死を乗り越えるブッダの言葉

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ああ、短いかな、人の生命よ。
百歳に達せずして死す。
たといそれよりも長く
生きたとしても、
また老衰のために死ぬ。(ブッダ

 

一条真也です。
当ブログで連載していた「空海の言葉」が終了したので、新たに「死を乗り越える名言」をお送りしたいと思います。
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。最初の名言は、ゴーダマ・ブッダ(推定:紀元前463年 ~紀元前383年)の言葉です。ブッダは「釈迦」とも呼ばれる仏教の開祖で、本名は「ゴータマ・シッダッタ」です。80歳没。

 

ブッダのことば: スッタニパータ (岩波文庫)
 

 

「ああ、短いかな、人の生命よ。百歳に達せずして死す。たといそれよりも長く生きたとしても、また老衰のために死ぬ。」は、『ブッダのことば』(中村元訳・岩波文庫)に紹介されている言葉で、出典は仏教最古の経典である『スッタニパータ』です。仏教の開祖であるゴーダマ・ブッダは、多くの言葉を残しました。

 

それらの言葉は、他の聖人たち同様に自らが書き記したのではなく、弟子たちによって書き留められ、伝聞として受け継がれてきました。弟子たちはブッダの言葉を、自らで咀嚼し、自分なりの解釈を加え、経典として残しました。わたしは、あらゆる教えや儀式は、ただ受け継いでいくのではなく、それぞれの時代に合わせて変化していくべきだと考えています。

 

守るものは守り、変えるべきものは勇気をもって変える――わたしはその作業を「アップデート」と呼んでいます。ブッダは弟子たちが、それぞれの解釈を加え、状況や時代に合わせて変化することを〝良し〟としていたと思います。それが、仏教のもつ、他の宗教にない多様性を生み出したのではないでしょうか。

 

ブッダが80歳まで長生きをしてくれたおかげで、〝老い〟というテーマについて、たくさんの言葉を残してくれました。それらの言葉は、〝老い〟について、人類史上もっとも切実な問題となった日本人に多くの示唆を与えてくれています。「人は老いるほど豊かになる」――これはわたしの持論です。そのことをブッダの言葉は再認識させてくれます。なお、この言葉は『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)に掲載されています。また、ブッダの生涯および思想に関しては、『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)に詳しく紹介されています。

 

死を乗り越える名言ガイド 言葉は人生を変えうる力をもっている

死を乗り越える名言ガイド 言葉は人生を変えうる力をもっている

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2020/05/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

2020年7月5日 一条真也

 

歌は「天啓」である(鎌田東二)

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一条真也です。
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、鎌田東二先生の言葉です。鎌田先生は日本を代表する宗教哲学者であり、上智大学グリーフケア研究所特任教授、京都大学名誉教授です。わたしは、大変親しくお付き合いさせていただいています。鎌田先生は宗教哲学民俗学、日本思想史、比較文明学などを幅広く研究されるかたわら、石笛・横笛、法螺貝を奏することで有名ですが、自称「神道ソングライター」という稀代の歌い手でもあります。


(020)歌と宗教 (ポプラ新書)

(020)歌と宗教 (ポプラ新書)

  • 作者:鎌田東二
  • 発売日: 2014/01/07
  • メディア: 新書

 

数百曲以上の「神道ソング」は、驚くべきことに3分で出来てしまったそうです。ちなみに、わが社の社歌である「永遠からの贈り物」も、渋谷から大宮までの電車の車中で作られたとか。その神ワザのような速度について、鎌田先生はブログ『歌と宗教』で紹介した著書の中で「わたしの曲はもうすでにどこかにあるもので、それをダウンロードするような形で自分の中に引っ張りこんでくるだけだからだ。」と語られています。


神道ソングを歌う鎌田先生

 

鎌田先生は紀貫之が記した古今和歌集の仮名序やピタゴラスの天球の音楽などを引用しながら、歌の力が及ぶものは、人間の目に見える、可視的な空間だけではないと喝破。森羅万象とは霊的な、隠神(いみのかみ)の住む世界でもあり、可視界と不可視界の両方を含む全体であり、歌はそういう目に見えない影の霊的存在をも感動させる力を持っていると述べておられます。


「礼楽」を実現する(?)ムーンサルト・カラオケ♪

 

そして、鎌田先生は歌の本質について、「歌は『天啓』である。天から降ってくる律動であり、それとうまく通じ合い、それをうまく受信できる状態にどうやって自分を置くことができるかが重要になる」と解明されています。うまいヘタのレベルではなく、いのちあるものとして応答しなくてはならないという思いが「神道ソング」の世界なのだそうです。歌は、宗教や人種や民族を超越したものであるがゆえに、鎌田先生は「神道ソングライター」として、明るい世直しを実践されているのです。そういえば、7月5日は満月ですね。先程、鎌田先生とわたしの満月の夜のWEB往復書簡である「ムーンサルトレター」の第183信をお送りしました。

 

2020年7月5日 一条真也

降り積もる白雪  

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ああ、あなたの亡くなった年に降る白い雪。
何と厳しい寒さだろう。
(『藤原園人遺族宛書翰』)

 

一条真也です。
空海は、日本宗教史上最大の超天才です。
「お大師さま」あるいは「お大師さん」として親しまれ、多くの人々の信仰の対象ともなっています。「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の異名が示すように、空海は宗教家や能書家にとどまらず、教育・医学・薬学・鉱業・土木・建築・天文学・地質学の知識から書や詩などの文芸に至るまで、実に多才な人物でした。このことも、数多くの伝説を残した一因でしょう。

 

超訳空海の言葉

超訳空海の言葉

 

 

「一言で言いえないくらい非常に豊かな才能を持っており、才能の現れ方が非常に多面的。10人分の一生をまとめて生きた人のような天才である」
これは、ノーベル物理学賞を日本人として初めて受賞した湯川秀樹博士の言葉ですが、空海のマルチ人間ぶりを実に見事に表現しています。わたしは『超訳 空海の言葉』(KKベストセラーズ)を監訳しました。現代人の心にも響く珠玉の言葉を超訳で紹介します。

