を確かめられるのではないか、と谷川は考えた」と述べるのでした。

 

唯葬論 なぜ人間は死者を想うのか (サンガ文庫)

唯葬論 なぜ人間は死者を想うのか (サンガ文庫)

 

 

本書は、著者の前著である『21世紀の民俗学』と違って、骨太の論考が多く、非常に読みごたえがありました。読み終えて思うのは、拙著『唯葬論』(サンガ文庫)でのわがメッセージとの共通性です。同書の第一章「宇宙論」の冒頭を、わたしは以下のように書きだしています。
「すべての人間は、死者とともに生きている。 柳田國男が創設した日本民俗学が明らかにしたように、日本には、祖先崇拝のよ うな『死者との共生』という強い精神的伝統がある。しかし、日本のみならず、世 界中のどんな民族にも『死者との共生』や『死者との共闘』という意識が根底にあ る。そして、それが基底となってさまざまな文明や文化を生み出してきた」
唯葬論』は「宇宙論」「人間論」「文明論」「文化論」「神話論」「哲学論」「芸術論」「宗教論」「他界論」「臨死論」「怪談論」「幽霊論」「死者論」「先祖論」「供養論」「交霊論」「悲嘆論」「葬議論」の全18章の構成ですが、将来もしも同書 のアップデートとしての完全版を書き、そこに「政治論」を加えるとしたら、必ずや「死者の民主主義」について言及したいと思います。

 

死者の民主主義

死者の民主主義

 

 

2020年9月10日 一条真也

伊勢谷友介よ!

一条真也です。
宮崎県の延岡市に来ています。
俳優の伊勢谷友介容疑者が大麻取締法違反の疑いで逮捕されたニュースには驚きました。捜査関係者によれば、伊勢谷容疑者は東京・目黒区の自宅で大麻を所持していた疑いで警視庁組織犯罪対策5課に現行犯逮捕されたとのこと。


伊勢谷友介容疑者



伊勢谷容疑者は俳優として多くのドラマや映画に出演。2011年第20回日本映画批評家大賞助演男優賞を受賞、2012年にはブルーリボン賞助演男優賞、さらに日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞していますが、わたしは彼に会ったことがあります。もう15年ぐらい前になると思いますが、六本木ヒルズのクラブで開かれたパーティー沢尻エリカちゃんも来てました!)で、リネン・カンパニー社長の前村敦子さんから彼を紹介されたのです。


ハートフル・ソサエティ』(三五館)

 

伊勢谷さんはものすごい男前でドキドキしましたが、前村社長がわたしのことを「冠婚葬祭会社の社長さんですけど、本をたくさん書かれている作家さんでもあります」と紹介してくれると、彼は「本を書く人って尊敬します。どんな本なんですか?」と言ってくれました。わたしは何冊かの自著を紹介して、「よかったら、今度お送りしますよ」と言うと、すごく喜んでくれました。『ハートフル・ソサエティ』(三五館)をお送りしたと記憶しています。



伊勢谷さんとは映画の話もしました。じつは、わたしは彼が主演した映画「CASSHERN」(2004年)に感動し、そのことを宗教哲学者の鎌田東二先生との往復書簡である「ムーンサルトレター」に書きました。すると、鎌田先生も同作を観て、絶賛されていました。わたしが彼に「『CASSHERN』を観ましたが、素晴らしかったです。日本映画の最高傑作だと思いました」と言うと、彼は「本当っすか!」とすごく嬉しそうな顔をしてくれました。その後、しばらく映画談義をしましたが、わたしたちは意気投合したと思います。伊勢谷さんには、本当に「好青年」という印象しか受けませんでした。

f:id:shins2m:20200516165530j:plain心ゆたかな社会』(現代書林)

 

伊勢谷さん、あのときの一条真也です。
一度しかお会いしていませんが、あなたは天才でありながら、純粋な魂を持っている人物だと思いました。今回の一件はまことに残念ですが、あなたは一度の失敗で世の中から消えるにはあまりにも惜しい方です。どうか、罪を償なわれた後はもう一度、世に出てほしいです。あなたにお送りした『ハートフル・ソサエティ』も、『心ゆたかな社会』(現代書林)というアップデート版が出ました。よろしければ同書をお送りしますので、ぜひ読んで下さい。あなたの本質は、心ゆたかな人だと思います。また、お会いできる日を楽しみにしています!