 

空海の言葉を紹介するブログは、これで最終回です。
 これまでのご愛読、ありがとうございました。

 

2020年7月5日 一条真也拝 

『死ねない時代の哲学』

一条真也です。
4日、金沢から小倉へ戻ります。
125万部の発行部数を誇る「サンデー新聞」の最新号が出ました。同紙に連載中の「ハートフル・ブックス」の第146回分が掲載されています。取り上げた本は、『死ねない時代の哲学』村上陽一郎著(文春新書)です。

f:id:shins2m:20200702011246j:plainサンデー新聞」2020年7月4日号

 

新型コロナウイルスの感染拡大がによって、多くの方々が亡くなられました。日本人の中にも「死」を意識して生きている方が増えているのではないでしょうか。本書は自分なりの死生観を持つために最適な一冊です。

 

著者は科学史家、科学哲学者。1936年(昭和11年)、東京生まれ。東京大学教養学部卒、同大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学教養学部教授、同先端科学技術研究センター長、国際基督教大学教養学部教授、東洋英和女学院大学学長などを歴任。現在は東京大学名誉教授です。

 

著者によれば、いま、わたしたちは、「なかなか死ねない時代」に生きているといいます。人類の歴史の中で、ひとり一人が死生観を持つことはありませんでした。病気や怪我による不慮の死が身近だった時代、どのように死ぬのかを考えるのではなく、どう生きるかこそが問われていたからです。

 

しかし、医療が進歩し、人生の終わりが引き延ばされるようになったことで、逆に、わたしたちは自分の死について具体的に考えなければいけなくなっています。歴史上初めて、「自分の人生をどう終わらせるのか」という問いに答えなければならなくなったのです。著者は「死を思えるのは人間だけ」として、「多くの場合、激甚な疫病(今の言葉で言えば、感染症ですが)が流行したとき、社会は否応なく死の自覚へと傾きます」と述べています。

 

また、「面白いことに、ヨーロッパでは、ほぼ300年周期のパンデミック(世界的規模での感染症の流行)なペストが、重要な文学作品を生み出してきました。(中略)14世紀には、ボッカチオの『デカメロン』、17世紀にはD・デフォーの『疫病流行記』、19世紀の流行にはカミュの『ペスト』といった具合です。それだけ、人間性の追求を基本とする文藝の世界にも、死は巨大な影響を与えてきたのでしょう」と述べています。それならば、WHOがパンデミックを宣言した現在、日本はもちろん世界中の人々が死を自覚していると言えるでしょう。

 

さらに著者は、「死を選べる社会」として、「死が日常だった時代と今が違うのは、これまでなら、死生観といっても、来世はどうなるだろう、といったことを考えていればよかったものが、今は、現実的に、自分がどう死ぬかを考えなくてはいけなくなったということです」と指摘し、最後には「安楽死を巡る問題は、まさしく、いま私たちが『公』として考え、行動しなければならない時期に来ている」と提言しています。わたしは、これまで「死」については考え続けてきましたし、著書も多数ありますが、本書には多くのヒントを与えられました。

 

死ねない時代の哲学 (文春新書)

死ねない時代の哲学 (文春新書)

 

 



2020年7月4日 一条真也

『令和こころ通信』

一条真也です。
2日、金沢に来ました。
3日、サンレー北陸の本部会議を行います。
新しいブックレット『令和こころ通信』が刊行されました。

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『令和こころ通信』 

 

わたしは、これまで多くのブックレットを刊行してきました。それらの一覧は一条真也オフィシャル・サイト「ハートフルムーン」の「佐久間庸和著書」で見ることができます。今回のブックレットは、令和元年5月6日から同2年4月21日まで、「西日本新聞」において全24回にわたって連載したコラムをまとめたものです。

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『令和こころ通信』目次

 

西暦2019年5月、「令和」の御代が始まりました。平成の時代を顧みると、無縁社会の進行としてその一面をとらえることができます。言い換えるなら、平成は個々人の孤立が進行した時代であったともいえるのではないでしょうか。この現状を超克し、令和の時代に日本人が幸福を得るために何が必要か。わたしは、日本人が失っていない「心」に、その解が隠されていると考えています。だからこそ、これからの日本は「心ゆたかな社会」――ハートフル・ソサエティの実現を目指さなければなりません。

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西日本新聞」2019年5月6日 朝刊

f:id:shins2m:20200702163633j:plain01回「新元号に寄せる思い

タイトルと内容は以下の通りです。

01回「新元号に寄せる思い

02回「令和の時代に礼の輪を

03回「この世は『有縁社会』

04回「『隣人祭り』のある街

05回「災害時は紫雲閣へ

06回「縁を生かす沖縄に学ぶ

07回「小倉に落ちるはずの原爆

08回「盆踊りで有縁社会再生

09回「結婚式 親子で模擬体験

10回「『終活』から『修活』へ

11回「グリーフケアの時代

12回「ラグビーのような社会へ

13回「月を見上げて、死を想う

14回「平成中村座に『孝』を見た

15回「『風と共に去りぬ』再鑑賞

16回「クリスマスに亡き人を想う

17回「生活の古典を愛でる

18回「成人式に思うこと

19回「歌に託さんわが志

20回「バレンタインデーの願い

21回「儀式なくして人生なし

22回「葬儀は人生の『卒業式』

23回「結婚は最高の平和である

24回「何事も陽にとらえる

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西日本新聞」2020年4月21日朝刊

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なお、本コラムを連載中に新型コロナウイルス(COVID-19)が巻き起こした疫禍は社会を一変させてしまいました。しかし、何事も陽にとらえれば、これは今までの社会を改める絶好の機会でもあると思います。本冊子に掲載されているコラムが、読者の皆さんが新たに創りだす社会にとって何かしらの参考になれば――1人でも多くの人が幸福に過ごせる社会の一助になれば幸いです。
なお、このブックレットは、サンレーグループの諸施設に置きます。また、希望される方がおられたら、無料でお送りいたします。ご希望の方は、わたしの公式サイト「ハートフルムーン」のメールをお使い下さい。どうぞ、ふるってご応募下さい。御連絡をお待ちしております!