 

2020年9月9日 一条真也拝 

幸福度1位の宮崎へ!

一条真也です。
9日、宮崎県の延岡市に向かいました。サンレー宮崎の会議に出席するためです。まずは、JR小倉駅から“ソニック9号”に乗って大分へ。JR大分駅から“にちりん9号”に乗り換えて延岡へ向かう予定でした。しかし、大変なアクシデントに見舞われました!

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JR小倉駅のホームで 

 

延岡に行くのは、正月以来となります。もっと早く行きたかったのですが、ずっとコロナ騒ぎで行けませんでした。ブログ「幸福度ランキングに思う」で紹介したように、「幸福度ランキング」の最新版で、宮崎県が2年連続の第1位に輝きました。しかし、新型コロナウイルスに関しては宮崎の人は過度に警戒し過ぎているという情報も入ってきています。ただ、いたずらに恐れ過ぎずに、正しく恐れることが必要ですね。

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ソニックの車内で読書をしました 

 

そこで、ソニックの車内では世界で100万部の大ベストセラー『FACTFULLNESS(ファクトフルネス)』(日経BP)を読みました。40カ国で発行されている話題作で、ビル・ゲイツバラク・オバマアメリカ大統領も大絶賛している本です。ファクトフルネスとは、データや事実にもとづき、世界を読み解く習慣のことです。賢い人ほどとらわれる10の思い込みから解放される内容となっており、非常に面白く読みました。会議では、「むやみにコロナを恐れるのはやめて、正しく恐れよう!」と訴えたいです。

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JR中津駅で停車する!

f:id:shins2m:20200909110301j:plain急遽、大混乱の中津駅で降りました

 

大分行のソニックですが、JR中津駅で停車しました。ちょうど、窓からわが社の結婚式場「ヴィラルーチェ」が見えました。その雄姿にしばらく見とれていたのですが、なかなか列車が動き出しません。聞けば、杵築で貨物列車の故障があり、当分の間は中津で足止めを食らうとのこと。単線なので貨物列車が立ち往生しているというのですが、いくら田舎とはいえ珍しい事件です。少なくとも3時間は復旧の見込みが立たないと聞いて、わたしは車で大分駅まで向かうことにしました。

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中津駅に長尾副支配人が来てくれました!

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大分まで快適ドライブ!

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本日の昼食は車内で!

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JR大分駅に到着しました!

 

中津駅前のヴィラルーチェから長尾副支配人が車で迎えに来てくれて、それに乗り込み、一路、大分駅へ。高速道路に乗って、別府湾の眺めなどを楽しみながら快適なドライブでした。昼になったので、車内で昼食を取ることにしました。今日のランチは小倉駅構内のセブンイレブンで購入したおにぎり2個(紀州南高梅ピリ辛高菜)と特茶です。ちょっとチープな食事ですが、昨夜が焼肉だったので、まあ良しとしましょう。本当は駅弁が買いたかったのですが、駅弁店がなくなっていました。セブンで「ここは駅弁は売っていませんか?」と訊くと、「10時には、折尾かしわ飯弁当が入ります」とのこと。それでは間に合わないので、あきらめました。「小倉駅には駅弁も売ってないのかよ!」と思うのは、わたしだけではありますまい。昼食を終えると、大分駅に到着しました。

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JR大分駅のホームにて

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わたしの目の前に大ガラスが!