 

2020年7月3日 一条真也

『奇書の世界史』

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語

 

一条真也です。
2日、金沢に出張します。
『奇書の世界史』三崎律日著(KADOKAWA)を読みました。「歴史を動かす“ヤバい書物”の物語」というサブタイトルがついています。人気動画シリーズを大幅に加筆修正し、書き下ろしを加えて書籍化したそうです。著者は1990年、千葉県生まれ。会社員として働きながら歴史や古典の解説を中心に、ニコニコ動画、YouTubeで動画投稿を行う。代表作「世界の奇書をゆっくり解説」のシリーズ累計再生回数は600万回を超え、人気コンテンツとして多くのファンを持っています。動画は観たことがありませんでしたが、本書の内容は非常に面白かったです。「奇書」を扱いながらも、その正体はリベラルアーツの「名著」でした。

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本書の帯

 

本書の装丁は、三森健太氏が手掛けられています。カバー表紙にはヘラルト・ファン・ホントホルストの「コンサート」という絵画が使われ、帯には「これは良書か、悪書か。「時代の流れで変わる、価値観の正解。」「ロマン、希望、洗脳、欺瞞、愛憎、殺戮――1冊の書物をめぐる人間ドラマの数々!」と書かれ、非常に前衛的なレイアウトの帯の表裏ともに本書で取り上げられている奇書の書名と簡単な説明が掲載されています。また、カバー前そでには、「時代の移ろいにより、評価が反転した書物たち――。価値観とは歴史の、過去から現代の流れでどう変わったのか。その『差分』を探り未来の私たちを占ってみよう」とかかれています。

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本書の帯の裏

 

アマゾンの「内容紹介」には、「本書で紹介する奇書とは、数“奇”な運命をたどった“書”物です。『かつて当たり前に読まれていたが、いま読むとトンデモない本』『かつて悪書として虐げられたが、いま読めば偉大な名著』1冊の本を『昔』と『今』の両面から見ると、時代の流れに伴う価値観の『変化』と『差分』が浮かび上がります。過去の人々は、私たちと比べ、『どこまで偉大だったか』『どこまで愚かだったか』――。これらから得られる『教訓』は、私たちに未来への示唆を与えてくれるでしょう」と書かれています。



本書の「目次」は以下の構成になっていますが、紹介されている各書の解説動画と一緒にご覧下さい。

「はじめに」

01 魔女に与える鉄槌

ハインリヒ・クラーメル著、ヤーコブ・シュプレンガー著

~10万人を焼き尽くした、
  魔女狩りについての大ベストセラー


02 台湾誌 

ジョルジュ・サルマナザール著

~稀代のペテン師が妄想で書き上げた「嘘の国の歩き方」

 03 ヴォイニッチ手稿

~万能薬のレシピか? へんな植物図鑑か? 
 未だ判らない謎の書


04 野球と其害毒

新渡戸稲造ほか著 

~明治の偉人たちが吠える「最近の若者けしからん論」


05 穏健なる提案

ジョナサン・スウィフト

~妖精の国に突き付けられた、不穏な国家再建案

 番外編01 
天体の回転について

ニコラウス・コペルニクス

~偉人たちの知のリレーが、地球を動かした


06 非現実の王国で

ヘンリー・ダーガー

~大人になりたくない男の、ネバーエンディングストーリー


07 フラーレンによる
           52Kでの超伝導

ヤン・ヘンドリック・シェーン著

~物理学界のカリスマがやらかした“神の手”


08 軟膏を拭うスポンジ/
そのスポンジを絞り上げる

ウィリアム・フォスター著/ロバート・フラッド

~奇妙な医療にまつわる、奇妙な論争


番外編02 
物の本質について

ルクレティウス

~世界で最初の快楽主義者は、この世の真理を語る


09 サンゴルスキーの
            『ルバイヤート

ウマル・ハイヤーム著、フランシス・サンゴルスキー装丁

~読めば酒に溺れたくなる、水難の書物


10 椿井文書

椿井政隆著

~いまも地域に根差す、江戸時代の偽歴史書

 11 ビリティスの歌

ビリティス著、ピエール・ルイス

古代ギリシャ女流詩人が紡ぐ、赤裸々な愛の独白


番外編03 月世界旅行

ジュール・ヴェルヌ

~1つの創作が科学へ導く、壮大なムーンショット



「解説」ルートポート(会計史研究家/ブロガー)
「おわりに」
「参考文献」

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愛読した自由国民社の「奇書」シリーズ

 

本書には、さまざまな古今東西の奇書が紹介されており、わたしの知らない本も多かったので、読みながらとてもワクワクしました。特に、『穏健なる提案』とか『軟膏を拭うスポンジ』などはもちろん本書でその存在を知りましたが、そのあまりに奇想天外な内容に呆然となりました。著者は、まだ30歳のお若い方なのに、よくこんな本を見つけてきましたね。高校生の頃に、自由国民社から出ていた奇書シリーズを愛読していたわたしは嬉しくなってしまいました。

 

【「新青年」版】黒死館殺人事件

【「新青年」版】黒死館殺人事件

 
虚無への供物 (講談社文庫)
 

 

「奇書」とは何か。「日本三大奇書」として知られるのは夢野久作ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』ですが、著者によれば、これらの本はいずれも生まれた瞬間から奇書であり、作者の卓越した才能にあふれる名著とのこと。しかし、著者は「私はむしろ、狙って『奇書』としては書かれていない書物に興味をくすぐられます。作者自身の計らいを超え、いつの間にか『奇』の1文字を冠されてしまったもの。あるいは、かつて「名著」と持て囃されたのに、時代の移り変わりのなかで『奇書』の扱いを受けるようになってしまった本――。つまり、数奇な運命を辿った書物です」と述べます。

 

また、著者は以下のようにも述べています。
「本書では、こうした歴史の『ある地点』において奇書として位置付けられた書籍を、『奇書』と『名著』の両方の観点から眺めていきます。『かつて当たり前に読まれていたが、いま読むとトンデモない本』『かつて悪書として虐げられたが、いま読めば偉大な名著』1冊の本を『昔』と『今』の両面から見ていけば、時代の変遷に伴う『価値観の変化』が浮かび上がってきます」

 

本書で初めて知った奇書たちは刺激的な内容の本が多かったですが、わたしが最も興味深く読んだのは、じつは番外編の3冊でした。そう、『天体の回転について』、『物の本質について』、そして『月世界旅行』です。これらは「奇書」というよりも、現代では知らない者のいない「名著」として不動の地位にありますが、本書を読むと、これらの「名著」がとびきりの「奇書」に思えてくるから不思議です。

 

天体の回転について (岩波文庫 青 905-1)

天体の回転について (岩波文庫 青 905-1)

 

 

まずは、『天体の回転について』から。
1543年に出版された同書で、ポーランド出身の天文学者であるニコラウス・コペルニクスは地動説を主張しました。1512年から行われた第5ラテラン公会議においては、教会暦の改良についても議論されました。コペルニクスは、このとき意見を求められましたが、1年の長さと月の運動の知識が不十分であったため問題の解決ができなかったことを認識し、太陽系の構造を根本から考え直したといいます。1539年にコペルニクスの弟子となったゲオルク・レティクスがコペルニクスの手稿を読み、レクティスの天文学の師のヨハネス・シェーナーに概要を送り、1540年に出版されました。その評判とレクティスの強い勧めにより、同書はコペルニクスの死の直前に出版されたのです。

 

 

コペルニクスが活躍した15~16世紀は、「天動説」が主流でした。現在のわたしたちは「この宇宙の中心とはすなわち我々の住む地球であり、その周囲を月や太陽、そのほかの惑星が回る」という事実を知識として持っていますが、天動説が当たり前とされた当時、「天動説」に反旗を翻した『天体の回転について』は「奇書」にほかなりませんでした。「地面が動いている」などというコペルニクスモデルを信じることができなかったデンマークの天体観測者ティコ・プラーエは、プトレマイオスモデルをうまく変形することによって、現在の観測データに合致させることができると信じていました。彼は、その野望を実現するため、膨大な観測記録を採ったのでした。

 

宇宙の調和

宇宙の調和

 

 

 

ブラーエが遺したデータを最初に受け継いだのは、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーでした。著者は「ケプラーは紛れもなく『天才』であり、師が取り組んでいたプトレマイオスモデルの修正がうまく行かないことも、早々に悟っていました」と述べていますが、ケプラーが計算によって導き出したのは、「惑星の軌道は楕円となる」「惑星は太陽からの距離によって速度が変化する」という、聖書のどこをさらっても出てくることのなかった「新たな法則」でした。古代ギリシャ以来、「神の創りし宇宙は完全を期して真円を描く」という考え方が一般的でした。著者は、「コペルニクスですら脱することのできなかったその常識を、ケプラーは打ち破ったのです。不完全だった地動説は、ケプラーによって格段にその信憑性が高まりました。天体の正確な運行を予測することが可能となり、天動説に対する理論の優位性が決定的なものになったのです」と述べています。

 

天文対話〈上〉 (岩波文庫)

天文対話〈上〉 (岩波文庫)

 

 

コペルニクスの提唱した「地動説」の理論を引き継いだ人物が、かのガリレオ・ガリレイです。イタリアの物理学者、天文学者、哲学者で、ロジャー・ベーコンとともに科学的手法の開拓者の1人として知られています。その業績からガリレオは「天文学の父」と称され、1973年から1983年まで発行されていた2000リラ紙幣にはガリレオの肖像が採用されていました。ガリレオは1564年に没しましたが、奇しくもその年のクリスマス、1人の男の子がイングランド東海岸に位置するリンカンシャーの小都市ウールスソープで生まれました。未熟児として生まれ、助産師に長生きはしないだろうと言われたその子どもの名はアイザック・ニュートンニュートンについて、著者は「過去の人々から受け継がれてきた『観測』と『実験』に基づくデータを、たった1人で『理論』という剣に鍛え上げ、『自然哲学』と『現代科学』との境を切り拓いた人物です」と評しています。

法則の法則』(三五館)

 

このコペルニクス、ブラーエ、ケプラーガリレオニュートンへと続く「知のリレー」について、わたしは2008年に上梓した『法則の法則』(三五館)の中で詳しく紹介しました。同書は「本物の法則とは何だろう」というテーマを追求した本で、帯には、『聖書』『論語』『般若心経』『天体の回転について』『道徳感情論』『国富論』『人口論』『資本論』『種の起源』『人を動かす』など、本書で取り上げられる多くの書籍のタイトルの上に「本物はどれだ」と大書されています。同書で、わたしはニュートンを「法則王」と名づけました。ニュートンが発見した「万有引力の法則」によって、物理的世界というものが整然とした秩序を持っていることが、地上界のみならず宇宙全体にわたって解明されました。それまでも、宇宙には調和があり、何らかの秩序を持っていることは知られていましたが、その個々の部分を結びつけているものの正体がとうとう明らかになったのです。史上初めて、天上界と地上界の運動が、同じ法則のもとに統合されたのです。ニュートンは、人類をアリストテレス以来の質的な自然観から解放し、コペルニクスにはじまる量的な自然観がここに確立したのでした。

 

物の本質について (岩波文庫 青 605-1)

物の本質について (岩波文庫 青 605-1)

 

 

『天体の回転について』が自然科学における「知のリレー」の書なら、人文科学科学における「知のリレー」の書が『物の本質について』です。著者のルクレティウス共和政ローマ期の詩人・哲学者です。エピクロス宇宙論を詩の形式で解説したのが『物の本質について』です。ルクレティウスは、説明のつかない自然現象を見て恐怖を感じ、そこに神々の干渉を見ることから人間の不幸が始まったと論じます。また、エピクロスの「死によってすべては消滅する」という立場から、死後の罰への恐怖から人間を解き放とうとしました。そのエピクロス古代ギリシャの哲学者デモクリトスの著作に影響を受け、デモクリトスは同じく古代ギリシャの哲学者レウキッポスに師事することでその思想を得たとされています。著者は「つまり、『物の本質について』で語られている内容の素地は、じつに紀元前5世紀から受け継がれていたのです」と述べています。