わたしはJR大分駅のホームで、にちりん13号の到着を待ちました。すっかり予定が狂ってしまいましたが、わたしの目の前に大きなカラスが飛んできて、なんと、わたしの顔を見て「カアッ!!」と鳴きました。こんな経験は生まれて初めてです。くそう、カラスまで馬鹿にしやがって!(涙)しかし、ふと、「こんな不思議なことがあるはずはないから、これは何かのメッセージかも?」と思いました。ちょうど延岡で待っているわが社の黒木取締役が心配してくれていることを思い出し、「そうか、これはきっと黒木取締役の化身に違いない。名前に黒がつく彼が、わたしを心配するあまり、黒いカラスに化けて大分駅まで来てくれたんだ」と思うことにしました(笑)。

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にちりん13号も10分遅れで出発!

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にちりん13号の車内で・・・・・・

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再び読書に耽りました

車内では、再び読書に耽りました。わたしは、時間さえあれば、いくらでも読書することができます。今日も会議さえなければ、中津駅に停車したソニック内で3時間ずっと本を読んでいても苦になりませんでした。「『一条 真也』流: 読書術『DNAリーディング』で思想的源流をさかのぼる。」というネット記事では、わたしが「刑務所の独房」を理想の場所として挙げ、そこでずっと読書していたいと発言したことに呆れられました。同記事では、kindle作家の綿樽剛さんが愚生のことを「知の巨人」とお呼びいただき、まことに恐縮至極でした。「痴の虚人」にならないように頑張ります!

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ときどき車窓から海を眺めました

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車窓から山も眺めました

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目に緑が優しいです

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2時間遅れでJR延岡駅に到着しました

 

車内では、読書の途中で、ときどき車窓に目をやり、海や山を眺めました。飛行機だと窓の外からは雲海や星空しか見えませんが、列車だと大自然が見えます。やっぱり列車での読書は最高ですね。約2時間遅れで延岡駅に到着すると、サンレー宮崎の尾崎取締役がホームまで迎えに来てくれていました。ということで、今日は大変な目に逢いましたが、これからマリエールオークパイン延岡で会議です。おしまい。

f:id:shins2m:20200909155339j:plainマリエールオークパイン延岡の前で

f:id:shins2m:20200909160319j:plainサンレー宮崎の会議に参加しました

 

2020年9月9日 一条真也

久々の焼肉!

一条真也です。一説では、わたしは「日本一長いブログを書く男」などと呼ばれているそうです(笑)。
ツイッターやインスタグラムなど短文や写真のみのSNSが全盛をきわめる中で、なんとも時代遅れではありますが、大いに結構! わがブログの内容は会社の行事などの紹介をはじめ、書評や映画評、それに自分の考え方を綴ることが多いです。よくブログやインスタなどで食べ物の写真を上げている人を見かけますが、基本的に食べ物の投稿は好きではありません。「あんたが何を食おうが、俺には関係ないよ!」とか、「おいおい、あんたの頭の中には食い物しかないのかい?」と思ってしまうのであります。はい。

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生ビールをグイッと飲んで・・・

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「順光園」の極上タンが焼ける!

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うー、うまいなあ!

 

そんなわたしですが、今回だけは食事のことを書かせて下さい。というのも、ブログ「孔子講義収録」ブログ「ドラッカー講義収録」ダブルヘッダーで終えた後、わが社のCM関係の打ち合わせをし、その後に関係者と焼肉店を訪れたのです。「順光園」という小倉の名店で、わたしも常連なのですが、コロナ禍でもう1年近く行っていませんでした。というか、焼肉をお店で食べること自体が10カ月ぶりぐらいです。前回は、たしか東京の赤坂見附の「游玄亭」で食事したと記憶しています。久々に「順光園」を訪れると、お店の方々が「お元気でしたか!」と大変喜んでくれました。他にお客さんもいなかったので、新型コロナウイルスに感染する恐れもなく、ゆっくり焼肉を味わいました。冷えた生ビールをグイッと飲んだ後に、久々に食べた極上タンの旨かったこと!

f:id:shins2m:20200909101502j:plain順光園の特選部位を見よ!

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肉の焼ける匂いがたまらん!

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うー、泣くほど旨い!