 

 

デモクリトスは原子論をはじめとする多くの思想を作り上げたことで知られていますが、ソクラテスプラトンと同時代を生きた人物です。アテネにも暮らしていたことがありますが、プラトンの著作の中には「デモクリトス」の名は登場しません。しかし、ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』には、デモクリトスについての記述が残されています。それによると、プラトンは一時、デモクリトスを猛烈にライバル視していたそうです。デモクリトスの著作をかき集めて燃やそうとしたが周囲から止められた、というエピソードまであるというから驚きですね。デモクリトスは多作な人物としても知られており、『小宇宙体系』という著書の冒頭で「私はこれからあらゆことについて論じる」と書いています。デモクリトスについて、著者は「当時の自然科学、思想、政治、芸術、農業、医療、軍事など、あらゆる分野に通じた『知の巨人」』でした」と述べています。

 

 

そのデモクリトスに影響を受けたのがエピクロスですが、彼らの思想はキリスト経の思想とは決定的に相容れない点がありました。エピクロスが活躍した当時、アリストテレスの思想が大きな影響力を持っていましたが、著者は「目的論で世界を解釈していたアリストテレス思想は、解釈次第では『魂の不滅』『神の』『死後の救い』といった、キリスト教の主要な教義を損なうことなく統合可能でした。一方で、原子論に基づいて世界を解釈したエピクロスは、魂は肉体の消滅とともに霧消すると明言していました。エピクロスの主張は、当時のカソリック教会が説いていた世界観を根底から覆すものだったのです」と述べています。

 

人と思想 83 エピクロスとストア

人と思想 83 エピクロスとストア

  • 作者:堀田 彰
  • 発売日: 2014/08/01
  • メディア: 単行本
 

 

当時の社会秩序そのものを揺るがしかねない「思想的テロリズム」ともいうべきエピクロスの思想について、著者は「中世、治安維持のための組織を行政が十分に行使することができなかった地域では、秩序の維持に最も有効なのは、信仰という名の枷でした。教会は、絶対的な恐怖の対象である「死」という現象に対して、「死後の復活」という“救い”と、「地獄」という“罰”を用意することで、人々に対して「善く生きる」よう求めました。つまり、この秩序を維持しているものは「死は恐ろしいものであり、善く生きればその恐怖を乗り越えられる」という信仰にほかなりません」と述べています。

f:id:shins2m:20200430111411j:plain死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)

 

しかし、エピクロスはこの「死」という現象に対し、「死は我々にとって何ものでもない。(中略)なぜなら、我々が存する限り、死は現に存せず、死が現に存するときには、もはや我々は存しないからである」と言い切るのでした。このエピクロスのよく知られた「死」についての言葉は、今年の5月26日に上梓したばかりの拙著『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)には登場しません。代わりに、ソクラテスの「哲学は死の予行演習」、プラトンの「哲学者の全生涯は、まさに死に至ることと、その死を成就することである」、そして、アリストテレスの「友人がいなければ、誰も生きることを選ばないだろう。たとえ、他のあらゆるものが手に入っても」という言葉が登場します。わたしの考え方は、エピクロスよりもソクラテスプラトンアリストテレスの影響を強く受けているのです。

 

君主論 (岩波文庫)

君主論 (岩波文庫)

 

 

『物の本質について』は、さらに多くの人物に影響を与えました。著者は、以下のように述べています。
「15世紀に発掘されたこの本は、現在まで50冊以上の写本が見つかっています。そのなかでもバチカン図書館で発見された1冊は、長らく筆記者が不詳のままでした。1960年代の筆跡鑑定で、ようやく明らかになった文字の主の名は、ニッコロ・マキャベリ。『君主論』の著者として知られる人物です。几帳面に筆写された本文のほかにも随所に書き込まれた脚注は、たいへん熱心に読み込んだことを意味しています。『君主は個人的な道徳よりも政治的な道徳を優先し、多少のあくどいことはむしろ率先してすべきである』というマキャベリの権謀術数主義の思想は、信仰の倫理に縛られた者からは、まず生まれ得ぬものです」
マキャベリの死後、『物の本質について』はガリレオも魅了しました。裁判記録によれば、ガリレオが有罪とされた根拠は地動説だけでなく、『物の本質について』で述べられている原子論を引用し、支持したことも含まれていたのです。

 

種の起原〈上〉 (岩波文庫)

種の起原〈上〉 (岩波文庫)

 

 

また、エラズマスという名の18世紀のイギリスの詩人も『物の本質について』を愛読していました。医師や自然哲学者など様々な顔を持っていたエラズマスは、『物の本質について』の詩的な美しさに魅了され、自身もその知識や哲学を詩の形で、『植物の園』という著書を残しました。この本は植物の分類や生態を幻想的な文体で表現したもので、本文よりも脚注のほうが多いという異色な作風となっています。著者は、「現代で、エラズマスという名を知る人はあまりいないでしょう。むしろその孫である、チャールズ・ダーウィンの勇名が際立っています。じつはエラズマスは、チャールズに先駆けて『進化』――すなわち、生物の種が他の種から現れるという発想――を生物学に取り入れた人物の1人なのです。チャールズは祖父を、科学よりも詩情に偏っていると批判しています。とはいえ、孫として導き出した『科学の思想(=進化論)』は、祖父の影響を強く受けたものであることは確かです」と述べています。

 

 

『物の本質について』は芸術家をも魅了しました。イタリアのフィレンツェ生まれの画家サンドロ・ボッティチェリの代表作である「ヴィーナスの誕生」は、ルクレティウスの詩に触発されたものとされています。そして19世紀の初め、アメリカ合衆国第3代大統領、トマス・ジェファーソンの書斎にもその本は見つけられます。彼の本棚には、『物の本質について』のラテン語版が少なくとも5冊、イタリア語版、英語版、フランス語版が置かれていたといいます。『物の本質について』の個人の自由意思を尊重する思想に深く共感したジェファーソンは、彼自身が書いた文書として最も有名な「独立宣言」草稿に、ルクレティウスの影響を感じさせる一文を差し入れています。現在の超大国アメリカの建国精神にも『物の本質について』は影響を与えていたのです。

 

アメリカ独立宣言

アメリカ独立宣言

 

 

『物の本質について』をめぐる「知のリレー」はじつに感動的ですが、著者は「科学の世界でも、イノベーションやブレイクスルーといったものは、一見関わりのない2つの領域同士を結びつけることによって起こります。『地上』と『天上』を結びつけた『万有引力』。『磁力』と『電力』を結びつけた『マクスウェル方程式』。『時間』と『空間』を結びつけた『一般相対性理論』。古代からもたらされたアリストテレス哲学を信仰に結びつけた、トマス・アクィナス。そして、祖国から持ち込んだ『信仰』に、古代から掘り出された『自由』という概念を結びつけることに成功したアメリカが、現在、世界唯一の『超大国』を名乗っているのは非常に興味深いところです」と述べています。この一文は、格調高い名文であると思いました。

あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)

 

『物の本質について』という本の背景には、レウキッポス、デモクリトスエピクロスルクレティウスマキャベリガリレオダーウィン・・・・・・感動的な「知のリレー」があります。そして、それは2009年に上梓した拙著『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)で提唱した「DNAリーディング」と考え方を証明するものです。DNAリーディングは、わたしの造語で、いわゆる関連図書の読書法です。1冊の本の中には、メッセージという「いのち」が宿っています。その「いのち」の先祖を探り、思想的源流をさかのぼる、それがDNAリーディングです。当然ながら古典を読むことに行き着きますが、この読書法だと体系的な知識と教養が身につき、現代的なトレンドも完全に把握できるのです。現時点で話題となっている本を読む場合、その原点、源流をさかのぼり読書してゆくDNAリーディングによって、あらゆるジャンルに精通することができます。たとえば哲学なら、ソクラテスの弟子がプラトンで、その弟子がアリストテレスというのは有名ですね。また、ルソーの大ファンだったカントの哲学を批判的に継承したのがヘーゲルで、ヘーゲル弁証法を批判的に継承したのがマルクスというのも知られていますね。マルクスの影響を受けた思想家は数え切れません。こういった影響関係の流れをたどる読書がDNAリーディングです。

 

 

本書では、最後に『月世界旅行』が取り上げられています。「SFの父」と呼ばれたフランスの作家ジュール・ヴェルヌの2つの小説(1865年の『地球から月へ』、1870年の『月を周って』)を合わせたのは『月世界旅行』です。日本が明治維新を迎える頃、南北戦争後のアメリカ合衆国から2人のアメリカ人と1人のフランス人を乗せたロケット弾が月へ向けて発射されるという物語です。しかしロケットの行く手には、流星の衝突、軌道の変化などの困難が待ちうけていました。物理学、歴史から精神分析まで、該博な注が多層な読みが可能なSF史上不朽の名作です。



「フィクションとサイエンスが織りなす世界」として、著者は「ヴェルヌに夢中になった人のなかから、“本物のサイエンス”の匂いを嗅ぎ取った者たちが現れます。ヴェルヌの提示した空想に『ここが間違っている』と疑問を呈し、『どうすればいいのか』という問いにいたった人々が、生涯を賭して『人類を月へ送る』いう壮大な夢を追い求め始めたのです」と述べます。そして、まず、コンスタンチン・ツィオルコフスキーを紹介します。のちに「ロケットの父」と呼ばれたツィオルコフスキーは16歳で単身モスクワへと旅立ちます。月に10ルーブルしかない仕送りを本と実験器具に費やし、食事は水と黒パンのみという極貧生活の中で、彼は学問に打ち込みます。ある日、彼は通いつめていた本屋で『月世界旅行』と邂逅します。そして同書を読んだ彼は、自身の学究の目指す先を「宇宙へ行くこと」であると定めたのでした。



ツィオルコフスキーがこの世を去った1935年、アメリカでは世界初のジャイロスコープを使った誘導装置搭載ロケットの打ち上げ実験が行われました。開発した人物は、アメリカの発明家でロケット研究家のロバート・ゴダード。これまで理論研究に留まっていたツィオルコフスキーの考察を、ロケット開発で実現した人物ですが、彼もまた『月世界旅行』に魅せられて、宇宙旅行の夢に取り憑かれた1人でした。父親の影響で一度は医学の道に進みますが、宇宙への夢が諦めきれず、人生の舵をロケット工学へと切ったのです。また、ドイツのロケット工学者ヘルマン・オーベルトは、11歳の少年が誕生日に母から与えられた『地球から月へ』に夢中になりました。物語を何度も読み返すうちに内容を暗記するほどになりますが、さらに、ロケット研究者として名を上げていたツィオルコフスキーの著作に影響を受け、オーベルトもロケット開発の道へと進んでいきます。



人類を月に送り込んだ張本人は、ドイツの工学者であり、ロケット技術開発の最初期における最重要指導者の1人であったフォン・ブラウンです。彼は、第二次世界大戦後にドイツからアメリカ合衆国に移住し、研究活動を行いました。旧ソ連セルゲイ・コロリョフと共に米ソの宇宙開発競争の代名詞的な人物ですが、著者は以下のように述べています。
ヒトラー自殺の報を受け、1945年5月、フォン・ブラウンをはじめとするペーネミュンデ基地の技術者たちは一斉にアメリカへと亡命しました。そこで次なる宇宙計画に着手することとなるのです。一方、無人となったペーネミュンデ基地にはソ連軍が侵攻し、V-2の研究資料を我が物にせんと調査団が派遣されました。指揮を執ったのは、セルゲイ・コロリョフ。無実の罪によって強制労働施設に収容された際、劣悪な環境で壊血病を患ったり、尋問によって顎を砕かれるなど、多くの障害を乗り越えた質実剛健な男です。コロリョフは、ブラウンが成し遂げた偉業の痕跡を目にして驚嘆しました。そして、この技術を持ち帰り、祖国をさらなる高みへ押し上げようと決意したのです」