 

「順光園」さんは1964年の創業以来、小倉のグルメな人々の舌を楽しませてきましたが、さまざまな牛肉の特選した部位を集めたコースが人気です。人気メニューでいつもはすぐ品切れになるのですが、この日はわたしたちが一番乗りだったので、注文することができました。ハラミ、サガリ、みすじ、ランプ、リブロースを次々に口に入れると、あまりに旨すぎて泣きたくなりました。

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あー、毎日、焼肉食いてー!(笑)

 

わたしも昔はよく肉を食べましたが、もうトシですので、今は野菜や魚のほうを好みます。でも、たまには上等の肉を食べると元気が出てくる気がします。この日は、講義のダブルヘッダー&打合せで身体が疲れており、翌日の早朝からは宮崎に出張しなければならなかったので、よいエネルギー補給ができました。神経衰弱で幽霊とかが見える人は、焼肉をお腹いっぱい食べて熟睡すれば見なくなるという話を聞いたことがあります。早くコロナが収まって、家族や友人や会社のみんなと楽しく焼肉を食べたい!

 

2020年9月9日 一条真也

ドラッカー講義収録

一条真也です。
わたしは、九州国際大学九国大、KIU)の客員教授として「教養特殊講義」を担当しています。毎年、秋に「孔子研究」と「ドラッカー研究」の講義を行っています。今年も10月9日に孔子講義、同月16日にドラッカー講義を行う予定でしたが、新型コロナウイルスの影響でオンライン講義、それも動画収録になってしまいました。動画収録は、9月8日の午後から、松柏園ホテルバンケットで行いました。

f:id:shins2m:20200908173212j:plain松柏園ホテルにて 

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ドラッカー思考』を持って・・・・・・

 

ブログ「孔子講義収録」で紹介した「孔子からのメッセージ」と題する特別講義を終えた後、小休止してから、気合を入れ直して、「よくわかる!ドラッカー思考」と題する講義を行いました。『最短で一流のビジネスマンになる!ドラッカー思考』(フォレスト出版)の内容に沿って、「自己実現」「マネジメント」「マーケティング」「イノベーション」「リーダーシップ」「未来創造」という6つのドラッカー思考を紹介し、自分の考えも述べさせてもらいました。

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さあ、ドラッカー講義を開始します!

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6つの「ドラッカー思考」を語る

 

じつは、前日に「『一条 真也』流: 読書術『DNAリーディング』で思想的源流をさかのぼる。」というネット記事を目にしました。kindle作家の綿樽剛さんという方が書かれた記事ですが、その中で、わたしのことについて「冠婚葬祭業の社長でありながら、大量の本を読み、同時に相当のアウトプットをし、さらには大学で『論語』やドラッカーも教えている」といったようなことが書かれていました。愚生のことを「知の巨人」とまでお呼びいただき恐縮至極ですが、この日は孔子ドラッカーの特別講義をダブルヘッダーで行うという荒業に挑戦しました。

f:id:shins2m:20200908155902j:plainドラッカーの主著と功績を紹介

 

2001年10月に冠婚葬祭会社の社長就任以来、わたしは経営学ピーター・ドラッカーの全著作を精読し、ドラッカー理論のもとに会社を経営していると自負しています。彼の遺作にして最高傑作である『ネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社)に感動し、同書をわたし個人に対するドラッカーからの問題集ととらえ、『ハートフル・ソサエティ』(三五館)というアンサーブックを上梓したくらい彼をリスペクトしています。そして、2009年のドラッカー生誕100周年の年に『ドラッカー思考』を上梓したのです。

f:id:shins2m:20200908160443j:plainアンサーブックとしての『ハートフル・ソサエティ

f:id:shins2m:20200908160815j:plainハートフル・ソサエティ』→『心ゆたかな社会

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自著を両手に持って

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ドラッカーについて語りました

 