コロリョフは、ソ連の秘密工場であるバイコヌール基地でロケットの開発に乗り出し、 1957年10月4日、R-7ロケットに取り付けられた人類史上初の人工衛星、「スプートニク1号」が打ち上げられました。1961年4月12日、ユーリ・ガガーリンを乗せたロケット「ヴォストーク1号」が、バイコヌール宇宙基地から飛び立ちました。人類で初めて肉眼で「地球」の全貌を目撃したガガーリンは、「空は暗く、地球は青かった」という言葉を残しました。アメリカはまたしても「史上初」のトロフィーを逃したわけですが、著者は「なぜここまでアメリカが先を越されてしまったのか――。その理由は2つあります。ひとつは東側諸国に対して、技術的優位を過信した奢りによる出遅れがあったこと。もうひとつは、ソ連側が完璧な秘匿体制を敷いていたことです」と述べています。



しかし、アメリカも逆襲を開始します。「ソ連が世界初の有人宇宙飛行に成功した」という衝撃のニュースが世界中を駆け巡った1カ月後、アイゼンハワーに代わって就任した若き大統領ジョン・F・ケネディは、冬に予定していた計画発表を繰り上げて、「月面着陸計画」を発表しました。そこで、ケネディは「10年以内に人類を月に送り込み、かつ安全に帰還させる」と宣言したのです。その後、1966年1月14日、コロリョフが死去します。彼はソ連の宇宙開発にとっての技術的かつ精神的な支柱でしたので、ソ連にとっては大きな痛手でした。1969年7月16日、ニール・アームストロングマイケル・コリンズ、バズ・オルドリンの3名がケネディ宇宙センターでサターンV型ロケットに乗り込みました。「アポロ11号」です。こうして、NASAアポロ計画における5度目の有人ミッションにして、11番目の機体が、ついに人類を月に送ることに成功したのです。



ジュール・ヴェルヌが、空想のコロンビアード砲を月に向けてから約1世紀が経過し、アポロ11号の着陸船「イーグル」は人類を乗せ、司令船「コロンビア」から本物の月へ降り立ちました。アームストロングは「これは1人の人間にとっては小さな1歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という、あまりにも有名な言葉を吐きました。著者は、「アームストロングが語った『偉大な飛躍』とは、いくつもの偉大な『1歩』の積み重ねの先にあります。サターンV型ロケットに採用された『多段式分離エンジン』を構想したのは、ツィオルコフスキーです。バルブ制御で権力をコントロールする『液体燃料式ロケット』を初めて実現したのは、ゴダードです。その命懸けの執念で、世界を宇宙時代へと駆り立てたのは、コロリョフです。そして38万kmという、月までの長い道のりの第1歩となったのは、たったひとつのフィクションだったのです」と述べています。そのフィクションとは、もちろん『月世界旅行』です。

ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー

 

時代は流れ、2008年4月3日。欧州宇宙機構が打ち上げた初の補給船が、国際宇宙ステーションとドッキングしましたが、その船は「ジュール・ヴェルヌ」と名づけられていました。このとき、『月世界旅行』の直筆原稿が物と一緒に国際宇宙ステーションへ届けられました。ヴェルヌの描いた物語は、その内容のとおりに地球の空をめぐったのです。SFから現実のアポロの月面着陸までの感動的なドラマを、わたしは1992年に上梓した『ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー)の中の「イマジネーション資本主義」という章で、詳しく紹介しました。そこで、わたしは「地球の重力圏から脱出することなど絶対に不可能だとされていた。すなわち、学識のある教授たちが、1957年にスプートニク1号が軌道に乗る一年ほど前までは、こんなことは問題外だと断言し続けてきた。その4年後の61年には、ガガーリンの乗った人間衛星船ヴォストーク1号を打ち上げ、人類最初の宇宙旅行に成功した。さらに69年にはアポロ11号のアームストロングとオルドリンが初めて月面に着陸した。ここに古来あらゆる民族が夢に見続け、シラノ・ド・ヴェルジュラック、ヴェルヌ、ウェルズといったSF作家たちがその実現方法を提案してきた月世界旅行は、ドラマティックに実現したのである。気の遠くなるほど長いあいだ夢に見た結果、人類はついに月に立ったのだ!」と書いています。





 本書の「解説」をルートポート(会計史研究家/ブロガー)氏が担当していますが、この文章がまた素晴らしいです。ルートポート氏は「フェイクニュースが跋扈し、ツイッターでは日夜デマが拡散される。そんな現代だからこそ、過去の「奇書」から得られる教訓は大きい。あ なたは(そして私も)信じたいことだけを信じていないだろうか?」と読者に問いかけつつも、「しかし、フィクションも悪いことばかりではない。ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』は、人類を月まで送り届けた。私たちホモ・サピエンスは地球上で唯一、まだ見ぬ世界を夢見ることが許された生物だ。私たちが飢餓や疫病を克服して、豊かな社会を手に入れたのは、私たちの持つ想像力/創造力のおかげだ。人間はつくづく罪深く、素晴らしい生き物である」と述べています。達意の文章ですね。本書には興味深い奇書がたくさん紹介されていますが、本書刊行後にも『盂蘭盆経』とか『疫神の詫び証文』とか、わたしの好奇心を刺激してやまない奇書が取り上げられています。著者には、これからも未知の奇書をたくさん発掘し、本書の第2弾を世に問われることを期待しています。

 

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語

  • 作者:三崎 律日
  • 発売日: 2019/08/23
  • メディア: 単行本
 

 

2020年7月2日 一条真也

夏越大祓式&総合朝礼

一条真也です。
今日から7月ですね!
1日、 夏越大祓式の神事が執り行われました。
ただし場所は、いつものサンレー本社4階ではありません。
わが社が誇る儀式の殿堂である小倉紫雲閣の大ホールです。

f:id:shins2m:20200701130242j:plain夏越大祓式のようす 

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夏越大祓式のようす

 

わが社の守護神である皇産霊大神を奉祀する皇産霊神社の瀬津隆彦神職をお迎えし、これから暑い夏を迎える前に、会社についた厄を払って社員全員の無病息災を祈願しました。参加者全員がマスク姿ながらも厳粛な面持ちで、儀式に臨みました。

f:id:shins2m:20200701084459j:plainわが社は儀式を大切にする「礼の社」です

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ソーシャル・ディスタンスを守れ! 