「マネジメントの父」とも呼ばれたドラッカーは、世界最高の経営思想家でした。経営学そのものの創始者でもあります。ウィーン生まれですが、ナチスを嫌ってアメリカに移住し、長らくカリフォルニア州クレアモント大学の大学院で教授を務めていました。20世紀において、世界のビジネス界に最大の影響を与えた思想家であり、東西冷戦の終結、転換期の到来、社会の高齢化をいち早く知らせるとともに、「マネジメント」という考え方そのものを発明しました。また、マネジメントに関わる「分権化」「目標管理」「経営戦略」「民営化」「顧客第一」「情報化」「知識労働者」「ABC会計」「ベンチマーキング」「コア・コンピタンス」、そして「選択と集中」などの理念の生みの親で、それらのコンセプトを発展させました。

f:id:shins2m:20200908161540j:plainマルクスvsドラッカー

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君たちは何になりたいのか?

 

ドラッカーは、「自己実現」の大切さを強調してきました。そして、そのための「自己刷新」や「自己啓発」の大切さを説きました。わたしは、よく講演などで若いビジネスピープルに「自己刷新」という考え方を伝えています。今日も学生さんに、「あなたは何によって記憶されたいか?」「あなたは何をしているのですか?」「あなたは何になりたいですか?」といった問いを投げかけ、自己刷新・自己啓発自己実現の重要性を訴えました。

f:id:shins2m:20200908164920j:plain会社は社会のもの!

 

それから、「マネジメント」について語りました。
「マネジメント」という考え方は、ドラッカーが発明したものとされています。ドラッカーが発明したマネジメントとは何でしょうか。ドラッカーは、『新しい現実』(上田惇生訳・ダイヤモンド社)で、「マネジメントとは、人にかかわるものである」「マネジメントの機能は人が共同して成果をあげることを可能とし、強みを発揮させ、弱みを無意味なものにすることである」「マネジメントとは、ニーズと機会の変化に応じて、組織とそこに働く者を成長させるべきものである。組織はすべて学習と教育の機関である」と述べています。このように、マネジメントとは一般に誤解されているような単なる管理手法などではなく、徹底的に人間に関わってゆく人間臭い営みなのです。そして、わたしは、「会社は社会のもの」というドラッカー思考のキモを説明しました。

f:id:shins2m:20200908163353j:plain事業の定義

f:id:shins2m:20200908163744j:plainわが社が提供するもの

 

ドラッカーは、企業の2つの基本的機能として、マーケティングイノベーションを定めました。また、「顧客の創造」としてのマーケティングと「価値の創造」としてのイノベーションを、マネジメントに不可欠の2つの要素と位置づけてもいます。「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」と問うことが重要なのです。顧客を満足させることこそ、会社の使命であり、目的です。そして、自社が何の会社であるかを明らかにできるのは顧客のみです。自社がどのような顧客の欲求に対応し、どのような顧客満足に貢献しようとしているのかによって定められるのです。わたしは、自身が経営するサンレーが何を売っているかということも話しました。

f:id:shins2m:20200908165603j:plainイノベーションについて説明

f:id:shins2m:20200908171358j:plain
ブルー・オーシャン戦略について

 

それから、「イノベーション」について話しました。
ドラッカーは、企業の2つの基本的機能として、マーケティングイノベーションを定めました。また、「顧客の創造」としてのマーケティングと「価値の創造」としてのイノベーションを、マネジメントに不可欠の2つの要素と位置づけています。ドラッカーの師である経済学者シュンペーターは「イノベーション」という考え方を重視しました。資源を陳腐化した古いものから新しい生産性の高いものへと移すイノベーションこそ、経済の本質であると主張し、その基盤となる「起業家精神」の存在を重視しました。起業家の行う不断のイノベーションが経済を変動させるのです。

f:id:shins2m:20200908172037j:plainリーダーシップとは何か

 

そして、「リーダーシップ」について語りました。
ドラッカーが唱えた「チェンジ・リーダー」についての説明を行い、人類史上最大の社会的イノベーションとしての「明治維新」についても自説を展開しました。「明治維新」といえば、今月23日に150周年を迎えたばかりです。わたしはNHK大河ドラマ西郷どん」のエピソードなどもまじえて「明治維新」の特殊性を話しました。

f:id:shins2m:20200908162913j:plainいかにして未来を創造するか

f:id:shins2m:20200908172528j:plainドラッカーの法則」を説明しました

 

 それから、「未来創造」について語りました。
ドラッカーによれば、未来を知る方法もまた2つしかないといいます。1つの方法は、すでに起こったことの帰結を見ること。彼自身の予測についても、すでに起こったことの帰結、つまりすでに起こった未来を知らせたにすぎないそうです。そうやって、さまざまな兆候から、ドラッカーソ連の崩壊を予測し、それを見事に的中させました。未来を知るもう1つの方法は、自分で未来をつくることです。具体的には、子どもを1人つくれば、人口が1人増えるといった話です。これなら、誰でも未来をつくることができますね。それと同じように、たとえ小さな会社でも何か事業を起こせば、世の中を変えてしまう可能性をもつのです。歴史はそうやってつくられるのだとドラッカーは言います。歴史とは、ビジョンを持つ1人ひとりの起業家がつくっていくものだというのです。

f:id:shins2m:20200908172734j:plainみなさんが未来を創ってください!

 

最後に、わたしは「みなさんが未来を創ってください!」と述べてから、「コロナ禍で大変だと思います。大学に来れなくて悲しいと思います。仲間と会えなくて孤独だと思います。でも、お願いですから、絶対に絶望しないで下さい。大学を辞めないで下さい。もし絶望しかかったら、『論語』やドラッカーの著作を読んで下さい。コロナを乗り越えた若いみなさんが創造する未来は、きっと明るいと信じています。明日は今日より素晴らしいのです!」と心から訴えました。講義を終えると、いつものように教室から拍手が聞こえないので寂しかったですが、今日の講義が、学生さんたちがこれから生きるうえで何かのヒントになれば嬉しいです。どうか、今日の講義内容が、学生さんたちの人生を豊かにしてくれますように!

f:id:shins2m:20200908172820j:plain明日は今日より素晴らしい!

 

2020年9月9日 一条真也

孔子講義収録

一条真也です。
わたしは、九州国際大学九国大、KIU)の客員教授として「教養特殊講義」を担当しています。毎年、秋に「孔子研究」と「ドラッカー研究」の講義を行います。今年も10月9日に孔子講義、同月16日にドラッカー講義を行う予定でしたが、新型コロナウイルスの影響でオンライン講義、それも動画収録になってしまいました。動画収録は、9月8日の午後から、 松柏園ホテルバンケットで行いました。

f:id:shins2m:20200908173153j:plain松柏園ホテルにて

講義の動画を撮影するのは初めての経験です。じつは前日に「『一条 真也』流: 読書術『DNAリーディング』で思想的源流をさかのぼる。」というネット記事を目にしました。kindle作家の綿樽剛さんという方が書かれた記事ですが、その中で、わたしのことについて「冠婚葬祭業の社長でありながら、大量の本を読み、同時に相当のアウトプットをし、さらには大学で『論語』やドラッカーも教えている」といったようなことが書かれていました。愚生のことを「知の巨人」とまでお呼びいただき恐縮至極ですが、この日は孔子ドラッカーの特別講義をダブルヘッダーで行うという荒業に挑戦しました。

f:id:shins2m:20200908141120j:plain孔子からのメッセージ」の収録開始!