 

わが社は「礼の社」を目指していることもあり、会社主催の儀礼や行事を盛んに行っています。もともと、「社」というのは「人が集まるところ」という意味です。神社も、会社も、人が集まる場としての「社」なのですね。今日は、祭主を務める佐久間進会長に続いて、わたしが玉串奉奠して、社員のみなさんとともに二礼二拍手一礼しました。

f:id:shins2m:20200701130608j:plain拝礼する佐久間会長

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わたしも拝礼しました

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神事終了後に挨拶する佐久間会長

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何事も陽にとらえて、前向きに!

 

神事終了後には佐久間会長が「これで、みなさんは健康に夏を乗り越えられるでしょう。何事も陽にとらえて、前向きに生きていきましょう」と挨拶しました。わが社では、このような儀式をとても大切にしています。
わたしは『儀式論』(弘文堂)という本を書きましたが、いつも「儀式とは何か」について考えています。そして、儀式とは「魂のコントロール術」であり、「人間を幸福にするテクノロジー」であると思っています。

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そのまま総合朝礼へ!

f:id:shins2m:20200701090642j:plain社長訓示をしました

 

夏越の神事を終えた後は、サンレー本社の総合朝礼を行いました。じつに5カ月ぶりの開催です。今回は新型コロナウイルスの感染防止のため、全員マスク姿で社歌の斉唱も経営理念の唱和も行いませんでした。いきなり社長訓示です。わたしは、5ヵ月ぶりに社員のみなさんの前に立ち、「7月になりました。本来なら今月から東京五輪が開催されるはずだったと思うと、信じられない思いでいっぱいです。新型コロナウイルスの感染拡大もピークを過ぎたようで、全国各地で日常を取り戻しつつあります。もちろん油断は禁物ですが、とりあえずの区切りはついたように感じます。わが社の冠婚部門や営業部門のスタッフのみなさんは緊急事態宣言のあいだ、力を発揮することができませんでした。これからは、少しずつ本来の活動を再開していっていただければと思います」と述べました。

f:id:shins2m:20200701131441j:plain患者を助けよう。死者を悼み、弔おう!

 

わたしは、次のようにも述べました。
「とにかく、今回の新型コロナウイルスの感染拡大は想定外の事件でした。わたしを含めて、あらゆる人々がすべての『予定』を奪われました。緊急事態宣言という珍しい経験もすることができました。もっとも、コロナとの付き合いはまだ終わってはいません。緊急事態宣言の最中、わたしはイタリアの小説家パオロ・ジョルダーノが書いた『コロナの時代の僕ら』という本を読みました。この本の最後には、『家にいよう。そうすることが必要な限り、ずっと、家にいよう。患者を助けよう。死者を悼み、弔おう』と書かれています」

f:id:shins2m:20200701091308j:plainマスクを外しました

 

これを読んで、わたしはアンデルセンの童話「マッチ売りの少女」を連想しました。この短い物語には2つのメッセージが込められています。1つは、「マッチはいかがですか?マッチを買ってください!」と、幼い少女が必死で懇願していたとき、通りかかった大人はマッチを買ってあげなければならなかったということです。少女の「マッチを買ってください」とは「わたしの命を助けてください」という意味だったのです。これがアンデルセンの第1のメッセージでしょう。

f:id:shins2m:20200701135218j:plainアンデルセンの2つのメッセージとは?

 

第2のメッセージは、少女の亡骸を弔ってあげなければならないということ。行き倒れの遺体を見て見ぬふりをして通りすぎることは人として許されません。死者を弔うことは人として当然です。このように、「生者の命を助けること」「死者を弔うこと」の二つこそ、国や民族や宗教を超えた人類普遍の「人の道」なのです。

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人の道を忘れるな!

 

わたしは今回、感染症についての本を読み漁りましたが、重要な事実を発見しました。それは、ペストに代表されるように感染症が拡大している時期は死者の埋葬がおろそかになりますが、その引け目や罪悪感もあって、感染症が終息した後は、必ず葬儀が重要視されるようになるということ。人類にとって葬儀と感染症は双子のような存在であり、感染症があったからこそ葬儀の意味や価値が見直され、葬儀は継続・発展してきたのだという見方もできます。

f:id:shins2m:20200701131348j:plain忘るるな人を助けて亡くなりし人を弔ふコロナの学び

 

コロナ禍の中でも、手取、遠賀、柳橋・・・わが社の紫雲閣は次々にオープンし続けました。この仕事は社会的必要性のある仕事なのです。そして、わたしは「新型コロナウイルスが完全終息するのはまだ先のことでしょうが、儀式文化を基軸とした『人間尊重』というわが社のミッションは永久に不滅です。一緒に力を合わせて、心ゆたかな社会を創造しましょう!」と述べてから、次の道歌を披露しました。

 

忘るるな 人を助けて 亡くなりし
  人を弔ふ コロナの学び(庸軒)

 

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黒木取締役に辞令を交付しました

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挨拶する黒木取締役

 

その後は人事発令があり、わたしは昇進者を代表して黒木昭一取締役に辞令を交付しました。黒木取締役には大いに期待しています。また、わが社は新たに「グリーフケア推進課」を設置し、初代の課長に市原泰人課長が就任しました。市原課長には、ぜひ日本におけるグリーフケアの第一人者になってほしいと願っています。最後は全員で「一同礼」を行い、5ヵ月ぶりの総合朝礼は無事に終了しました。その後、わたしは北九州本部会議に参加。明日は北陸に飛びます!

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最後は、もちろん一同礼! 

 

2020年7月1日 一条真也