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自著を紹介しました

 

まずは、「孔子からのメッセージ」と題した講義。
最初に、わたしは、「九国大の学生さんも、コロナで大変な思いをされていると思います。みなさんが幸せな人生を送るヒントになるような内容のある講義をしたいと思います」と述べました。それから、孔子の人物紹介や世界史的位置づけから説明しました。孔子は、紀元前551年に中国の山東省で生まれました。ブッダとほぼ同時期で、ソクラテスよりは八十数年早い誕生でした。孔子ブッダソクラテスにイエスを加えて、世界の「四大聖人」です。中国をはじめ、台湾、北朝鮮、韓国、そして日本といった東アジアの人々の「こころ」に大きな影響を与えました。

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孔子を学ぶ理由を語りました

 

孔子は学問に励み、政治の道を志しましたが、それなりのポストに就いたのは50歳を過ぎてからでした。試みた行政改革が失敗に終わって、「徳治主義」という自らの政治的理想を実現してくれる君主を求めて、諸国を流浪したのです。春秋戦国時代の末期であった当時は、古代中国社会の変動期でした。つねに「天」を意識して生きた孔子は、混乱した社会秩序を回復するために「礼」の必要性を痛感し、個人の社会的道徳としての「仁」が求められると考えました。多くの弟子を教えた孔子は、74歳で没します。死後、彼の言行録を弟子たちがまとめたものが『論語』です。そして、なぜ孔子を学ぶのか、その理由を説明しました。

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新旧の『孔子ドラッカー』を持つ

 

それから現代日本に話題を移し、「無縁社会」の話をしました。年間に3万2000人が無縁死し、3万人が自殺する社会に日本がなってしまった大きな原因は、血縁と地縁が弱まったことです。そして、その結果、あらゆる人間関係が希薄化しました。わたしたちが生きる社会において、最大のキーワードは「人間関係」だと思います。

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人間と人間学 

 

社会とは、つまるところ人間の集まりです。そこでは「人間」よりも「人間関係」が重要な問題になってきます。そもそも「人間」という字が、人は1人では生きてゆけない存在だということを示しています。人と人との間にあるから「人間」なのです。だからこそ、人間関係の問題は一生つきまといます。わたしは、人類が生んだあらゆる人物の中で孔子をもっとも尊敬しています。孔子こそは、人間が社会の中でどう生きるかを考え抜いた最大の「人間通」であると確信しています。その孔子が開いた儒教とは、ある意味で壮大な「人間関係学」です。

f:id:shins2m:20200908144911j:plain孔子について

 

孔子は「仁」「義」「礼」「智」といった人間の心にまつわるコンセプト群の偉大な編集者でした。彼の言行録である『論語』は千数百年にわたって、わたしたちの先祖に読みつがれてきました。意識するしないにかかわらず、これほど日本人の心に大きな影響を与えてきた書物は存在しません。特に江戸時代になって徳川幕府儒学を奨励するようになると、教養の中心となりました。そうして儒学は、武士階級のみならず、庶民の間にも普及したのです。

f:id:shins2m:20200908162912j:plain論語』との出合いを語りました

f:id:shins2m:20200908145757j:plain八大徳目を解説

 

江戸時代の日本において、『論語』で孔子が述べた思想をエンターテインメントとして見事に表現した小説が誕生しました。滝沢馬琴が書いた『南総里見八犬伝』です。江戸の大ベストセラーになりました。その中に登場する八犬士が持っていた玉には、それぞれ「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の文字が浮かび上がりました。この8つの文字こそ、孔子儒教思想のエッセンスとしてまとめたコンセプト群であり、わたしたち日本人が最も大切にした「人の道」のキーワードでした。

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「仁」について説明しました

f:id:shins2m:20200908151418j:plain「礼」について熱く語る!

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ホワイトボードで「孝」という字を解説

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君は「孝」の意味を知っているか?

 

それから、わたしは、「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」について話しました。「仁」の項目では、結局は「思いやり」の心が最も大切であると言いました。「義」の項目では、正義を行うことこそ勇気であると述べました。わたし自身が最も重視している「礼」の項目では、孔子は高貴な人にだけでなく、障害者や高齢者などをはじめ、あらゆる人に礼を尽くしたことを述べました。そして、「礼」とは「人間尊重」であると訴えました。「智」「忠」「信」「孝」「悌」についても語りました。こうして、最初の講義が終了しました。
次は、ドラッカー講義です!

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次は、ドラッカー講義です!

 

2020年9月8日 一条真也